島田髷しまだまげ)” の例文
それが何と、髪振り乱して、鼠色の着付を引摺った幽霊でもあることか、水々しい島田髷しまだまげに、薄化粧までした、十七八の美しい娘。
そう云う声と共に、むっくり島田髷しまだまげを擡げたのは、新参のお花と云う、色の白い、髪の絿ちぢれた、おかめのような顔の、十六七の娘である。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
艶々つやつやしたる島田髷しまだまげも少しとけかかり、自由自在に行きつもどりつして泳ぐさまは、たつの都の乙姫おとひめが、光氏みつうじを慕って河に現じたり。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「お駒ちやん、もうこの頃は白い丈長たけなが懸けんのかい。」と、定吉は、俯向うつむいて咽せてゐるお駒の島田髷しまだまげゆらいでゐるのを見ながら言つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
奥殿おくどのの風雲うたた急なる時、ふすましとやかに外より開かれて、島田髷しまだまげの小間使慇懃いんぎんに手をつかへ「旦那様、海軍の官房から電話で御座いまする」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ところで、名剣神社めいけんじんじゃ前の、もとの、私どもの横町の錦絵の中で、今の、それ、婀娜一番、という島田髷しまだまげを覚えていらっしゃろう。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを着ている女のからだも一緒に揉み苦茶になって、結い立ての島田髷しまだまげも根から頽れてしまった。彼女は苦しい息の下で、泣きながら男に詫びた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは紙燭しそくのようなものを手にした島田髷しまだまげわかい女であった。傍にはの年増が小さくなって俯向うつむいていた。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこへ娼妓しょうぎたちでしょう、頭にかぶさる位の大きな島田髷しまだまげに、花簪はなかんざしの長い房もゆらゆらと、広い紅繻子べにじゅす緋鹿ひがえりをかけた派手な仕掛しかけ姿で、手拍子を打って
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「あたしの名前? 名前なんか聞いてどうするの……でも教えてあげましょうか。島田髷しまだまげの女——よ」
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その日戸外で紙芝居を見て家に帰ると、縁側に茣蓙ござを敷いて、母となかやともう一人島田髷しまだまげの若い女の人が、神棚や仏壇の真鍮製の器具を磨きずなでみがいていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
文化文政には正式なかみ丸髷まるまげ島田髷しまだまげとであった。かつ島田髷としてはほとんど文金高髷ぶんきんたかまげに限られた。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
島田髷しまだまげ平打ひらうちをさして、こてこて白粉や紅を塗って、瘟気いきれのする人込みのなかを歩いているお庄のみだらなような顔が、明るいところへ出ると、はじらわしげにあからんだ。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分から近所の人に、萩原様の所へ幽霊の来るのを己がたしかに見たが、幽霊が二人でボン/\をして通り、一人は島田髷しまだまげ新造しんぞで、一人は年増で牡丹の花の付いた灯籠をげていた
伯父の家というのは、愛宕下の薬師やくしの裏通りのごたごたした新道にある射的屋であった。島田髷しまだまげに結って白紛おしろいをべったり塗って店にすわっていたのが、宝沢の従妹に当たるお玉であった。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
近頃ちかごろはやりもののひとつになった黄縞格子きじまごうし薄物うすものに、菊菱きくびし模様もようのある緋呉羅ひごらおびめて、くびからむねへ、紅絹べにぎぬ守袋まもりぶくろひもをのぞかせたおせんは、あらがみいあげた島田髷しまだまげ清々すがすがしく
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その島田髷しまだまげや帯の乱れた後ろ姿が、嘲弄ちょうろうの言葉のように目を打つと、親佐は口びるをかみしめたが、足音だけはしとやかに階子段はしごだんを上がって、いつもに似ず書斎の戸の前に立ち止まって
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
島田髷しまだまげの時代には売物にならなかった御面相ごめんそうが、口紅くちべに爪紅つまべに、ハイヒールで堂々と寿司通仲間に侵入し、羽振はぶりを利かす時代になってしまった。昔ならほとんど見られなかった風景である。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
