ゆず)” の例文
旧字:
「ぼく、三千歳にしようかしら。」と云ったら、鶴屋の主人が「おっと、三千歳は先刻おれが約定済みだ。これだけはゆずれない。」
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
「僕はまた、かりに一歩ゆずって、人間がそういう種類の動物であると仮定しても、そういう消極的な考えには服従していられないねえ」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
先を争った衝突は、折合がついたには相違そういないが、つまり中学校が一歩をゆずったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、にぎやかなまちなかあるいて、それを貴族きぞくったり、金持かねもちに莫大ばくだいかねりつけたり、また商人しょうにんゆずったりしたのであります。
汽船の中の父と子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
女の身としておおよそ他の師匠連との振り合いもあるべきに自らすることすこぶる高く一流の検校と同等の額を要求してゆずらなかった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
尊氏はそれだけでなく、やがては、将軍職のすべてをも最愛の子にゆずるべく、その一つとしてこんな心支度もしていたのであったらしい。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし今後こんご中央公論ちゅうおうこうろん編輯へんしゅうたれかにゆずってひまときるとしたら、それらの追憶録ついおくろくかれると非常ひじょう面白おもしろいとおもっていました。
夏目先生と滝田さん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
東京へ帰って、その話をすると、友人や親類がアメリカさんあたりから手に入れたのをゆずってくれたり、贈ってくれたりした。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ムッシュー・ヴォルデマールにゆずって上げるべきだわ。するとこの方のチャンスは二つになって、一つじゃなくなるんですもの
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
争うが如くにしてあいゆずり、家の貧富に論なく万年の和気悠々として春の如くなるものは、不品行の家に求むべからざるの幸福なりと知るべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それはメキシコ政府の好意によって、時局がら日本へゆずってもいいという申入れがあったので、政府では大喜びで、これを受けることになった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆずの野生が多いのも見慣れない人には珍らしいであろう。口元の滝ノ沢、奥の滝ノ沢などいう小沢が左手の山腹から瀑となって落下している。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
たとえわしが射落としたにせよ、わしがこんなにえていなかったら、成経殿にゆずっただろう。たかが小鳥一羽ぐらい!
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ほかもののぞんだら、百りょうでもゆずれるしなじゃねえんだが、相手あいてがおせんにくびッたけの若旦那わかだんなだから、まず一りょうがとこで辛抱しんぼうしてやろうとおもってるんだ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
貴族の婦女子に至ってはその色の白さといいその美しさといい、日本の美婦人に対してほとんどゆずらない位である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これは由緒ゆいしょある御方おかたからはは拝領はいりょう懐剣かいけんであるが、そなたの一しょう慶事よろこび紀念きねんに、守刀まもりがたなとしておゆずりします。肌身はだみはなさず大切たいせつ所持しょじしてもらいます……。
径路けいろせまきところは、一歩を留めて、人に行かしめ、滋味じみこまやかなるものは、三分を減じて人にゆずりてたしなましむ、これはれ、世をわたる一の極安楽法ごくあんらくほうなり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その馬がまた甚兵衛の自慢じまんでした。何しろ馬方にとっては、馬が一番大切なものです。甚兵衛は親ゆずりの田畑を売り払って、その馬を買い取ったのでした。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
店を弟子でありおいでもある現マネージャア、ヂュプラにゆずって生れ故郷のブレターニュのルンヌスに引退した。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
りに一歩をゆずり、幕末にさいして外国がいこく干渉かんしょううれいありしとせんか、その機会きかい官軍かんぐん東下とうか、徳川顛覆てんぷくの場合にあらずして、むしろ長州征伐ちょうしゅうせいばつの時にありしならん。
夫婦はともしびつけんともせず薄暗き中に団扇うちわもてやりつつかたれり、教師を見て、珍らしやとゆずりつ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そのおおせに従って大神のお子さまにこの国をすっかりおゆずりなさるか。それともいやだとお言いか
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
折角、こうした開店のあいさつを黙阿弥に書いてはもらったが、“天家寿てんやす”は、ソロバンがとれなかった……のかどうか、それは分らないが、結局、店を人にゆずった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
次郎さんは鼻血をらしつゝ、弟の泣くかたへ走せ寄って吾をわすれて介抱かいほうした。父は次郎さんを愛してよくせなかおぶったが、次郎さんは成丈なるたけ父のせなを弟にゆずって自身は歩いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
