しき)” の例文
さすがの米友もこれには面喰って、鶏を払いのけると、そのあとから小犬が飛び出して来て、米友に向ってしきりに吠え立てるのです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかるにしょうと室を同じうせる四十ばかりの男子ありて、しきりに妾の生地を尋ねつつ此方こなたの顔のみ注視するていなるに、妾は心安からず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いままでながもとしきりにいていたむしが、えがちにほそったのは、雨戸あまどからひかりに、おのずとおびえてしまったに相違そういない。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
夫の死後しきりに寵愛ちょうあいしている小姓こしょう上りの渾良夫こんりょうふなる美青年を使として、弟蒯聵との間を往復させ、秘かに現衛侯逐出おいだしを企んでいる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そして、これから新開地の聚楽しゅうらく館の屋上にあるスケート場へ行くのだと云って、あなたもお暇なら是非いらっしゃいとしきりに誘った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「キヤノンさん、先刻さつきから拝見してゐると、貴方はしきりと玉蜀黍をあがつていらつしやるやうですが、おなかに悪かありませんか。」
れがしきりに交代かうたいされるので、卯平うへいは一しか郷里きやうりつちまなくても種々しゆ/″\變化へんくわみゝにした。かれは一ばんおつぎのことが念頭ねんとううかぶ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その後に柳橋の幇間ほうかん、夢のや魯八が派手な着物に尻端折しりはしょりで立って居る。魯八は作り欠伸あくびの声をしきりにしたあとで国太郎の肩をつつく。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一時は腰が抜けて起つことも出来ない。寝ていても時をしきってき上げて来て気息いきくことも出来ない。実に恐ろしく苦しみました。
それは三、四年前に、マローの『ファウスト』とかスペンサーの或る作とかをしきりに耽読していられた事から見ても解るであろう。
温情の裕かな夏目さん (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかし折角私のために作って呉れたものではあり、しきりに勧められるので、私はその大きな急拵えのおはぎを二つか三つ食べて帰った。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
隣りの婆さんの小屋の前で大勢の子供達に囲まれた何処かの内儀さんが前垂で顔を覆ひながら泣き声を出してしきりに何か云つてゐます。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
あざらしは、こんどそのかぜのこともにかけずにはいられませんでした。あとからも、あとからも、しきりなしに、かぜいていました。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
それがおよそ十分あまりも続いてから、祖母は静に孫娘を抱き起すと、怖がるのをしきりになだめなだめ、自分の隣に坐らせました。
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
五十くらいの田舎女のくし取り出してしきりに髪くしけずるをどちらまでと問えば「京まで行くのでがんす。息子が来いと云いますのでなあ」
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すると、まだ「トントン」の屍骸の前へうずくまるようにして、しきりにその柔かな両足の裏をひねくり廻していた博士が、不意に顔をあげた。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれとしきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それから、或時宿の女中の十二位なのに催眠術をけて、自分の室に閉鎖とぢこめて、半時間許りも何か小声でしきりに訊ねて居た事があつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と紹介された判事も検事も、ことごとく私が棚田判事と友達だったということを珍しがって、しきりに判事のうわさに余念もないのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
山風はしきりに、吹きおろす。枝・木の葉の相軋あいひしめく音が、やむ間なく聞える。だが其も暫らくで、山は元のひっそとしたけしきにかえる。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
そしてかしらを挙げた時には、蔵海はしきりに手を動かしてふもとの方の闇を指したり何かしていた。老僧は点頭うなずいていたが、一語をも発しない。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ある朝、父の出勤間際、父はカゴ虎の俥に乗りかけながら、しきりに、軒の紺暖簾をながめていた。それは自分の字を染めたものである。
𢌞る事よと腹には思ひたりうとふ阪の下り口を例の通りおろされて澁々歩くと跡先になりて二十六七の羽織着たる男しきりに二人の姿を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
裏手ですから目立ちませんが、どうしたものかと案じました。父は、これは誰かのいたずららしいと、しきりに調べていられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
見るなとかたせいせしは如何なるわけかとしきりに其奧の間の見まほしくてそつ起上おきあがり忍び足して彼座敷かのざしきふすま押明おしあけ見れば此はそも如何に金銀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あとには娘お町が有難いお人だと悦んで居りました。國藏は又しきりに心配して、ぐる/\駈廻かけまわって居りまする処へ文治郎が立帰たちかえって参り
