遠近をちこち)” の例文
名ある山々をも眼の前脚の下に見るほどの山に在りて、夏の日の夕など、風少しある時、谿に望みて遠近をちこちの雲の往来ゆききを観る、いと興あり。
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
赤地あかぢ蜀紅しよくこうなんど錦襴きんらん直垂ひたゝれうへへ、草摺くさずりいて、さつく/\とよろふがごと繰擴くりひろがつて、ひとおもかげ立昇たちのぼる、遠近をちこち夕煙ゆふけむりは、むらさきめて裾濃すそごなびく。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
まはり夫より所々を見物けんぶつしける内一ぴき鹿しか追駈おつかけしが鹿のにぐるに寶澤は何地迄いづくまでもと思あとをしたひしもつひに鹿は見失ひ四方あたり見廻みめぐらせば遠近をちこちの山のさくら今を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
されば「れぷろぼす」が大名にならうず願望がことは、間もなく遠近をちこちの山里にも知れ渡つたが、ほど経て又かやうなうはさが、風のたよりに伝はつて参つた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
田舎から喞筒ぽんぷを曳いてくる鈴の音と、遠近をちこちに鳴り響く半鐘とが入り乱れて、誰の心にも、悲愴な感じをみなぎらした。併し各人は其音を聞いたとは思はなかつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
鷹匠町の下宿近く来た頃には、かねの声が遠近をちこちの空に響き渡つた。寺々の宵の勤行おつとめは始まつたのであらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一寝入ひとねいりしたと思ふも無く寺寺てらでらの朝の鐘が遠近をちこちから水を渡つて響くので目が覚めた。窓の下が騒がしいのでリドウを揚げると運河には水色みづいろの霧が降つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
楼前の緑はやうやく暗く、遠近をちこちの水音えて、はや夕暮ゆふくるる山風の身にめば、先づ湯浴ゆあみなどせばやと、何気無く座敷に入りたる彼のまなこを、又一個ひとつ驚かす物こそあれ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
妻と来て、二人来て、七日まり住み馴れてのち、やうやうに紅葉もみぢ色づく遠近をちこちのこの眺めなる。あなあはれ、ねもごろの日のあたりかも。そことなき湯のけぶりかも。
一夜ひとよ、伯母やお苑さんと随分夜更くるまで語り合つて、枕に就いたのは遠近をちこちに一番鶏の声を聞く頃であつたが、翌くる朝はうしたものか、例になく早く目が覚めた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
遠近をちこちの僧院庵室に漸く聞ゆる經の聲、鈴の響、浮世離れし物音に曉の靜けさ一入ひとしほ深し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
この遠近をちこちを嘆賞するもないもんだなぞ、云つては呉れるな人々よ、自然の与件は、何時でも生理のまゝに享受してゐる者でこそあれ、希望を持つて生きてゐるとも云へるので、其の他はすべて
眼に映るすべては、秋のおとづれ速かな北國の寂しい朝の姿であつた。港を包む遠近をちこちの山の頂には冷たい色の雲が流れて、その暗い陰影に劃られた山山の襞には憂欝と冷酷の色が深く刻まれてあつた。
修道院の秋 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
上野なる東照宮の境内を遠近をちこち話しながら歩を移す山木のお加女かめと梅子
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
野営を布いたやうに、果しもなく遠近をちこちに散らばつてゐる。
遠近をちこちもしらぬ雲井にながめわびかすめし宿のこずゑをぞとふ
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
すると、またはなしがひそひそと遠近をちこちではじまりました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
しづしづとはや遠近をちこちを行きかへり
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
遠近をちこち南すべく北すべく
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
云はゆる夫婦は親しけれども而も瓦に等しく、親戚は疎くしても而も葦にたとふ、若し終に(伯父を)殺害を致さば、物のそし遠近をちこちに在らんか
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
遠近をちこちやまかげもりいろのきしづみ、むねきて、稚子をさなごふね小溝こみぞとき海豚いるかれておきわたる、すごきはうなぎともしぞかし。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
妻と来て二人来て、七日まり住み馴れてのち、やうやうに紅葉色づく遠近をちこちの、この眺めなる。あなあはれ、ねもごろの日のあたりかも、そことなき湯のけぶりかも。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
