獲物えもの)” の例文
そこで信田しのだもりへ大ぜい家来けらいれて狐狩きつねがりにたのでした。けれども運悪うんわるく、一にちもりの中をまわっても一ぴき獲物えものもありません。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
しきいのきしむ雨戸をこじ明けて、水口みずくちから踏み込むと、半七は先ず第一の獲物えものを発見した。それは野暮な赤い櫛で、土間に落ちていた。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
されどわが量るところ違はずば、ディーテに課して第一のひとやに大いなる獲物えものをえし者の來れる時より少しく前の事なりき 三七—三九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
求めてみるとなかなか獲物えものはかからない、ところへひっかかった君は、案外の雑魚ざこだと思ったら、実は意外の掘出し物であったのだ。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このさい獲物えものをくわえたままはしったほうがいいか、それとも人間にんげんが、まだづいていなかったら、じっとして機会きかいったほうが
これが今日こんにちおほくの石器せつき發見はつけんされる理由りゆうひとつでありまして、おかげ私共わたしどもみなさんととも石器せつきさがしにつても、獲物えものがあるわけです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
と実物について説明する時来会者のうちより進み出でたる一人「中川さん、鳥のついでに伺いますが私は銃猟じゅうりょう道楽で毎度野山の獲物えものを ...
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
獲物えもののまわりにわざと遊びたわむれて、なかなか飛びつこうとせぬおおかみのように三上は、その考えのまわりをウロウロしていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
おあにいさまのみことも、山のりょうにはおなれにならないものですから、いっこうに獲物えものがないので、がっかりなすって、弟さまに向かって
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
つまり神にいつくように、粗末にせず、大切にする妻というので、出て来る珍らしい獲物えものの鹿を大切にする気持と相通じて居る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
どぜう一尾いつぴき獲物えものい。いのを承知しやうちで、此処こゝむとふのは、けるとみづしづめたあみなかへ、なんともへない、うつくしいをんなうつる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おれの獲物えものは人形だった。その上、君はおれがここへきたことを知っていた。実にするどいねえ。ブルブルブル、おおこわい。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
獲物えもの無しサ。』と敬之進は舌を出して見せて、『朝から寒い思をして、一匹も釣れないでは君、遣切やりきれないぢやないか。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
お茶のしたくを安江に回しておいて、音枝はおもむろにきょうの獲物えものらしい紙包をもち出してきてちゃぶ台の上においた。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
と、かれの貪慾どんよく相好そうごうがニヤニヤみくずれてきた。——湖水の中心では、いましもかぎにかかった獲物えものがあったらしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みんな勝手なことを言って勘太郎かんたろうをからかったが、勘太郎はそんなことは耳にも入れず、身じたくをすると獲物えものひとつ持たずに光明寺こうみょうじへ出かけて行った。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
犬も狆も我れ勝ちに獲物えものの上へ折り重なり、歯をむき出し舌を伸ばして、一つ餅菓子を喰い合ったり、どうかするとお互に鼻の頭を舐め合ったりした。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
父さんが生きたまま持って帰った猟の獲物えものは、僕が首をひねる。君とエルネスチイヌ姉さんが羽根をむしるんだぜ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
目黒にも桐ヶ谷にも千住にも、この秋はことの外獲物えものが多いといふ評判で御座います。それが何うしたわけで——
用事を口実にして銀行家ジャンナンを訪問した。ときとすると、猟の獲物えものをつめた目籠めかごを手みやげにしたり、大きな花束を婦人たちへもってきたりした。
今日きょう田口での獲物えものは松本という名前だけであるが、この名前がいろいろに錯綜さくそうした事実を自分のためにくくっている妙なふくろのように彼には思えるので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼等かれらけるとぎんごとひかつて獲物えものが一でもふねればそれを青竹あをだけつゝんで威勢ゐせいよくかついでる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
高瀬の奥で喜作が猿の皮を無雑作にくびに巻き付けた姿で、獲物えものの羚羊の皮の枠張わくばりに余念なかった姿を想出おもいだして
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
「あの老人があの老人なら、とほうもない獲物えものといわなければならない。こいつアしっかり見届けてやろう」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せっかくの獲物えものが人間に気づかれてしまったり、また、お巡りさんや刑事に怪しまれて、かえってこっちがとりおさえられるから、出来るだけ用心をするんだぞ
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして日あたりのいい南向きのかれしばの上に、いきなり獲物えものを投げだして、ばさばさの赤い髪毛かみけを指でかきまわしながら、かたを円くしてごろりところびました。