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
谷に近い森の奥では懸巣かけすしきりに鳴いています。鸚鵡おうむのように人の口真似をする鳥だとは聞いていましたが、見るのは初めてです。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
武村兵曹たけむらへいそうその仲間なかまつて、しきりに愉快ゆくわいだ/\とさはいでつたが、何時いつ何處どこから聞知きゝつけたものか、れい轟大尉とゞろきたいゐ虎髯とらひげはぬつとすゝ
兄の太市は手をひかれ、お民は母に背負われていた、母は上り框のところに手をついて、なにか頼みながらしきりにおじぎをする。
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鶏小屋の傍らでは御面師がしきりと両腕を拡げて腹一杯の深呼吸を繰返していた。彼も「酒の酔い」をさまそうとして体操に余念がないのだ。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
蝦蟇法師はあやまりて、歓心をあがなえりとや思いけむ、悦気えつき満面に満ちあふれて、うな、うな、と笑いつつ、しきりにものを言い懸けたり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と軍医大佐はしきりに首肯うなずいていたが、その顔面筋肉には何ともいえない焦燥いらだたしい憤懣の色が動揺するのを私は見逃さなかった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして起ちそうにして起たずに、しきりに富田を促すのである。「さあ。君も行こうじゃないか。もう分かっているよ。分かっているよ。」
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その癖、自分の魂は壊れもののようにおずおずと運んでいるのでもあった。彼には今の家に置いて来たもう一つの姿がしきりに気にかかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
という調子で滔々とうとうと述べ立てると、前国会議員の某は、しきりに頭を左右にって不同意の態度を示した。すると直ちにその頭を指さして
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
十数畳の大広間片側に金屏風をめぐらし、十四、五の少女一枝の牡丹をり来りてこれを花瓶かびんはさまんとすればしきりにその名を呼ぶ者あり
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
今しも三人の若者が眼をいからし、こぶしを固めて、いきほひまうに打つてかゝらうとして居るのを、傍の老人がしきりにこれをさへぎつて居るところであつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あの男が学校にいる時分しきりに心の礼という事を主張して支那や我邦わがくにの礼式は虚礼なり実礼にあらず、西洋の礼式も虚実相半あいなかばしている
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
通人はしきりに新参者しんざんものを求めたりしに、あにはからんや新参者は数多あまたの列座中にあったので、それが分った時の通人の驚きは一方ひとかたならなかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しきりに相撲宗平に手をこひて、し負くるものならば時弘が首を切られん。宗平負けば、又宗平が首を切らんなど申しけるを」
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
信一郎は、ともすれば後退あとじさりしそうな自分の決心に、しきりに拍車を与えながら、それでも最初の目的どおり、夫人と戦って見ようと決心した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
学生がしきりに頭をなやますのであるが、これもちょうど雨粒の大きさを吸取紙に滲ませるようなもので、そんな事をしないで
雨粒 (新字新仮名) / 石原純(著)
爰に於て彼方此方、新劇詩家の手綱を控へて、宇治川を目懸めがける者ありとの報知しきりなり。吾人は劇詩の流行当に来るべしとは断ずる能はず。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
正面に待乳山まつちやまを見渡す隅田川すみだがわには夕風をはらんだ帆かけ船がしきりに動いて行く。水のおもて黄昏たそがれるにつれてかもめの羽の色が際立きわだって白く見える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
茶盆を跨ぎして先刻から机の上、床の間、押し入れの中としきりに引つくり返して何か探してゐたが、かう荒々しく声をかけた。
、悔いるやうな気持はしませんか。僕なんぞはしきりにさう思ひますがね。これが二十代の頃からやつてゐたら、どんなに楽しかつたらうと。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
夕日西に沈んで燈を呼ぶ時、一個の老人年五十二、一個の少年と相対してしきりに戦国の英雄を論ず。一上一下口角沫を飛ばして大声壮語す。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
夜になると何処からともなく犬が集まって来てはしきりに吠えたが、幸にして私が死体を片づけてしまう迄は誰にも見とがめられずに済んだ。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
言い捨ててって了った。校長の細川は取残されてみると面白くはないが、それでも糸を垂れていた、実はしきりと考え込んでいたのである。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
六年間辛抱したと言ってしきりにめてくれましたから、得意になっていたら、親方は僕をこゝの家の書生だと思っていたんです
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)