筒袖つつそで)” の例文
佐藤はその頃筒袖つつそでに、すねの出るはかま穿いてやって来た。余のごとく東京に生れたものの眼には、この姿がすこぶる異様に感ぜられた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うしろに、細君であろ、十八九のひっつめにって筒袖つつそで娘々むすめむすめした婦人が居る。土間には、西洋種の瓢形ふくべがた南瓜かぼちゃや、馬鈴薯じゃがいもうずたかく積んである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
太郎や次郎はもとより、三郎までもめきめきとおとなびて来て、しまの荒い飛白かすり筒袖つつそでなぞは着せて置かれなくなったくらいであるから。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その洋服の男の前のテーブルにも街路とおりの方を背にして、鳥打帽を筒袖つつそでの店員のようなわかい男がナイフとホークを動かしていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かすり筒袖つつそでを着、汚れてはゐるが白の前掛をかけ、茶つぽい首巻をした主人は、煤の垂れさがつてゐる、釜の側で、煙管きせるをくはへてゐたが
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
その当時の彼らは、努めて書生らしく粧うために、多くは紺飛白こんがすりの衣類を着て、兵児帯へこおびをしめて、筒袖つつそでの羽織などをかさねていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一方を顧みると、そこに何人なんぴとかが寝かされていて、その上には、能登守がここで日頃用ゆる筒袖つつそでの羽織が覆いかけてあるのでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
或時紺飛白こんがすり筒袖つつそでの著物の縫いかけが、お嫂様のお部屋にあったのを見かけました。於菟おとさんの不断著ふだんぎを縫って見ようとなすったのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
船中の混雑は中々容易ならぬ事で、水夫共は皆筒袖つつそでの着物は着て居るけれども穿物はきもの草鞋わらじだ。草鞋が何百何千そくも貯えてあったものと見える。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あるじの国太郎は三十五六のお坊っちゃん上り、盲目縞めくらじま半纏はんてんの上へ短い筒袖つつそで被布ひふを着て、帳場に片肘かけながら銀煙管ぎんぎせるで煙草をっている。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
筒袖つつそでの袖口を花のように絞って着せられていた頃もありましたが、洋服の合間には、そんなロマンチックな不断の着物もあっていいと思います。
着物雑考 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
少兀すこはげの紺の筒袖つつそで、どこの媽々衆かかあしゅうもらったやら、浅黄あさぎ扱帯しごきの裂けたのを、縄にった一重ひとえまわし、小生意気に尻下しりさがり。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
普通の僧侶は筒袖つつそでの着物を着ることを許されないけれども、警護僧は筒袖の僧服を着け、長い棒を持って居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
常ならば東海道の五十三つき詩にもなるべき景色ならんに、柿色の筒袖つつそでに腰縄さえ付きて、巡査に護送せらるる身は、われながら興さめて、駄句だくだにでず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
文選も植字も印刷もあるじがみな一人でやった。日曜日などにはその弟が汚れた筒袖つつそでを着て、手刷り台の前に立って、れた紙をひるがえしているのをつねに見かけた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
御召物おめしものは、これはまたわたくしどもの服装ふくそうとはよほどちがいまして、上衣うわぎはややひろ筒袖つつそでで、色合いろあいはむらさきがかってりました、下衣したぎ白地しろじで、上衣うわぎより二三ずんした
下着が筒袖つつそで股引ももひきの類であるところを見るとインドのものでないことは確かである。またギリシアやローマの鎧も、似寄ったところはあるが、よほど違っている。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
招魂社しょうこんしゃの馬場の彼方かなたに琉球屋敷あり。筒袖つつそでの着物に帯を前で結び、男も長きかんざしに髪を結ひたる琉球人の日傘手にして逍遥せしさま日もおのづから長き心地せり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
髪は麻糸でそッけなくうしろへ結び、なりは手織りの筒袖つつそでに、黒のもんぺときまッていて、腰の短い山刀が、この小童こわっぱの風采を、すこし異様に光らせています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この腰きりの短い上衣は、たもとがぶらぶらしていると邪魔だから、やはり洋服と同じに筒袖つつそでになっている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
板戸も開け放したまま、筒袖つつそで浴衣ゆかた一枚で仕事をしていたのだったが、すずめさえずりが耳につく時分に書きおわったまま、消えやらぬ感激がまだ胸を引き締めていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
手を振りたいを練りつゝ篠田は静かに歩みを運びきたる、いちに見る職工の筒袖つつそで、古画に見る予言者の頬鬚ほほひげ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
荒い棒縞ぼうじまのネルの筒袖つつそで一枚を着たままで、目のはれぼったい顔をして、小山のような大きな五体を寝床にくねらして、突然はいって来た葉子をぎっと見守っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
紺の筒袖つつそでを着て白もめんの兵児帯へこおびをしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母はその日のために苦しい中から工面して木綿のしま筒袖つつそでと、つい羽織はおりとをつくってくれた。私はそれを着せてもらって、みんなと一緒に、喜び躍りながら学校に行った。
もっとも軍隊とは云うものの、味かたは保吉やすきちとも四人しかいない。それも金釦きんボタンの制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく紺飛白こんがすりくらじま筒袖つつそでを着ているのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
