因縁いんねん)” の例文
僕になぜ澄江堂ちようかうだうなどと号するかと尋ねる人がある。なぜと言ふほどの因縁いんねんはない。唯いつか漫然と澄江堂と号してしまつたのである。
続澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「どんな事をやったんだ、一と通り話してくれ、——少し変なことがあるんだが、瓢箪供養の因縁いんねんが解らなきゃ、見当がつかねえ」
此相馬郡寺田村相馬総代八幡の地方一帯は多分犬養氏の蟠拠ばんきよしてゐたところで、将門が相馬小次郎と称したのは其の因縁いんねんに疑無い。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
旅芸人に因縁いんねんをつけたがる雲助や破落戸ごろつきの類が、こわかおをしてやって来た時にムクがいて、じっとその面を見ながら傍へ寄って行くと
教室でも運動場でも因縁いんねんをつける機会を探している。しかし正三君が相手にならないものだから、ごうをにやして、ある時教室の黒板へ
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ちょっとした石瓦いしかわらのような仏様の破片かけでもあると必ず右へしてまわって行く。それは決して悪い事ではない。これには因縁いんねんがあります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
紙ひとの違いだが、因縁いんねんのつけようじゃ浮気をしたも同然なんだからね。そこを一本、おどしたら、あの女、物になるかも知れんです。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そんな因縁いんねんから、この家の主人は、あとあとまでも伯爵家の恩顧を蒙りもし、また伯爵家のために、生涯骨身を惜しまずに誠意を尽した。
失ふ。在家学道のものなほ財宝にまとはり、居処きょしょをむさぼり、眷属けんぞくに交はれば、たとひその志ありと云へども、障道の因縁いんねん多し。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
えゝ、娘みてえに若いので、どうもお恥しいンですが、自分は、何事も因縁いんねんで、これも、一種の前世からのめぐりあひだと思つてゐます。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
かくこんなにまでふか因縁いんねんのあった女性じょせいでございますから、こちらの世界せかいても矢張やはわたくしのことをわすれないはずでございます。
「なんとしても、ふたりは死ぬまで、敵となりかたきとなり、仲よくしてはくれないというのか。アア……どうもこまった因縁いんねんだの」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍でいえば譜代ふだいの家来で、殊に児飼こがいからの恩もあるので、彼はどうしても主人を見捨てることはできない因縁いんねんになっていた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこにはそれ相当な因縁いんねん、すなわち先刻申上げた大村君の鄭重ていちょうなる御依頼とか、私の安受合とか、受合ったあとの義務心とか
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
殊にそれが、のちになって、世にも驚くべき怪事件を生むに至った事実を思えば、因縁いんねんの恐しさに、身震いを禁じ得ないのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もっと奥深く進んだらや残らず立樹たちきの根の方からちて山蛭になっていよう、助かるまい、ここで取殺される因縁いんねんらしい
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、こういうめぐりあわせで一生を終るのを、仏教の方では前世の因縁いんねんをもって説明し、儒家の方では定まった天命であると教えています。
來慣きなれぬ此里に偶〻たま/\來て此話を聞かれしも他生たしやう因縁いんねんと覺ゆれば、歸途かへるさには必らず立寄りて一片の𢌞向ゑかうをせられよ。いかに哀れなる話に候はずや
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
いや実はネ、それについて一つ、取っておきの因縁いんねんばなしがあるんですがネ、今日は思い切って、そいつを御話してしまうことに致しましょうか。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
たちがたき因縁いんねんにつながる老人は、それがためまたあきらめてもあきらめられぬ羞恥しゅうち苦痛くつうをおいつつあったのである。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
催促の頻繁な方ほど、自分の画を強要きょうようされる方であり、自分に因縁いんねん深い方であると思いめて、依頼の順序などはあまり頭に這入はいらぬらしいのです。
十七字という型に離れられない因縁いんねんがあってそれで何処どこまでも十七字の俳句にるのであろうか、恐らくそうであろう。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
舊藩きうはん因縁いんねん執着しふちやくする元氣げんき豪傑連がうけつれんや、ちひさな愛國者達あいこくしやたちが、墮落だらくしたコスモポリタンを批難ひなんするのであつた。
百合子はん会うたのは顕ちゃんに会ったもホンついじゃから、因縁いんねんじゃのう、しきりに伯母さんも云っていられます。
浜町河岸の淋しいあたり——一方は川浪かわなみ、三方は広やかな庭——丸木屋とは、長崎以来の、これも、深い因縁いんねんの仲だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そこにはるくさい不自由な式たり、何とも知れずいやな様々な因縁いんねん——邪魔をするものが何もない。思ひのまゝに力一ぱいに仕事をすることが出来る!