僕は中途で鏡台のそばを離れて、美くしい島田髷しまだまげをいただく女が男から強奪ごうだつする嘆賞の租税をまぬかれたつもりでいた。その時の僕はそれほどこの女の虚栄心にびる好意をたなかったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小町こまちいろらふ島田髷しまだまげ寫眞鏡しやしんきやう式部しきぶさいにほこる英文和譯ゑいぶんわやく、つんで机上きじようにうづたかけれども此男このおとこなんののぞりてからずか、仲人なかうどもヽさへづりきヽながしにしてれなりけりとは不審いぶかしからずや
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
女権拡張の説をもち、十七、八の花の盛りの令嬢が、島田髷しまだまげで、黄八丈きはちじょうの振袖で演壇にたって自由党の箱入り娘とよばれた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
平たきおもてに半白の疎髯そぜんヒネリつゝ傲然がうぜんとして乗り入るうしろより、だ十七八の盛装せる島田髷しまだまげの少女、肥満ふとつちようなる体をゆすぶりつゝゑみかたむけて従へり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
つい目の前を、ああ、島田髷しまだまげが流れる……緋鹿子ひがのこきれが解けて浮いて、トちらりと見たのは、一条ひとすじ真赤まっかな蛇。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黙ってお辞儀をして、これだけが看板の大きな島田髷しまだまげかしげるように白い顔をそっとあげました。
そこには洋館の入口の扉を半ば開けて島田髷しまだまげの女が半身はんしんあらわしていた。それは昨夜ゆうべ飲み物をはこんで来た女であった。謙作は昨夜ゆうべの家の前に帰っていることに気がいた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ひょいと島田髷しまだまげを前へ俯向うつむけると、脊柱せきちゅうの処の着物を一掴ひとつかみ、ぐっと下へ引っ張って着たような襟元に、さきを下にした三角形の、白いぼんのくぼが見える。純一はふとこう思った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
失敗しまった! ハッと振りかえってみると、そこには結いたての島田髷しまだまげに美しい振袖を着た美しい女が立っていて、僕の両腕の急所を、女とは思えぬ力でもってグッと締めつけているのだった。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
墮馬髻だばきつのものたるや、がつくり島田しまだふにおなじ。あんずるに、つぶしひ、藝子げいこなげひ、やつこはた文金ぶんきん島田髷しまだまげのがつくりとるは、非常ひじやうときのみ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
身扮みなりは黒羽二重、両刀を少しかんぬきに、背の高さまで男になりきっておりますが、ガラッ八が手を伸ばして頭巾を解くと、下から現れたのは、初々ういういしくも見事な島田髷しまだまげではありませんか。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
いまとほつてた。あの土間どまところこしけてな、草鞋わらぢ一飯したくをしたものよ。爐端ろばた挨拶あいさつをした、面長おもながばあさんをたか。……時分じぶんは、島田髷しまだまげなやませたぜ。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私がさう言ふと、お袖さんに似てゐるだらうと、からかつた人もありますが、影法師の方は島田髷しまだまげがひどくこはれて、兩手を前へダラリと下げてゐるんですもの、お袖さんとは似ちや居ません
あわただしくはないが散り散りの中へまじって……御休所と油障子に大きく書いたのを、背中へ背負しょって、めれんすの蹴出けだしで島田髷しまだまげの娘が、すたすたと、向うの吹上げの池を廻る処を
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かぜました、もうあがりませう。」「これはありがたい、おれいふよ。」「ほほほ。」ふつくり色白いろじろで、おびをきちんとした島田髷しまだまげ女中ぢよちうは、白地しろぢ浴衣ゆかた世話せわをしながらわらつたが
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
夜食やしよくぜんで「あゝあ、なんだいれは?」給仕きふじてくれた島田髷しまだまげ女中ねえさんが、「なまづですの。」なまづ魚軒さしみつめたい綿屑わたくづ頬張ほゝばつた。勿論もちろん宿錢やどせんやすい。いや、あつものはず、なまづいた。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
萌黄もえぎ淡紅ときいろしどけないよる調度てうど部屋々々へや/″\にあからさまで、下屋したやはしには、あかきれ翻々ひら/\する。寢轉ねころんだをとこはしらつた圓髷姿まるまげすがたぜんはこ島田髷しまだまげ縁側えんがはを——ちう釣下つりさがつたやうにとほる。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)