かか)” の例文
部屋へ帰って、書物を読んでいると、妙に下の親子が気にかかってたまらない。あの爺さんは骨張った娘と較べてどこも似た所がない。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも箱の中が気にかかって、そわそわして手も震い、動悸どうきの躍るのを忘れるばかり、写真でおさえて、一生懸命になってふたを開けた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてその音の起る度に、矢は無数のいなごのごとく、日の光に羽根を光らせながら、折から空にかかっている霞の中へ飛んで行った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こまかき雨ははら/\と音して草村くさむらがくれなくこほろぎのふしをも乱さず、風ひとしきりさつふりくるは、あの葉にばかりかかるかといたまし。
あきあはせ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その下に曾て見たことのない、高さ五六丈もあるかと思われる青塗あおぬりの桶が別にあって、それに長い長い梯子はしごかかっているのを見た。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
染之助の居る一座は、十月興行をお名残なごりに上方へ帰って、十一月の顔見世かおみせ狂言からは、八代目団十郎の一座がかかると噂が立ちました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うたたねの橋は、木深い象谷きさだにの奥から象の小川がちょろちょろとかすかなせせらぎになって、その淵へ流れ込むところにかかっていた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
桑港フリスコの夜、船から降りたった波止場のはずれに、ガアドがあって、その上に、冷たくかかっていた、小さく、まんまるい月も忘れられません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
が、太田平八を始め、馬卒たちの告げることは、余りにうわずっていて、敵の兵力、かかくち、その主将など、何ひとつ、要領を得ない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつやらの暴風に漁船が一艘ね上げられて、松林の松のこずゑに引つかかつてゐたといふ話のある此砂山には、土地のものは恐れて住まない。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「えっ、何ですって、毎晩旦那の前に私が現われますって。へッ、冗談じゃありませんよ、お目にかかるのは今夜が始めてで……」
その癖、自分の魂は壊れもののようにおずおずと運んでいるのでもあった。彼には今の家に置いて来たもう一つの姿がしきりに気にかかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
軽気球が二つ、奇妙なお日様とお月様の様に、場内の東西の空にかかって、そこから、五色のテープが美しい雨と降り注いでいた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
米友のかかって覘うところは兵馬の眼と鼻の間。そのはやぶさのような眼の働き。兵馬はそれに驚かず、ジリリジリリと槍をつけている。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
石室の入口には「申陽之洞しんようのどう」という扁額がかかっていた。李生は昨夜自分が矢を著けた三山の冠を着た妖怪は、この内にいるのだなと思った。
申陽洞記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
丁度、旦那様の御留守、母親おふくろは奥様にばかり御目にかかったのです。奥様は未だ御若くって、おおき丸髷まるまげに結って、桃色の髪飾てがらを掛た御方でした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
少しくこれを観察するときには裏面にはさらに富の世界あるを見、兵と富とは二個の大勢力にして「いわゆる日月ならかかりて、乾坤けんこんを照らす」
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「いや、まだ悉皆すっかりいという訳には行かないよ。何でも三週間ぐらいはかかるだろうと思うが……。しかしまあ、生命いのちに別条の無いのが幸福しあわせさ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕立のれた時には、もう薄暮の色が広い川の上に蔽ひかかつて居た。渡良瀬川わたらせがは思川おもひがはを入れて、段々大きな利根川の会湊点くわいそうてんへと近づいて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
らちも無い空頼みしていそいで雨戸をあけると寒月皎々こうこうと中空にかかり、わが身ひとつはもとの身にして、南無阿弥陀なむあみだと心底からの御念仏を申し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
昨年成瀬君にお目にかかりまして、女子大学を興すというお話を承りまして、初めて女子大学の大切なる事を承りました。
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
四条派の絵画も近代の展覧会場では全くうすぼけた存在に過ぎないけれども、一たび、うす暗い床の間にかかると、たちまち滝は雲煙の間を落ちて行く。
それをきいたかぼちやのをこつたのをこらないのつて、いしのやうな拳固げんこをふりあげてかからうとしましたが、つるあしにひつからまつてゐてうごかれない。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
意味体験を概念的自覚に導くところに知的存在者の全意義がかかっている。実際的価値の有無多少は何らの問題でもない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
初句「青旗の」は、下の「木旗」にかかる枕詞で、青く樹木の繁っているのと、下のハタの音に関聯せしめたものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