山男の四月 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こんな鷹揚おうようなものの云い方をしながら父親は獲物えものを鰻仲買なかがいに渡した。憐れな父子と思いながら小初はいつか今夜の父の漁れ高を胸に計算していた自分が悲しかった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが、このフクロウは、こんやはさっぱり獲物えものがなくて、プンプンはらをたてていたところでした。
そこへ白おおかみブランカはじめ仲間なかまが競いかかって、見る見る牝牛めうしの息の根をとめてしまいましたよ。ロボのやつ、獲物えものは仲間にまかせてけろりとしているのです。
当九郎の獲物えものがピストルの五連発か何かであったとすると、到底相手にはなり切れないので、源次郎氏は思わずあと退さがって行くうちに、足場を誤って谷川に墜落した。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
冒険の獲物えものはきまりきって取るにも足らないやくざものである事を葉子はしみじみ思わされた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
とくに春はこの気持がつよい。獲物えものあさるようなつもりで古典の地へ行きたくないものだ。その時その折のぐな心でみ仏に対すれば、仏像は何のこだわりもなく抱擁してくれる。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
つんつるてんの飛白かすりつつっぽに、白木綿の兵古へこ帯を太く巻いた大男が、茶筌ちゃせんあたまを振り立てて、そこらで根から抜いて土のついてる六尺ほどの若木を獲物えものに渡り合うのにも
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もしあなたの獲物えものなら、わしはあえて取ろうとは思わない。(小鳥の死骸しがいを投げつける)
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、どうして目に見えぬ獲物えものを追うように、井戸の中に飛び込んだか知らぬが、それを穿鑿せんさくしようなどと思うものは一人もない。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
君は民政党にたてついて、碌なことはないよ、と云って、馬鹿にしたような、脅迫するような、獲物えものを前にして舌なめずりするような、下卑げびた薄笑いを湛えて、じっと彦太郎を見た。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ゐのしゝきば犬齒けんし發達はつたつしたもので、このきば獲物えものっかけたり、てきふせいだりします。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「こないだのY五十九号だってそうですよ、せっかくの獲物えものをにがしておめおめと帰って来るなんて……あの飛行機にはかなり重要な物が乗っているって情報があったんですからね」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
さげすみ、憎み、呪い、目を剥き出し、歯を現し、片手の指を、獲物えものを掴もうとするけだもののようにかぎなりに、曲げ、片手に、浜川平之進の血しおで染んだ短刀を握り締めた、長崎屋
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
宗忠は身仕度をして来た、なにか獲物えものもあろうというので一ちょうの銃も持っている。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
まるで獲物えものをねらう蛇のような云い知れぬ妖気ようきが、その全身から発する感じだ、これまでの伝七郎なら、それだけですくんでしまったろう、だがいま彼は銀之丞を上から見下ろしている
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
訶和郎の首は、猟人の獲物えもののように矢の刺った胸の上へ垂れ下った。間もなく、濃霧は松明の光りをその中にぼかしながら、倒れた芒の原の上から静にだんだんと訶和郎の周囲へ流れて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
三男の蟹は愚物ぐぶつだったから、蟹よりほかのものになれなかった。それが横這よこばいに歩いていると、握り飯が一つ落ちていた。握り飯は彼の好物だった。彼は大きいはさみの先にこの獲物えものを拾い上げた。
猿蟹合戦 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何事か知らんと一同足を止めて見ますると、向うから罪人が四五十人、獲物えもの々々をたずさえ、見るも恐ろしい姿で、四辺あたりに逃げまど老若男女ろうにゃくなんにょ打敲うちたゝくやら蹴飛けとばすやら、容易ならぬ様子であります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
たとへば夜けてから澤山の獲物えものを持ツて獨でくらい路を歸ツて來ると、不意に行方ゆくてから、人魂ひとだまが長く尾を曳いて飛出したり、またはのかはうそといふ奴が突然だしぬけ恐ろしい水音をさせて川に飛込むだり
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私が中津なかつ藩に対する筆法は、金の辞退どころかただ取ることばかり考えて、何でも構わぬ、取れるけ取れとう気で、一両でも十両でもうまく取出せば、何だかかりいっ獲物えもののあったような心持こころもちがする。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わらべらの願いはこれらの獲物えものを燃やさんことなり。赤きほのおは彼らの狂喜なり。走りてこれをおどり越えんことは互いの誇りなり。されば彼らこのたびは砂山のかなたより、枯草のたぐいを集めきたりぬ。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
公爵こうしやく水谷氏みづたにしも、大概たいがい其邊そのへん獲物えもの
獲物えものつたる年寄さながら驚いて
なが獲物えものをと、うらどふに
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)