絵は蕭索せうさくとした裸の樹を、遠近をちこちまばらに描いて、その中にたなごころつて談笑する二人の男を立たせてゐる。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一夜ひとよ、伯母やおそのさんと隨分夜更くるまで語り合つて、枕に就いたのは、遠近をちこちに一番鷄の聲を聞く頃であつたが、翌くる朝はうしたものか、例になく早く目が覺めた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
父は村の中の眺望ながめの好い位置を擇んで小さな別莊を造つたとかで、母と共に新築の家の方へ移つたことや、その建物から見える遠近をちこちの山々、谷、林のさまなどを書いてよこしました。
遠近をちこちみぎはの波は隔つともなほ吹き通へ宇治の川風
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
遠近をちこちでよびかはす鷄の聲聲
が、其處そこに、また此處こゝに、遠近をちこちに、くさあれば、いしあれば、つゆすだむしに、いまかつ可厭いやな、とおもふはなかつたのである。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
遠近をちこちに聞える農夫の歌、鳥の声——あゝ、山家でいふ『小六月』だ。其日は高社山一帯の山脈も面白くかたちあらはして、山と山との間の深い谷蔭には、青々と炭焼の煙の立登るのも見えた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
かへつてそまりあぐんだ樹は推し倒し、猟夫かりうどの追ひ失うた毛物けものはとつておさへ、旅人の負ひなやんだ荷は肩にかけて、なにかと親切をつくいたれば、遠近をちこちの山里でもこの山男を憎まうずものは
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
目を覺ますと、弟のお清書を横に逆まに貼つた、枕の上の煤けた櫺子れんじが、僅かに水の如く仄めいてゐる。誰もまだ起きてゐない。遠近をちこちで二番鷄が勇ましく時をつくる。けたゝましい羽搏はばたきの音がする。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ひと時は夕月映にめづらしき遠近をちこちの谷の早き燈火ともしび
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
前面ぜんめん大手おほて彼方かなたに、城址しろあと天守てんしゆが、くもれた蒼空あをぞら群山ぐんざんいて、すつくとつ……飛騨山ひださんさやはらつたやりだけ絶頂ぜつちやうと、十里じふり遠近をちこち相対あひたいして
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
四人は早くつた。朝じめりのした街道の土を踏んで、深い霧の中を辿たどつて行つた時は、遠近をちこちに鶏の鳴き交す声も聞える。其日は春先のやうに温暖あたゝかで、路傍の枯草も蘇生いきかへるかと思はれる程。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
同時に遠近をちこちの樺の幹が、それだけ白々と見えるやうになつた。駒鳥やひはの声の代りに、今は唯五十雀ごじふからが、稀に鳴き声を送つて来る、——トウルゲネフはもう一度、まばらな木々の中を透かして見た。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
目を覚ますと、弟のお清書を横にさかしまに貼つた、枕の上の煤けた櫺子れんじが、僅かに水の如く仄めいてゐた。誰もまだ起きてゐない。遠近をちこちで二番鶏が勇ましく時をつくる。けたたましい羽搏きの音がする。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ひと時は夕月映にめづらしき遠近をちこちの谷の早き燈火ともしび
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おなたかさにいたゞきならべて、遠近をちこちみねが、東雲しのゝめうごきはじめるかすみうへたゞよつて、水紅色ときいろ薄紫うすむらさき相累あひかさなり、浅黄あさぎ紺青こんじやう対向むかひあふ、かすかなかゆきかついで、明星みやうじやう余波なごりごと晃々きら/\かゞやくのがある。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夏すでに月のゐぜき遠近をちこちに蛙啼きつつ水幅みはば明るむ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
磯菜遠近をちこち砂の上に
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
双六巌すごろくいはの、にじごと格目こまめは、美女たをやめおびのあたりをスーツといて、其処そこへもむらさきし、うつる……くもは、かすみは、陽炎かげらふは、遠近をちこちこと/″\美女たをやめかたちづくるために、くもうすくもかゝるらし。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
高く、あつく、遠近をちこちを染め
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
遠近をちこちに聞えけり
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
遠近をちこち汽笛きてきしばらく
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)