泉原は何気なく帳場の壁にかかっている姿見に視線をやった時、鏡の中に緑色のドレスをまとった女の姿がチラと映った。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そう聞くと、もし小三郎が昨夜此手拭を忘れて行かなければ、お菊殺しの疑いは、真っ直ぐに手拭の持主の小三郎にかかって行くことになるでしょう。
織物の名誉はむしろ掛川かけがわの仕事の方にかかっているといわねばなりません。掛川の宿が葛布くずふの名で知られてから、もう何年になるのでありましょうか。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
表階子おもてばしごの口にかかれる大時計は、病みつかれたるやうの鈍き響をして、廊下のやみ彷徨さまよふを、数ふればまさに十一時なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
西側は清涼殿のおもてで、黄いろいすだれが紅のひもで結ばれ、黒瓦くろがわらの下に平行にかかっているのが見られます。南側には紫宸殿ししんでんの後ろ側の板戸がありました。
それでも気にかかっておりましたものと見えて、その夜になりますとどうしても寝つかれなくなったので御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
また誰かにもらって来たローマ旧教カトリックの僧の首にけ古された様な連珠れんじゅに十字架上のクリストの像の小さなブロンズのかかったのを肌へ着けたりして居ました。
狂わしいほどに気にかかるものの安否は知れず、やる瀬なき絶叫は神に救いを求める讃美歌となって高唱された。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
意外いがいなのは、このときはじめておかかったばかりの、全然ぜんぜん未知みちのおかたなのにもかかわらず、わたくしむねなんともいえぬしたしみのねんがむくむくといてたことで……。
「ほう、あれが少女の滝かね」その滝は左の緑蔭りょくいんからかかってあまりにかすかな水の線、線、線であった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
陽は、もう丘の稜線に沈みかかって、陰欝いんうつな雲の裂目さけめから、鉱区の一部をあの血の様な色に染めていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
江戸時代にさかのぼってこれを見れば元禄九年に永代橋えいたいばしかかって、大渡おおわたしと呼ばれた大川口おおかわぐち渡場わたしばは『江戸鹿子えどかのこ』や『江戸爵えどすずめ』などの古書にその跡を残すばかりとなった。
潤三郎じゅんざぶろうから来た葉書に、「工合が悪いので医者へ行ったら、萎縮腎いしゅくじんとの診断です。とうとう父上、兄上と同じ病気にかかりました。いずれ跡を追うことになるでしょう」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
峠路とうげみちつじや入口にある大木の高い枝に、鉤になった小枝を下から投げあげて引懸ひっかかるかどうかを試みるうらないがあって、時々は無数にその小枝のかかっているを見かけるが
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
診察しんさつとき患者かんじゃ臆病おくびょうわけわからぬこと、代診だいしんそばにいること、かべかかってる画像がぞう、二十ねん以上いじょう相変あいかわらずにけている質問しつもん、これらは院長いんちょうをしてすくなからず退屈たいくつせしめて
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「御好意に甘えさせて貰います。御親切は永く忘れません、御縁があればまたお目にかかれるでしょう。どうぞ立派な小説をお描きになりますよう、陰からお祈りしています」
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
そうしてるうちに、一時脱れていた重い責任が、否応いやおうなしにふたたび私の肩にかかってきた。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
下手人の嫌疑は、日頃この少女の愛を争いつつあった二人の兵士の上にかかった。その一人はラルフ(Ralgh)といい、他の一人はアルフレッド(Alfred)というた。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
しかしさいわいと何事も無く翌日になったが、昨日きのうの事がなんだか気にかかるので、矢張やはり終日家居いえいして暮したが、その日も別段変事もおこらなかった、すると、その翌日丁度ちょうど三日目の朝
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
そこで、和尚様はお寺の書院の床の間にかかつてゐる、大きな掛軸を外して、それを京都へ売りに行きました。和尚様は其の掛軸を売つたお金で、お寺を改築しようと思つたらしい。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
持って来た手燭てしょくは便所の外に置いて、内へ入った、便所の内というのも、例の上方式の前に円窓まるまどがあって、それにすだれかかっている、蹲踞しゃがんでいながらむいので何を考えるでもなく
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
唇を心持ち筒型にしてにがさを見せた趣が、却ってる者の胸に滑稽感を誘うかのような、大きな鹿爪しかつめらしい武悪面に違いない私の父の肖像画のかかっている、あの薄暗い書斎に帰って
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
部屋には鳥か何かの絵がけてあり、古ぼけた縞の壁紙が張りめぐらされて、窓と窓の間には、木の葉でぐるりを捲いた形のくすんだ枠にはめた古風な小さい鏡が二つ三つかかっていて
その不完全な工事のめに、高い崖の上にかよっている線路がはずれたり、深い谿谷たにの間にかかっている鉄橋が落ちたりして、めに、多くの人々が、不慮ふりょの災難に、非命ひめいの死をげた事が
大叫喚 (新字新仮名) / 岩村透(著)
デモクラシーといえば直ちに政体あるいは国体にかかるものと早合点する人が多い。
平民道 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)