手代てだい)” の例文
女中や番頭に取り巻かれて、すすぎだらいの前へ腰かけたのは、商家の内儀ないぎらしい年増の女と、地味なしまものを着た手代てだい風の男であった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
柳湾は幕府の郡代田口五郎左衛門の手代てだいとなり飛騨ひだ出羽でわその他の地に祗役しえきし文化九年頃より目白台めじろだいに隠棲し詩賦灌園かんえんに余生を送った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
万屋安兵衛よろずややすべえ手代てだい嘉吉かきち、同じ町の大和屋李助やまとやりすけ、これらの人たちが生糸売り込みに目をつけ、開港後まだ間もない横浜へとこころざして
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ一度も過ちを犯さなかったというわけではない。もう今では二年ばかり前、珊瑚珠さんごじゅなどを売る商人の手代てだいと僕等をあざむいていたこともある。
第四の夫から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わけてもその夜は、おたな手代てだいと女中が藪入やぶいりでうろつきまわっているような身なりだったし、ずいぶん人目ひとめがはばかられた。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いや、とき手代てだい樣子やうすが、井戸ゐどおとしたおとのやうで、ポカンとしたものであつた、とふ。さて/\油斷ゆだんらぬなか
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
平吉はじめ五兵衞其外とも一同下られけり是より伊奈殿には手代てだい杉山すぎやま五郎兵衞馬場ばば三右衞門の兩人に幸手宿さつてじゆくの杉戸屋富右衞門を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その女掏摸すりと並びながら、手代てだいふうの若い男が行く。相棒であることはいうまでもない。どこか道化どうけた顔つきである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二十五六、大店おおだな手代てだい風ですが、余程面くらったものと見えて、履物も片跛、着物の前もろくに合っておりません。
その入口の向側の軒下には、商店の手代てだいといった和服の男が、うろうろしている。波越氏の部下の刑事に相違ない。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そゝぐにおたかことばたがひもなくうれひまゆいつしかとけて昨日きのふにかはるまめ/\しさちゝのものがものへばさら手代てだい小僧こぞう衣類いるゐ世話せわひほどきにまで
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女たちが芝居から帰ったのは、日がれてからであったが、そのまえ、ちょうど部屋に灯をいれているとき、銀座の鳩古堂きゅうこどうから、手代てだいの助二郎が筆を届けて来た。
ほどなく光徳の店の手代てだいが来た。五百いお箪笥たんす長持ながもちから二百数十枚の衣類寝具を出して見せて、金を借らんことを求めた。手代は一枚一両の平均を以て貸そうといった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いろ/\のあつ待遇もてなしけたのちよるの八ごろになると、當家たうけ番頭ばんとう手代てだいをはじめ下婢かひ下僕げぼくいたるまで、一同いちどうあつまつて送別そうべつもようしをするさうで、わたくしまねかれてそのせきつらなつた。
それでも手代てだいはじっとして彼らを待っていなかった。たちまち津田をほうり出した現金な彼は、すぐ岡のすそまで駈け出して行って、下から彼らを迎いに来たような挨拶あいさつを与えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鳥打ち帽にしまの着物の、商人の手代てだいらしい人も人待ち顔に立っていた。奥の方から用談のはてたらしい羽織を着た男が出て来て、赤い緒の草履ぞうり高下駄たかげた穿き直して出ていった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
西洋人を乗せた自動車がけたたましく馳け抜ける向うから紙細工の菊を帽子に挿した手代てだいらしい二、三人連れの自転車が来る。手に手に紅葉の枝をさげた女学生の一群が目につく。
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、小林にしろ淡島にしろ椿岳の画名が世間に歌われたのは維新後であって、維新前までは馬喰町四丁目の軽焼屋の服部喜兵衛、またの名を小林城三といった油会所の手代てだいであった。
この風習も近年まで残っておったが、大阪のごとき大都市でも、商家で丁稚でっち手代てだいを採用するに、比較的生活の相似たる市民の子弟を採らずして、なるべく粗樸そぼくの田舎者に目を付けた。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「おお、誰やらぢやつたね、高利貸アイス才取さいとりとか、手代てだいとかしてをると言うたのは」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私が扇屋へ行く使つかひ丁稚でつちいて行つた時、丁稚の渡す買物帳を其処そこ手代てだいうしろの帳場へ投げました。そしてかちかちと音をさせて扇箱から出した五六本の扇が私の丁稚に渡されました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そんなところで、生き馬の眼を抜くような稼業しょうばいをしている。しかも、本人は、奥の茶室にすわったまんまだ。手代てだいとも用人ようにんとも、さむらいとも町人ともつかない男が、四、五人飼われている。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
御代官並びに手代てだい其の外与力に至るまで、それ/″\席を設けてあります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
芸題は『大経師だいきょうじ昔暦むかしごよみ』と云って、京の人々の、記憶にはまだ新しい室町むろまち通の大経師の女房おさんが、手代てだい茂右衛門もえもんと不義をして、粟田口あわたぐちに刑死するまでの、のろわれた命懸けの恋の狂言であった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
三十人の労働者あるいは店の手代てだい番頭ばんとうめかしい者が一群をなしていた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そのまゝ松本さんのところへ引き取られて、請負人の手代てだいになった
