退しさ)” の例文
金眸は痛さに身をもがきつつ、鷲郎が横腹を引𤔩ひきつかめば、「呀嗟あなや」と叫んで身を翻へし、少し退しさつて洞口のかたへ、行くを続いておっかくれば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
やがて退しさりて、つかへ、は、は、申上まをしあたてまつる。おうなんとぢや、とお待兼まちかね。名道人めいだうじんつゝしんで、微妙いみじうもおはしましさふらふものかな。
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
吃驚びつくりした鴉は一あしあし後方うしろ退しさつて、じつと蛇の頭を見てゐたが、急に厭世的な顔をしたと思ふと、そのまゝひつくりかへつて死んでしまつた。
しかし、彼の力は足らず、集会室ホールの明かり窓によろめき退しさって来て、そこに彼はあえぎ疲れてりかかってしまった。
「——朝のおつとめのおさまたげをいたしました。おいとま申しまする」綽空は、そっと、縁のほうへ身を退しさらせていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と云ったとたん、陶器師は立ち上がった、立った時にはもうその手に皓々こうこうたる白刃が握られていた。忽然起こる不思議な笑い! はっと飛び退しさった庄三郎。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ムク犬は後ろへ退しさってその槍の鉾先ほこさきを避けました。勢い込んだ神尾主膳は、のがさじとそれを突っかけます。
月が替ってからえらく寒くなりやした、なにねえ元村まで小麦い積んで往ったけえり、庚申塚まで来ると馬が退しさっていごかねえで困っている所へ、圓次どんが通り掛け
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
毛無山脈は、御山の裾曲すそわ盤石座ばんじゃくざを構え、富士の河谷は寒煙を燻じ、山南に退しさって愛鷹、箱根が、うやうやしく膝まずけば、山陰に侍して秩父連山は、銀の屏障を立て廻す。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
退しさり人違ひにも候べし此長庵に於て御召捕めしとり相成あひなるおぼえ更になしと大膽だいたんにも言拔いひぬけんとするを捕方とりかたの人々聲をかけ覺えの有無うむは云ふに及ばず尋常じんじやうなはに掛れと大勢折重をりかさなりて取押へ遂に繩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほかのなきなるを、いもとともむすめとも斷念あきらめて、おしたてられなばうれしきぞと、松野まつのひざゆりうごかしてなみだぐめば、雪三せつざう退しさりてかしらげつゝ、ぶんにあまりしおほせおこたへの言葉ことばもなし
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その言葉の終らぬうちに和尚の血相忽然として一変し、一間ばかり飛び退しさりて、懐中ふところに手を入れしと見る間に、金象眼したる種子島たねがしま懐中ふところ鉄砲を取出し、わが胸のあたりに狙ひを付くる。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼の眼の前二三尺の所にうずだかひだを盛り上げて重々しくひろがっていた裲襠うちかけすそが、厚い地質の擦れ合うごわ/\した音を立てたのは、夫人が驚きを制しながら心持身を退しさったのであった。
そばに来ていた案内人は玉目の声に一足とび退しさった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
物馴れた髪結は、帯の形を退しさって眺めていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そして後ろへ退しさりながら
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
蒸焼むしやけのあたり一面、めらめらとこうてのひらをあけたように炎になったから、わッというと、うしろ飛びに退しさっちまったそうですよ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聞くやいな、男ははるかに飛び退しさって、まえの気色けしきもどこへやら平伏したまま、しばしはおもても上げえない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
止まった刀を手許へ引き、一間あまり飛び退しさると、長庵は刀を背後うしろへ廻した。及び腰をして覗き込む。
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高部が飛び退しさってその傷を手で押えた時に、はじめて血がほとばしったものですから、その瞬間に見た傷口は、なんのことはない、口が左へ耳の上まで裂けあがったのと同じことです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
主殿頭はそれを見ると、一度に二けんほど後に退しさつた。そして刀に手をかけてきつとなつた。刀は備前の正真物しやうほんものだつたが、刀鍛冶は蝦蟇を斬るために態々わざ/\こしらへたわけでもなかつた。
始め與力同心打驚うちおどろき是は慮外りよぐわいなり御出馬さき殊にくつわへ取り付とはそも氣違きちがひ亂心らんしんか女め其處そこはなしをれ不禮に及ばは切り捨るぞ大膽不敵も程こそあれ退しされ/\と大音にしかりながらにすがる手を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と云いさま、呼ばれた武士は静かに振り向いて、二三尺あとへ退しさって立った。
どういう事かうちの青が庚申塚あたりまで来るとあと退しさって、ちっともいごかねえで困っている所へ圓次が通り掛り、圓次が引くと青が歩くから、圓次の荷をわしが担いで、荷は今圓次のうちへ届けて帰って来ると
