はたけ)” の例文
もっとも彼女の口に上った梅は、どこかのはたけから引っこ抜いて来て、そのままそこへ植えたとしか思われない無意味なものであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あぜを踏分けて跡をつけては、先へ立って、はたけを切れて、夜は虫が鳴く土手をあがったが、ここらはまだつまを取るほどのしずくじゃなかった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向こうには馬籠の万福寺のもりが見える。そのはたけの間まで行って、しばらく正香と半蔵とはあとから話し話し歩いて来る景蔵らを待った。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はたけや、電柱が、数学の中に使われる文字や符号……√,=,0,∞,KLM,XYZ,αβγ,θω,π……なんどに変化して
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かの家の者一同ある日はたけに行きて夕方に帰らんとするに、女川のみぎわうずくまりてにこにこと笑いてあり。次の日はひるの休みにまたこの事あり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
田もはたけも凍りついた冬枯れの貧しい寒村。窮迫した農夫の生活。そうした風貌ふうぼうの一切が「猿なり」という言葉で簡潔によく印象されてる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
村々のはたけといふ畠はすつかりこげついたやうに荒れてしまひますし、果物の畠も、そこらの木といふ木も一本ものこらず枯れてしまひました。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
さらに先へ進むと、玉蜀黍とうもろこしの大きなはたけには、黄金色の実が葉のような包みからそとをのぞいていて、菓子やプディングがたくさんできそうだ。
郊外近い道を散歩しておる時分に、ふと見ると其処そこはたけに人妻らしい人が茄子をもいでおる。それを見た時の作者の感じをいったものである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大柳から涌谷までは一望の平野で、刈田や、はたけや、荒地の、いちめんにうちわたした中に、鳴瀬川の広い河原だけが、白く乾いて眺められた。
鐘を撞くと、舟にのつてゐるれふしやはたけに出てゐる百姓たちが、弁当をべる時刻を間違へるので、ひどくしかられることを栄蔵はよく知つてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
しゆの色の薔薇ばらの花、ひつじが、戀に惱んではたけてゐる姿、羊牧ひつじかひはゆきずりに匂を吸ふ、山羊やぎはおまへにさはつてゆく、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
馬が二ひき来ました。はたけには、草や腐つた木の葉が、馬のこえと一緒に入りましたので、粟やひえはまつさをに延びました。
狼森と笊森、盗森 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ゆきは、ちらちらとりはじめました。はたけに、えさがなくなると、からすは、ひもじいとみえて、カアカアいて、人家じんかのあるほうんできました。
赤いガラスの宮殿 (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕はひとのはたけを荒したんだ! 僕が……いや、僕なんか……(まだ何か言いたいが、片手を振って、左手へ退場)
『さあ、はたけへ行って、南瓜かぼちゃを一つとっておいで。それがお前さんを、舞踏会へ連れて行ってくれるんだよ。』
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
崖の上は向岡むこうがおかから王子に連る丘陵である。そして崖の下のはたけや水田を隔てて、上野の山と相対している。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかも喬木きょうぼくが多いのですが、その代り田地はない処。はたけはあるが、畠には一面に麻を植えてあります。
一つははたけのむこうのすみの、地面から一米ほどの高さに、一つはこちらの空高く、フワリと浮いています。両方とも糸でしばって、石のおもりがつけてあるのです。
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
探偵小説の作者に畠ちがいの専門家が多いのはそのためであるが、実にこれははたけちがいではなくて、かえってこれこそこれらの人々の畠のものであるかもしれないのだ。
作家としての小酒井博士 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
文芸時評のはたけでも相手のうちに「悪」をぎつけることにかけて殆ど天才的な鼻の持主だった。
「ほんとうとも、ぼくの本国では日本人と犬入るべからずと書いた紙札をはたけに立ててあるんだ」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「そ、そうです! いそいで鐘楼しょうろうへかけのぼって見ましたら、森も野もはたけも、軍兵ぐんぴょう旗指物はたさしものでうまっていました。あア、もうあのとおり、軍馬のひづめまで聞えてまいります……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでたる貝塚かひづか探檢たんけんしたくなつたので、四十一ねんぐわつたるつてた。しかるにいま全滅ぜんめつして、わづかにはたけ貝殼かひがら點々てん/\いてくらゐで、とてそうこと出來できぬ。
課長と検事とは喋っていながらも、この難問題が自分たちのはたけではないことに気がついた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