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
竹本座の手代てだい 庄吉
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
二軒茶屋の床几しょうぎへ茶代を置いて、こういいながら、あわてて、後を追ってきた手代てだいふうの男と、そして、三十がらみの商家の御寮人ごりょうにん
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳥打帽とりうちぼう双子縞ふたこじま尻端折しりはしおり、下には長い毛糸の靴足袋くつたびに編上げ靴を穿いた自転車屋の手代てだいとでもいいそうな男が、一円紙幣さつ二枚を車掌に渡した。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
逃去にげさり金はまんまと奪ひ取仕合しあはせよしと兩人五百兩宛配分はいぶんして悦び別れけり然ばかの兩替屋にては翌朝早速さつそく町奉行所へ訴へ出ければ大岡殿島屋の手代てだい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「わかつてゐるよ。あの女が夢中になつてゐるのは、お前ではなくて好い男の手代てだいの彌八さ。お氣の毒だがお前はダシに使はれてゐるだけのことだよ」
または質屋の手代てだい、出入りの大工、駕籠かごかきの九郎助にまで、とにかく名前を思い出し次第、知っている人全部に、吉野山の桜花の見事さを書き送り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
が、わたしも思いのほか、盗みばかりしてもいないのです。いつぞや聚楽じゅらく御殿ごてんへ召された呂宋助左衛門るそんすけざえもん手代てだいの一人も、確か甚内と名乗っていました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一議いちぎおよばず、旦那だんな以爲然もつてしかりとしたが、何分なにぶん大枚たいまい代物しろものであるから、分別ふんべつ隨一ずゐいち手代てだいが、使つかひうけたまはる。と旦那だんな十分じふぶんねんれて、途中とちうよくをつけて、他人たにんにはゆびもさゝせるな。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
文政の初年には竜池が家に、父母伊兵衛夫婦が存命していて、そこへ子婦よめ某氏が来ていた。竜池は金兵衛以下数人の手代てだいを諸家へ用聞にり、三日式日さんじつしきじつには自身も邸々やしきやしき挨拶あいさつに廻った。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
前の晩に母親に送られて、実家からその主家へ帰つたのは、死に帰つたのだと云はれる丁稚も可哀想でなりませんでした。眼病をして居て逃げ惑つたらしいと云ふ若い手代てだいも哀れでした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
若い男は津田の目指めざしている宿屋の手代てだいであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
欧洲にては背広の代りにモオニングをきてゐる人多し。背広にては商店の手代てだいに見まがふ故なるべし。日本人は身丈みたけ高からざる故モオニングは似合はず。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
大勢の奉公人のすみに、ちょこなんと、かしこまっている自分だった。手代てだいもいる。飯炊き男もいる。下婢かひもいる。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其方儀養子やうし又七にきずつけせつとくと樣子も見屆ず其上つまつねむすめくま手代てだいちう八不屆の儀を存ぜぬ段不埓ふらちに付江戸構えどがまひつく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その後、あるじの妹の一子を家にいれて二十五、六まで手代てだい同様にしてこき使い、ひそかにその働き振りを見るに、その仕末のよろしき事、すりきれた草履ぞうりわら
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんな問答のうちに手代てだいの房吉といふのが縁側に中腰になつて、内儀のいひつけを待つてをります。
第一の夫の行商人ぎょうしょうにんはたちまち僕の説に賛成した。仏画師は不幸なる手代てだいの鼻にも多少の憐憫れんびんを感じていたらしい。しかし伍長をいからせないためにやはり僕に同意を表した。
第四の夫から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手代てだい茂右衛門もえもんと不義あらわれ、すなわち引廻しはりつけになりまする処を、記したのでありまして。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「先生は御在宅でいらっしゃいますか。鶴屋喜右衛門つるやきうえもん手代てだいで御座います。」と声もきれぎれに言うのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ふと、すれちがった商家の妻らしい女は、彼の姿を振り向いて立ち止まった。そして供の手代てだいらしい男と、頻りに小首をかしげて何かささやき合っていたが、やがておそるおそる近づいて
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう、其處等そこら如才じよさいはござりません、とお手代てだい。こゝで荷鞍にぐらへ、銀袋ぎんたい人參にんじん大包おほづつみ振分ふりわけに、少年せうねんがゆたりとり、手代てだいは、裾短すそみじか羽織はおりひもをしやんとかまへて、空高そらたか長安ちやうあん大都だいとく。
人参 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
襖越ふすまごしに番頭、手代てだいたちが盗み聞きして、互いに顔を見合せて溜息ためいきをつき
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
呂宋助左衛門るそんすけざえもん手代てだいだったのも、備前宰相びぜんさいしょう伽羅きゃらを切ったのも、利休居士りきゅうこじの友だちになったのも、沙室屋しゃむろや珊瑚樹さんごじゅかたったのも、伏見の城の金蔵かねぐらを破ったのも、八人の参河侍みかわざむらいを斬り倒したのも
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お咲殺しの下手人は、手代てだいの國松でした。