きば)” の例文
刑部がきばをかみ鳴らした声と共に、初めてそこに、血の犠牲を見、同心のからだは、宙へ、かかとを上げて、庭さきへころげ落ちた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よく剣ヶ峰けんがみねおがまれる。」と、じいさんは、かすかはるかに、千ゆきをいただく、するどきばのようなやまかってわせました。
手風琴 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「へんな傷だね。大きな動物が、きばでかみついたというような傷だね。それに、傷のまっ白なところを見ると、ごく新しい傷だ。」
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
殊にもう髪の白い、きばけた鬼の母はいつも孫のりをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。——
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
匕首あひくちでも脇差でも出刄庖丁でもなく、おほかみきばでないとすれば、その武器は佐太郎には想像も出來なかつた種類のものらしいのです。
「貴様は大事の/\わしの坊やを、其の石でおさへ殺したんだな。今にかたきうつてやるぞ!」と、叫びながら、鋭いきばを剥き出しました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
きばをむかんばかりにしてほえたてている伝六の横から、名人は射すくめるような目をむいて、じっとお駒の顔をにらみすえました。
火の中に尾はふたまたなる稀有けうの大ねこきばをならしはなをふきくわんを目がけてとらんとす。人々これを見て棺をすて、こけつまろびつにげまどふ。
猛狒ゴリラるいこのあな周圍しうゐきばならし、つめみがいてるのだから、一寸ちよつとでも鐵檻車てつおりくるまそとたら最後さいごたゞちに無殘むざんげてしまうのだ。
しかもそれは時代の潮流に適合するため、変装された女性化主義フェミニズムの仮面の下で、いつも本能獣のきばぎ光らしているのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そんなはずはない——あらしの中できばをむいた海は、一瞬の間に、船も、船長ものみこんで、もう次の犠牲におどりかかっているのだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
天の与えと喜んで、旅人は急ぎそれを伝って、井戸の中へ入ってゆきました。狂象はおそろしいきばをむいてのぞきこんでいます。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
同時に、毛だらけの泥まみれの大きな顔が、歯というよりもきばを出してすごい笑いを浮かべながら、とびらの所からのぞき込んだ。
抱いている赤児にも別条はなかった。しかし半七をおどろかしたのは、その赤児が二本の鋭いきばをもっていることであった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つのあればきばなく、うろこあれば髪がないというように、必ず一方の手段である目的を達しえられる程度までに進んでいるだけで
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
てる絶壁ぜつぺきしたには、御占場おうらなひばがけつて業平岩なりひらいは小町岩こまちいは千鶴ちづるさき蝋燭岩らふそくいはつゞみうら詠続よみつゞいて中山崎なかやまさき尖端とつさききばである。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
大きな猪は、なにか傷をうけ、たけりくるつて、すさまじい勢ひでかけて来ます。頭をさげ、きばをむき出し、目を光らして、突進して来るのです。
木曽の一平 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
死のきばから辛うじて救われた、哀れなる人間よ。ローマ人はお前がここに留まることを欲しない。お前は人生に疲労と嫌悪とを吹き込むものだ。
やがて主人しゅじんばれて出てきたしっぺい太郎たろうますと、小牛こうしほどもあるいぬで、みるからするどそうなきばをしていました。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それよりは今霎時、きばみがき爪を鍛へ、まづ彼の聴水めを噛み殺し、その上時節のいたるをまって、彼の金眸を打ち取るべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
おおかみあごいのししきばが、石弓や戦斧せんぷのあいだにおそろしく歯をむきだし、巨大な一対の鹿しかの角が、その若い花婿の頭のすぐ上におおいかぶさっていた。
ぶる/\と其のおほきい頭を振つてきばんで怒り、せめては伊豆一国の主になつて此恨を晴らさうと奮ひ立つたとある。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼奴だと分ると嫉妬しつとの蛇のきばは即坐に折れてしまひましたよ。と云ふのはそれと一緒にセリイヌに對する私の戀も蝋燭消しの下に消えたからです。
五十六歳と云う女の年齢が胸の中できばをむいているけれども、きんは女の年なんか、長年の修業でどうにでもごまかしてみせると云ったきびしさで
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それが、生存する環境の悪条件に左右される自己防衛のきばであることは、著者そのひとが脱出の夜良人に向っていった言葉であきらかにされている。
ことの真実 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
中にはマムシ取りの名人がいて、棒のさきで首根っこをぎゅっとおさえ、たちまち口をあかせてきばをぬき、口からさいてきれいに皮をはいでしまう。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
みんながきばをむきつめを立ててかみ合いかき合いしているので、ウイリイたちはそこをとおることができませんでした。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