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
トはっとしたていで、よろよろと退しさったが、腰も据らず、ひょろついて来てすがるように寄ったと思うと、松崎は、不意にギクと手首を持たれた。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云いながら、甚太郎は背後うしろへ飛び退しさったが、黐棹をピタリと構えたものである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
五人は思わず膝を退しさらせ、狡猾こうかつな眼色を慾に燃え立たせる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宇津木兵馬はつと飛び退しさって、また中段に構え直しました。
耀かがよひわたるけうらさに、こひ退しさりて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
飛ぶと、宙をかける威力には、とび退しさる虫がくちばしに消えた。雪の蓑毛みのけさわやかに、もとのながれの上に帰ったのは、あと口に水を含んだのであろうも知れない。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
太刀を引くと飛び退しさり、伊集院ゲラゲラ笑い出した。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と感じて飛び退しさっていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただの世辞ではなかったが、おもいがけないお京の返事が胸をいたから、ちょっと呆れて、ちょっと退しさって
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
坊主之助は身をひるがえし、百歩の彼方あなたに飛び退しさった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「オオ」飛び退しさって
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ややあつて、大跨おおまたの足あとは、ぎゃく退しさつたが、すツくと立向たちむかつた様子があつて、切つて放したやうに
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「や」と、弾正は飛び退しさった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
水淺葱みづあさぎしろかさねたすゞしい涼傘ひがさをさしたのが、すら/\とさばつまを、縫留ぬひとめられたやうに、ハタと立留たちどまつたとおもふと、うしろへ、よろ/\と退しさりながら、かざした涼傘ひがさうち
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一県二三ヶ国を代表して大博覧会へ出品をしようという、おれの作に向って、われの銘を入れる法があるか。退しされ、推参な、無礼千万。これ、悪く取れば仕事を盗む、盗賊どろぼうも同然だぞ。
そで雪洞ぼんぼりをぴつたりせたが、フツとえるや、よろ/\として、崩折くづをれるさまに、縁側えんがはへ、退しさりかゝるのを、そらなぐれにあふつたすだれが、ばたりとおとして、卷込まきこむがごと姿すがた掻消かきけす。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「——こっちを襲って来るのではない。そこは自然の配剤だね。人が進めば、ひょいと五六尺退しさって、そこで、また、おいでおいでをしているんだ。碧緑赤黄の色で誘うのか知らん。」
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
退しさった、今のその……たのもしい老人の声の力にされたのである。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
清葉は、向うから突戻されてよろよろと、退しさると、喞筒ポンプ護謨管ごむかんもすそを取られてばったり膝を、その消えそうな雪のうなじへ、火の粉がばらばらとかかるので、一人が水びたしの半纏はんてんを脱いで掛けた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
止せ、と退しさる、遣着やッつけろ、と出る、ざまあ見ろ、と笑うやら、痛え、といって身悶みもだえするやら、一斉に皆うようよ。有触れた銀流し、汚い親仁おやじなら何事もあるまい、いずれ器量が操る木偶でくであろう。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一座退しさって、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「えッ。」といって何物か身を開いて退しさって神月の姿をすか
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、あわただしく身を退しさると、あきれ顔してハッと手を拡げて立った。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、あわただしく身を退しさると、あきれ顔してハツと手を拡げて立つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
極りも悪し、ざま退しさった。心は苛立つ、胸は騒ぐ。……
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けがれものが、退しさりおれ。——塩を持て、塩を持てい。」
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)