おとがひ)” の例文
我見しにひとりおとがひより人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板なかいたまたは端板はしいたを失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二—二四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「うむ、馬を小舎こやに繋いで置いたから、急いで牡蠣を一ますやつてくれ。」フランクリンはかう言つて、亀縮かじかむだ掌面てのひらおとがひを撫でまはした。
されども、この美人の前にこの雪を得たる夫の得意は限無くて、そのあしを八文字に踏展ふみはだけ、やうやく煖まれるおとがひ突反つきそらして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
アヌンチヤタは必ず我詩を拾ひしならん。今は彼少女家に歸りて半ば衣を脱ぎ、絹の長椅ソフアの上に坐し、手もておとがひを支へて、ひとり我詩を讀むならん。
少し前にこごんだ中背の、齢は二十九で、髯は殆んど生えないが、六七本許りも真黒なのがおとがひに生えて五分位に延びてる時は、其人相を一層険悪にした。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
痩せてあをい姉娘の方は母親の煙水晶ケヤアンゴームの眼を受け、花やかな、みづ/\しい妹娘は顎とおとがひの輪廓を受けてゐた——多分幾分かはやはらか味はついてゐるが
その時あちらの隅の方に居た紳士で象皮ざうひ病か何かでおとがひと喉とがこぶで繋がつた男が僕等の横を通つて帰つて行つた。女達は目を下に伏せてをのゝく様な身振をした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
おとがひをすくつて、そらして、ふッさりとあるかみおび結目むすびめさはるまで、いたいけなかほ仰向あふむけた。いろしろい、うつくしいだけれど、左右さいうともわづらつてる。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
どうも日本人の貧弱な顔ぢや毛皮の外套ぐわいたうの襟へおとがひうづめても埋めえはしないやうな気がする。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おもはずおとがひくやうな沖和チユンホオもある。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
「耶蘇教もいゝさ。まあ早く言つたら生命保険に入つたやうなもんでね。」と湯浅氏は猫のやうな円い掌面てのひらおとがひを撫でまはした。
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、おとがひより額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一—三三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
これが(おとがひで信吾を指して)退屈をしまして、去年なんぞは貴下あなた、まだ二十日も休暇やすみが残つてるのに無理無体に東京に帰つた様な訳で御座いましてね。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
唯継は彼のものいふ花の姿、温き玉のかたち一向ひたぶるよろこぶ余に、ひややかにむなしうつはいだくに異らざる妻を擁して、ほとんど憎むべきまでに得意のおとがひづるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
我我われわれは何がな夜間の就寝じゆしんまでの時間を費す娯楽を欲して居る。ある晩近江医学士が偶然専門である婦人科の話を諧謔おどけ交りに述べ出すと奇怪な質問が続出してたがひおとがひを解いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
半眼はんがんにした、まゆにはくろまじつたけれど、あわなすつたていに、口許くちもとからおとがひへ、みじかひげみなしろい。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
美しさよりは性格を表はしてゐる點で眼立つきつぱりした鼻、癇癪かんしやくもちらしい開いた鼻孔びこう、怖ろしい口元、おとがひあご——さうだ、みんな隨分こはさうで、そして間違ひはなかつた。
うす痘痕いもの浮んでゐる、どこからふのやうな小さい顔、遥な空間を見据ゑてゐる、光のせた瞳の色、さうしておとがひにのびてゐる、銀のやうな白いひげ——それが皆人情の冷さにてついて
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
コルソオの大道にて戲謔能く人のおとがひを解きしは誰ぞ。アヌンチヤタが家にて即興の詩をそらんじ座客をおどろかしゝは誰ぞ。今は目に懺悔の色を帶び頬に死灰の痕を印して、殊勝なる行者と伍をなせり。
「いえね。」男衆はくすぐつたさうにおとがひへ手をやつた。「あの人は花屋に十個とをだけ代金を払つておいたつていつてるんです。」
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六のまなこにて泣き、涙と血のよだれとは三のおとがひをつたひてしたゝれり 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