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
「本田さんとは、よくよくの因縁いんねんですわね。同じ学校を追われた先生と生徒とが、また同じ家に住むなんて……」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
しき因縁いんねんまとわれた二人の師弟は夕靄ゆうもやの底に大ビルディングが数知れず屹立きつりつする東洋一の工業都市を見下しながら、永久にここにねむっているのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人間にんげんというものは、意外いがいなところに、不思議ふしぎ因縁いんねんがつながっているものだ。わたしは、また来年らいねんか、来々年さらいねん、もう一このみなとしおんではいってこよう。
塩を載せた船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
何かの因縁いんねんだろうと思ってコンなお話をするんですからね……御腹蔵の無いところを打ち明けて下すった方が、かえって功徳くどくになるんですよ……ハハハハハ
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それはほとんど、いかにいとわしくとも最後までその関係を絶つことの許されない人間同士のような宿命的な因縁いんねんに近いものと、彼自身には感じられた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
痰と生薑とに何かの因縁いんねんがあるやうにも思へたがそれがをさない僕には分からない。それから大分だいぶつて僕は東京にのぼるやうになり、好んで浪花節なにはぶしを聞いた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
自火を出して、難儀をしている人民に因縁いんねんをつけて、よけいな苦しみを与えるというのは、不届きやないですか
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その良人が、若いおりには、或大名のお抱えであったりした因縁いんねんから、桜田の不意の出来事当時の模様を、この伯母さんは、お島に話して聞かせたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私の生涯にも深い因縁いんねんを結ぶものとなり、この本を通して多くの友達を得、かつまた今日「民藝運動」と呼ばれるものの理論的基礎となるに至ったのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
個人こじん固有名こゆうめい神聖しんせいなもので、それ/″\ふか因縁いんねんゆうする。みだりにこれをいぢくりまはすべきものでない。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
(どうしてあの男はそれほどの因縁いんねんもないのに執念しゅうねく付きまつわるのだろうと葉子は他人事ひとごとのように思った)
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人間の幸不幸は何処どこるか分らない、所謂いわゆる因縁いんねんでしょう。この一事でも王政維新は私の身のめに難有ありがたい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ゆるし置者なりと御詫宣たくせん有けるとかやされば此畔倉重四郎も則ち是等の道理だうりに有んか前世の因縁いんねんも有しことなるかしかしながら是もたゞしばしうち斯る大惡不道も天のゆるしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何事も因縁いんねんづくと思ひあきらめて呉れ、許して呉れ——『母上様へ、志保より』と書いてあつた、とのこと。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
彼等がこの家へ引越して来る時に、この家へ案内し、引越しの手伝ひをしたあの女である。その因縁いんねんで、その後、彼の家庭へ時々出入りするやうになつた女である。
何の因縁いんねんにてか、再びかかる処にて御目おんめにはかかりたるぞ、これも良人おっとや小供の引き合せにて私の罪をいさせ、あなた様に先年の御礼おんれいを申し上げよとの事ならん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ある因縁いんねんがあつて、この世界せかいてゐるのですが、いまかへらねばならぬときになりました。この八月はちがつ十五夜じゆうごやむかへのひとたちがれば、おわかれしてわたし天上てんじようかへります。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
『あの時、俺と久美子が親しげに話してるのを見て、猿沢は俺に因縁いんねんをつける気になったんだな』
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
わたしの故に数々しば/\教会に御迷惑ばかり掛けて、実に耻入はぢいる次第であります、私を除名すると云ふ動機——其の因縁いんねんは知りませぬが、又たそれを根掘りするにも及びませぬが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ふみおもてを見ればそんなけびらいは露程もなく、何もかも因縁いんねんずくと断念あきらめた思切りのよい文言もんごん
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
なん用事ようじがあつて國清寺こくせいじくかとふと、それには因縁いんねんがある。りよ長安ちやうあん主簿しゆぼ任命にんめいけて、これから任地にんち旅立たびだたうとしたとき生憎あいにくこらへられぬほど頭痛づつうおこつた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
この新嘗にいなめの神を送り申したこと、それが一つ一つの家門ごとに、それぞれ因縁いんねんの深い神なりと信じられたこと、ことに厳粛なる斎戒さいかいと、それに引き続いた自由なる歓楽とが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「だまれッ! 侍の懐中物に因縁いんねんをつけるとは、貴様、よほど命のいらぬ奴とみえるな」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さては先日せんじつ反古ほご新聞しんぶんしるされてあつた櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその帆走船ほまへせんとの行衞ゆくゑなどがあだか今夜こんやこの物凄ものすご景色けしき何等なにらかの因縁いんねんいうするかのごとく、ありありとわたくし腦裡のうりうかんでた。