両の筒袖つつそでにはまた銀星をちりばめた幅広の紅紙べにがみを巻き、腰にはブリッキの手製のサアベルをさえ吊るし、さて、そのサアベルの柄頭つかがしらに左の手をうしろへ廻り気味に当て、腰をかまえ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
誰れが来て無理やりに手を取つて引上げても己れは此処ここにかうしているのが好いのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、どうで盲目縞めくらじま筒袖つつそでに三尺を脊負しよつてて来たのだらうから
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
光一は千三を横にはらった。千三は松の根につまずいて倒れた。筒袖つつそであわせにしめた三尺帯がほどけてふところの写生帳が鉛筆と共に大地に落ちた。このときお宮の背後から手塚が現われた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
筒袖つつそでを着た才次が、両手を細い兵児帯へこおびに突込んだまま、のそのそ傍へやってきた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
男の子は日清戦争後、めくらじまのうわっぱりを着るようになって筒袖つつそでになった。やっぱり盲目縞めくらじまの(黒無地の木綿)前垂れをしめている。小僧さんが筒袖になったのはそれよりずっとあとだ。
専六は元秀の如き良師を得たが、うらむらくは心、医となることを欲せなかった。弘前の人はつねに、円頂えんちょうの専六が筒袖つつそで短袴たんこ穿き、赤毛布あかもうふまとって銃を負い、山野を跋渉ばっしょうするのを見た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
股引 土偶に據りてコロボツクルの服裝ふくそうを考ふるに、身体の上半は筒袖つつそでの上着を以て覆ひ、下半は股引を以てふ。着服の順序より云へば先づ股引に付いてぶるを適當てきたうとす。此物に二種の別有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
少年は川上へ堤上を辿たどって行った。暮色はようやせまった。肩にした竿、手にしたふご筒袖つつそで裾短すそみじかな頬冠り姿の小さな影は、長い土堤の小草の路のあなたに段〻と小さくなって行く踽〻然くくぜんたるその様。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二人の母親のおちかは頼まれ物の筒袖つつそでの着物へ綿を入れた所でした。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
しま筒袖つつそで山袴やまばかま穿き獣皮の帯を締めている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三人の中でもにいさん顔の次郎なぞは、五分刈ごぶがりであった髪を長めに延ばして、紺飛白こんがすり筒袖つつそでたもとに改めた——それもすこしきまりの悪そうに。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒い頭で下はふさがっている上から背伸せえのびをして見下みおろすと、はすに曲ってるむこうの石垣の角から、こん筒袖つつそでを着た男が二人ふたあり出た。あとからまた二人出た。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは撞木杖しゅもくづえを左の脇の下にあてがって、頭には竹笠たけがさかぶって、身には盲目縞めくらじま筒袖つつそであわせ一枚ひっかけたきりで、風呂敷包を一つ首ねっこにゆわいつけて
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
演壇では、筒袖つつそでの少年が薩摩さつま琵琶びわいて居た。凜々りりしくて好い。次ぎは呂昇の弟子の朝顔日記浜松小屋。まだ根から子供だ。其れから三曲さんきょく合奏がっそう熊野ゆや
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
満更まんざら容色きりょうではないが、紺の筒袖つつそで上被衣うわっぱりを、浅葱あさぎの紐で胸高むなだかにちょっとめた甲斐甲斐かいがいしい女房ぶり。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんなくるしい道中どうちゅうのことでございますから、御服装おみなりなどもそれはそれは質素しっそなもので、あしには藁沓わらぐつには筒袖つつそで、さして男子だんし旅装束たびしょうぞく相違そういしていないのでした。
直助は地味な美貌びぼうの若者だ。紺絣こんがすりの書生風でない、しまの着物とも砕けて居ない。直助はいつも丹念な山里の実家の母から届けて寄越よこす純無地木綿の筒袖つつそでを着て居た。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
橋をわたって、裏のくらの方へゆく、主人の筒袖つつそでを着た物腰のほっそりした姿が、硝子戸ごしにちらと見られた。お島は今朝から、まだ一度もこの主人の顔を見なかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
寒いはずだ、膝行袴たっつけばかま筒袖つつそで布子ぬのこ一枚、しかし、腰の刀は身なりにも年にも似あわぬ名刀のしろがねづくり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
徳川幕府が仏蘭西フランスの士官を招聘しょうへいして練習させた歩兵の服装——陣笠じんがさ筒袖つつそで打割羽織ぶっさきばおり、それに昔のままの大小をさした服装いでたちは、純粋の洋服となった今日の軍服よりも
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
楓は起って蒲簾をまけば、伊豆の夜叉王、五十余歳、烏帽子えぼし筒袖つつそで、小袴にて、のみつちとを持ち、木彫の仮面めんを打っている。ひざのあたりには木のくずなど取り散らしたり。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
全体洋服などと称して西洋からの借物でもあるように、なさけながっているのが悪い。自由に働こうと思えば筒袖つつそで細袴ほそばかま、昔から是より以外の服制が有ろうはずはない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さりとはをかしく罪の無き子なり、貧なれや阿波あわちぢみの筒袖つつそで、己れは揃ひが間に合はなんだと知らぬ友には言ふぞかし、我れをかしらに六人の子供を、養ふ親も轅棒かぢぼうにすがる身なり
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かつて祖母が吹聴ふいちょうしたものとはまるっきり違っていたことを余りにもはっきりとわからせないように胡魔化ごまかすためだったのだろう、余りにひどい筒袖つつそでの衣類などははねのけてしまって