懐手をして、円いおとがひを襟に埋めて俯いてゐるお定は、郷里くにを逃げ出して以来の事をそれからそれと胸に数へてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼は長きひげせはしみては、又おとがひあたりよりしづか撫下なでおろして、まづ打出うちいださんことばを案じたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さうぢや、さうぢや、はあさうぢや。はあさうぢや。」と、馬鹿囃子ばかばやしうかれたやうに、よいとこまかして、によいと突立つツたち、うでいた小兒こどもむねへ、最一もひとおとがひおさへにくと、いきほひ必然ひつぜんとして
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
兄がおとがひで示した前の方の根太板ねだいたの上に、正月の鏡餅おかざりの様に白い或物がつて居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
ジエンナロ先づ進み寄りてこれに錢を與へ、手をおとがひの下に掛けて、此群には惜しきき兒ぞといふ。公子夫婦もまことになりといひぬ。われは少女の面の紅を潮するをみたり。少女は目を開けり。
その容子ようすをぢろぢろ眺めながら、古法衣ふるごろもの袖をかきつくろつて、無愛想なおとがひをそらせてゐる、背の低い僧形そうぎやう惟然坊ゐねんばうで、これは色の浅黒い、剛愎がうふくさうな支考しかうと肩をならべて、木節の向うに坐つてゐた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
吾々の生れた北威爾斯と此方こちらとでは、人間を測るのに、標準めやすちがつてゐるといふ事で、南威爾斯では、人間をおとがひから下の大きさで測るらしいが
わが彼の命をきゝておとがひをあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三—七五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
停車場ていしやばから宿屋まで、僅か一町足らずの間に、夜風のひえおとがひを埋めた首巻が、呼気いき湿気しめりで真白に凍つた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
詩人レニエ氏のひげも有名だが、ヹルアアレン翁のおとがひまで垂れさがつた口髭も名物である。翁は少し背をかゞめてその口髭のある顔を前に出しながら、予等の為に自家の詩について快濶に色色いろ/\と語られた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
旅僧たびそう年紀とし四十二三、全身ぜんしんくろせて、はなたかく、まゆく、耳許みゝもとよりおとがひおとがひよりはなしたまで、みじかひげまだらひたり。けたる袈裟けさいろせて、法衣ころもそでやぶれたるが、服裝いでたちれば法華宗ほつけしうなり。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
我は彼等の中にわがことばを待つさまなる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、めしひの習ひに從ひてそのおとがひを上げゐたりと答へむ 一〇〇—一〇二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
軍医は安全剃刀で剃りあげたばかしの綺麗なおとがひを撫でまはしながら、自分の前に立つてゐる一人の応募兵の顔を見た。
『此処に。』とおとがひで我が胸を指して、『下手組の大将よ。』と無邪気に笑つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
はゞせま黒繻子くろじゆすらしいおびひくめにめて、むね眞直まつすぐにてて、おとがひ俛向うつむいて、額越ひたひごしに、ツンとしたけんのあるはなけて、ちやうど、わたしひだり脇腹わきばらのあたりにすわつて、あからめもしないとつたふう
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこに立つてゐるのは、間のぬけた顔をした男で、よだれをくり/\何か他愛たあいもないことをいつてゐた。よく聞いてみると、おとがひがはづれて困つてゐるといふのだつた。
おとがひを埋めた首巻は、夜目にも白い呼気いきを吸つて、雪の降つた様に凍つて居た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「あい、」とおとがひしろく、淺葱あさぎあさしぼりの半襟はんえり俯向うつむいた。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
あるものは後期印象派の若い洋画家のやうに、鹿子木氏の方に尻を向けて衝立つゝたつてゐた。またあるものは中沢岩太氏のやうにおとがひを突き出してこの画家ゑかきに喧嘩腰でゐた。
おとがひを突出して、喉仏を見せて嚥下のみくだす時の様子をする。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
聴衆ききてかい。」外交官は胡散うさんさうにおとがひまはりを撫で廻した。「聴衆ききてはたつた一人だつたよ。」
主任はてれ隠しに一寸おとがひを撫でた。おとがひには兎でも居さうな程鬚が伸びかかつてゐた。
フイシユは恋女房のまるまつちいおとがひを撫でるやうにそつと指先でこの数字表を押へた。
胡瓜きうりのやうな長いおとがひに、胡瓜のやうなとげをちら/\させてゐる。
おとがひにトルストイのやうな毿々もじや/\した髯のないのが口惜しかつた。
余りおとがひをしやくり過ぎたら損のくやうな頷き方である。
おとがひせてもつとむべきを
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)