仮令たとい身体は軟弱なりといえども、愛国の熱情を以て向かうときは、何ぞ壮士にゆずらんや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それももっともには候へども歌よみにそんなむつかしい事を注文致し候はば、古今以後ほとんど新しい歌がないと申さねば相成間敷まじく候。なほいろいろ申し残したる事は後鴻こうこうゆずり申候。不具。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただ測量そくりょう園芸えんげいが来ないとか云っていた。あしたは日曜だけれどもくならないうちに買いに行こう。僕は国語と修身しゅうしんは農事試験場へ行った工藤くどうさんからゆずられてあるからのこりは九さつだけだ。
或る農学生の日誌 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
晴明せいめい、まずおまえからいうがいい。子供こどものことだ、さきゆずってやる。」
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
しかも主人あるじひどく気に入っていて、それがために自分がここへ養子に入れて、生活状態くらしざまの割には山林やまやなんぞの資産の多いのをゆずり受けさせようと思っている我が甥がここへ入れないのであるから
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
案外安く造作から道具一切いっさい附き三百五十円でゆずってくれた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ここばかりはゆずれないというぎりぎり結著の所が。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
これをおきになると、女皇じょおうはだれのこころおなじものだとおもわれて、いまはなんの躊躇ちゅうちょもなく、くらいいもうとゆずることになさいました。
黒い塔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
黒田官兵衛のすがたが見えると、秀吉は気軽にすこし席をゆずった。室は狭いのである。次に彦右衛門もそっと入って、官兵衛と並んですわる。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆずり受けて痩腕やせうでながら一家の生計を支えて行った佐助はなぜ正式に彼女と結婚しなかったのか春琴の自尊心が今もそれを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども夫に責任の過半をゆずるつもりか、けっして多くを語らなかった。自分もそう根掘り葉掘り聞きもしなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子の無い金弥老人としては、たった一年の縁でも、最愛の若い妻にゆずるのに何んの不思議もありません。ところがそれには重大なただし書があったのです。
そのときは私一人だったのだが、その折のことはいずれ話さねばならぬから、のちゆずるとして置いて、さて——
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
各藩相互に自家の利害りがい栄辱えいじょくを重んじ一毫いちごうも他にゆずらずして、その競争のきょくは他を損じても自から利せんとしたるがごとき事実を見てもこれを証すべし。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
お爺さんは東海道で有名な古駅に近い大きな農家の男隠居で確乎しっかりした当主の子息もある身の上で、お媼さんはその駅の菓子商を娘の養子にゆずって来て居た。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
国中は貧乏になり、人々は陰気いんきになりました。それで王様も非常に困られて、くらいを王子にゆずられました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あれほどのりっぱな屋敷を打壊ぶちこわさないでそのまま人にゆずり、その金でべつに建てたらよかろうと。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし命は命で、いかなることがあっても、お父上のお言いつけにそむくことはできないとお言いとおしになり、長い間お二人でおたがいにゆずり合っていらっしゃいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「世に処するには一歩をゆずるを高しとなす、退しりぞくるは即ち歩を進むるの張本ちょうほん
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
清盛が厳島いつくしま参詣さんけいする道をなおくするために切り開かした音戸おんど瀬戸せとで、傾く日をも呼び返したと人は申しまする。法皇は清盛のむすめはらから生まれた皇子おうじに位をゆずられる、と聞いております。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
店は息子むすこゆずって、自分は家作かさくを五軒ほど持って、老妻と二人で暮らしているというのんきな身分、つりと植木が大好きで、朝早く大きな麦稈帽子むぎわらぼうしをかぶって、笭箵びくを下げて、釣竿つりざおを持って
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しからば幕府の内情は如何いかんというに攘夷論じょういろんさかんなるは当時の諸藩しょはんゆずらず、な徳川を一藩として見れば諸藩中のもっとも強硬きょうこうなる攘夷じょうい藩というも可なるほどなれども、ただ責任せきにんの局にるがゆえ
「せっかくのおたのみですけれど、これは、わたし大事だいじはなです。おゆずりすることはできません。」と、おじいさんは、こたえました。
花と人間の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
……とは申せ、が都返りのため、そちがさかしまに朝敵となり賊軍視されてはなるまい。ついては、ちんの位をこのさい皇太子にゆずっておこう。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな事はないはずです、人間に信用ほど大切なものはありませんよ。よしんば今一歩ゆずって、下宿の主人が……」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「……あのう、それ、人造人間戦車じんぞうにんげんせんしゃの設計図をおゆずり願ってこいと申されました。どうぞ、ぜひに……」