小文吾が曳手ひくて単節ひとよを送って途中で二人を乗せた馬に駈け出されて見失ってしまったり、荒野猪あれいのししを踏み殺してきばに掛けられた猟師を助けたはイイが
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そこにならべてあるような骨製こつせいさきとがつたものや、種々しゆ/″\のものがありまして、なかにはきばほねうへ動物どうぶつかたち人間にんげんかたち彫刻ちようこくしたものなどがあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
なんとなれば万邦・万人、みなよだれを流し、きばを磨し、みなその呑噬どんぜいの機会をまつをもって少しく我に乗ずべき隙あらばたちまちその国体をうしなうに至らん。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
狛犬は後脚を折曲げて行儀ぎょうぎ好く居ずくまり、前の片足を上げて何やら人を招くような形をしていながら、えでもするように角張った口を開いてきばを現し
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
空間が小刻みにふるえて、頭のしんぼうとして来る。このような時——人間は何を考えるのか——このような時、人間は人間の……人間の白いきばがさっと現れた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
わかい漁師は、赤い手柄てがらをかけた女房を引っ抱えるようにして裏口に出たが、白いきばき出して飛びかかって来た怒濤どとうき込まれて、今度気がいた時には
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
野獣のような盗伐者は、思慮分別もなく、きばんで躍りかかり、惨殺して後をくらましてしまうのである。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その相手の武士であると犬殺しであるとに論なく、きばに当る限りは噛み散らし、あごに触るる限りは噛み砕いても、この場を逃れるよりほかはないのであります。
彼はあたかもブルドッグがそのきばでかみつくように、自分の一念にしがみついていた。「マヌースを殺すんだ、殺すんだ!……」彼はパリーへもどろうとした。
彼は母国を肉体として現していることのために受ける危険が、このようにも手近に迫っているこの現象に、突然きばを生やした獣の群れを人の中から感じ出した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鼻は長蛇ちょうだのごとくきばたかんなに似たり。牛魔王堪えかねて本相をあらわし、たちまち一匹の大白牛はくぎゅうたり。頭は高峯こうほうのごとく眼は電光のごとく双角は両座の鉄塔に似たり。
頭から尾のさきまで五尺九寸、重さ十三貫目あまり、これまで多年のあいだ領内を荒し廻り、牛馬を喰うこと数知れず、人間も十三人までかれのきばにかかっておる
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あとずさりをして、羽目板はめいたにぶつかってしまったくまは、のがれ道のないことをさとったものか、すごい形相ぎょうそうをし、きばをむきだしてとびかかりそうな身がまえをした。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
どこからぎつけたのか、『海の殺人鬼』の鮫が、十匹、十五匹ときばを光らせて、しのびよって来る。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
これも土人が弓をひきしぼり、とらきばをむき出したまゝ、いつまでも同じ姿勢をつゞけてゐました。
のぞき眼鏡 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
追われているのはそれらの幾千倍も幾万倍もあるのに、その多くの労働者の群れには、きばをむいて自分のあとを振り向こうとする、たった一人の仲間さえもないのだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
きばをむいて、闘いを求めていた。情緒が彼に闘いを求めているのか、彼が闘いを求めているのか、明らかでなかった。その状況を半年ほど前から、五郎は気付いていた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「うむ、海にんでる馬だって、あの大きなきばを親方のとこへ土産みやげに持って来たあの人だろう」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
デカダンはデカダンと相食あひはんでゐる。悪と悪とは互にそのきばを磨いてゐる。それは皆な我にちやくした処から起つて来る。現に自分すらその染着せんちやくを捨てることが出来なかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
見る見る老女のいかりは激して、形相ぎようそう漸くおどろおどろしく、物怪もののけなどのいたるやうに、一挙一動も全くその人ならず、足を踏鳴し踏鳴し、白歯のまばらなるをきばの如くあらはして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
色はまっくろで、鍵の切りこんだきばみたいなところが、まるで西洋のお城の塔のような形をしています。その上あやしいのは、その鍵をにぎるところについているりものです。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ある者はくじいてずいを吸い、ある者は砕いて地にまみる。歯の立たぬ者は横にこいてきばぐ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
獅子をもたおす白光鋭利のきばを持ちながら、懶惰らんだ無頼ぶらいの腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持きょうじなく、てもなく人間界に屈服し、隷属れいぞくし、同族互いに敵視して