貧しい本所ほんじよの一此処こゝきて板橋いたばしのかゝつた川向かはむかうには野草のぐさおほはれた土手どてを越して、亀井戸村かめゐどむらはたけ木立こだちとが美しい田園の春景色はるげしきをひろげて見せた。蘿月らげつは踏みとゞまつて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ただ窓べりによりかかりながら、春めいた山だのはたけだのを眺めていたように覚えている。
お時儀 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
六四畿内河内の国に六五はたけ山が同根どうこんの争ひ果さざれば、みやこぢかくも騒がしきに、春の頃より六六瘟疫えやみさかんにおこなはれて、かばねちまたみ、人の心も今や六七ごふくるならんと
その遠山とほやまばた——このはたは、やまそばといふことでなく、やはり、やまはたけでせう——そのあきくもが、えずかゝつてゐるはずの、とほ山家やまがはたけのあるところが、あきるといふと
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
村人はわずかな菜根さいこんはたけに見張りをつけるほど、食物はまるで実らなかった。その乏しいというよりも殆ど一本の菜っ葉をかぞえるくらいの畠は、夜にはいると荒らされて盗みの手がはいった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
下にはまずまばらに茅葺屋根かやぶきやね、大根の青い畑が連って、その下に温泉場、二階三階、大湯から出る湯の煙、上を仰ぐと、同じはたけ斜坂さか爪先つまさき上がりになっている間に一条ひとすじの路がうねうねと通って
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「それじゃ外科へ行くがいい。親分のはたけじゃねえ」
高粱かうりゃうはたけけて銃架じうかかげはけふもつゞいて
はたけの林檎べにえてうじこそたかれ。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
はたけの上に 落ちてゐる
やあい、そこへげたい……泳いでらい、畜生々々。わんぱくが、四五人ばらばらと、はたけへりへ両方から、向う岸へ立ちました。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうかと思うとイブセンを浪漫派だと申す人があります。しかしイブセンとユーゴーとはとうてい同じはたけのものじゃないようであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしはお稻荷いなりさまの使つかひですよ。このやしろ番人ばんにんですよ。わたしもこれでわか時分じぶんには隨分ずゐぶんいたずらなきつねでして、諸方はう/″\はたけあらしました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
庭やはたけで遊ぶと叱られるから田へ行くだけでなく、全く刈田かりた頃合ころあいの柔かさを、さがしてでも子どもはそこへ集まったのである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はたけの中にある田舎の家。外には木枯しが吹き渡り、家の周囲には、荒寥こうりょうとした畦道あぜみちが続いている。寂しい、孤独の中にふるえる人生の姿である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
いわれば、きんぎんどうてつなどがひかっている。野原のはらにははなみだれ、や、はたけにはしぜんと穀物こくもつしげっている。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところが丁度ちょうどひと月ほど前の事であった。椙原家の小作人の一人が、はたけ仕事におくれて夜になってから戻る途中、殺生谷の近くで恐ろしく大きな鬼火に遭った。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一口にいうと、彼はだれの用事でも喜んで引きうけたが、自分の仕事は駄目で、一家のつとめや、自分のはたけの手入れとなると、とてもする気になれなかったのである。
はたけには、草やくさった木の葉が、馬のこえと一緒に入りましたので、粟や稗はまっさおに延びました。
狼森と笊森、盗森 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
反歩たんぶか二反歩ぐらいの広さの四角い草原で、多分屋敷か、はたけの跡だろうと思われる平地であったが、立木や何かにおおわれているために幾度も幾度も近まわりをウロ付きながら
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところがある晩、だれかゞそのはたけへはいりこんで、玉ねぎを十ばかりぬすんでいきました。女中のローズが、あくる朝、そのほりかへしたあとを見て、びつくりして大声をたてました。
小犬 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
探偵小説の作家には日本だけでなく外国でも文壇と無関係なはたけちがいの人が多い。
作家としての小酒井博士 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
一直線の堀割ほりわりはこゝも同じやうに引汐ひきしほきたな水底みなそこを見せてゐたが、遠くのはたけはうから吹いて来る風はいかにもさわやかで、天神様てんじんさま鳥居とりゐが見えるむかうのつゝみの上にはやなぎ若芽わかめが美しくひらめいてゐるし
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
長方形の窓をのぞいている「さん・せばすちあん」の上半身かみはんしん。但し斜めに後ろを見せている。明るいのは窓の外ばかり。窓の外はもうはたけではない。大勢の老若男女の頭が一面にそこに動いている。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花壇の向うははたけになっていて、その西の隅に別当部屋の附いたうまやがある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)