到底とうてい)” の例文
一時二人の結婚は到底とうてい不可能だと絶望していた時分、二人はまだ外国へ旅立たなかった自分の書斎を、せめてもの会合場にしていた。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第二にその神学の解釈にいたっては私の最疑義を有する所であります。ことにも摂理の解釈に至っては到底とうてい博士は信者とは云われませぬ。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
分りかねるならば、えらんで行く途なし。さらばやはりみんな買って行こうとすると、これだけかさばったものを到底とうてい持ち出しかねる。
そうおもえばますます居堪いたまらず、ってすみからすみへとあるいてる。『そうしてからどうする、ああ到底とうてい居堪いたたまらぬ、こんなふうで一しょう!』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その内さいの母が病気になりました。医者に見せると到底とうていなおらないという診断でした。私は力の及ぶかぎり懇切に看護をしてやりました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こと今日こんにちは鉄道も有り電信も有る世界にて警察の力をくゞおおせるとは到底とうてい出来ざる所にして、おそかれ早かれ露見して罰せらるゝは一つなり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
共和政治そのものは、よほど文明の程度の高いものでなければ到底とうてい行わるるものではない。名は共和政治といっても畢竟ひっきょうは小数者の政治だ。
これの件々は逐一ちくいちかぞうるにいとまあらず。到底とうてい上下両等の士族はおのおのその等類の内に些少さしょう分別ぶんべつありといえども、動かすべからざるものに非ず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
崋山かざんに至りては女郎雲助の類をさへ描きてしかも筆端に一点の俗気を存せず。人品じんぴんの高かりしためにやあらむ。到底とうてい文晁輩の及ぶ所に非ず。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
大人には到底とうてい考えられぬことだが、あれは何と言っているのだろうかという疑問は、今でも鳥や虫に対して子供が持っている。
一つの姿すがたから姿すがたうつかわることのはやさは、到底とうていつくけの肉体にくたいつつまれた、地上ちじょう人間にんげん想像そうぞうかぎりではございませぬ。
すなすべりのたに一名いちめいたにばるゝほどで、一度いちどこのあななか陷落かんらくしたるものは、到底とうていがれこと出來できないのである。
棒押ばうをしに於ては村内の人民あへて之につものなしと云ふ、一夕小西君と棒押ばうをしを試みしも到底とうてい対手あひてに非ざるなり、此他の諸君も皆健脚けんきやくの人のみ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
前髪の垂れた若侍、——そう云うのを皆甚内とすれば、あの男の正体しょうたいを見分ける事さえ、到底とうてい人力には及ばない筈です。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
修行の年月は、彼よりも浅いが、死力を尽して立合え。怖らく、わざに於ては、そちは到底とうてい、善鬼の敵ではあるまい。及ばぬこと遠いとわしは視る。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで私達は、——父と私とは、——到底とうてい一致すべくもないちぐはぐな心を抱きながら、今しばらくは同じ家のうちに住まなければならなかった。
「といってだよ、たとえば、水棲人といえるものになって沼の底へはいったにしろ、もう三上は到底とうてい生きちゃいまい」
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
右のごとき始末しまつにして、外国政府が日本の内乱にじょう兵力へいりょくを用いておおい干渉かんしょうを試みんとするの意志いしいだきたるなど到底とうていおもいも寄らざるところなれども
それは多少の年齢によるゆがみと粗雑さはあるにしても、他の人達では到底とうてい及び得ない雰囲気ふんいきかもし出しているからである(ビクター、パハマン選集)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
すこぶる多端たたんなりし、しかも平地に於ける準備と異なり、音信不通いんしんふつうの場所なれば、もし必要品の一だも欠くることあらんか、到底とうていこれをもとむるに道なし
妊娠のわずらい、産の苦痛くるしみ、こういう事は到底とうてい男の方に解る物ではなかろうかと存じます。女は恋をするにも命掛いのちがけです。しかし男は必ずしもそうと限りません。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そんなに小さなものは到底とうてい見えなかったであろうと思われるが、しかし彼の眼には、花の切り口から、一、二滴の液体が蜥蜴の頭に落ちたと見えたのである。
いえいえ、兄は到底とうていあなた様の敵ではござりませぬ、同じ逸見へんみの道場で腕を磨いたとは申せ、竜之助殿と我等とは段違いと、つねづね兄も申しておりまする。
原文の方はどうか分らぬが、写しの方は誤字誤文がはなはだしく、仮名がな等にも覚束おぼつかない所が多々あって、到底とうてい正式の教養ある者の筆に成ったとは信ぜられない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたしは頼みなき身をこのたより少なき無情の夫の家にながらえいる、最早もはやわたしやまい到底とうてい治ることもあるまい
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
さて編輯の体裁に就きて議すべきこと少からず、乍失敬しっけいながらアア無秩序にては到底とうてい田舎雑誌たるを免かれず候。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのさんの話しによると、この一週間ばかり普賢にいつも霧がかかり展望が得られないので、今日の時雨空しぐれぞらから推すと、明日も到底とうてい霧晴れは望まれまいというのだ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
なぜならわずかよりできない貴族品だけでは美の国は到底とうてい実現されないからです。贅沢ぜいたくな高価な品物のみが美しいなら、大衆と美とは全く交渉がなくなるからです。
美の国と民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
到底とうてい自分のような光沢こうたくにおいもない力だけの人間が、崖の上の連中に入ったら不調和な惨敗ざんぱいときまっている。わけて真佐子のような天女型の女性とは等匹とうひつできまい。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
後世に残された語録の字面じづらなどからは到底とうてい想像も出来ぬ・極めて説得的な弁舌を孔子はっていた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もし私がみずからそれを観たのでなかったらば、その迷信が非常に拡がっていることを到底とうてい信じ得なかったであろう。今度の航海で、迷信はまったく流行してしまった。
こんな海嘯つなみなどは、到底とうてい人間にんげんちからふせめることは出來できませんが、しかし、もし海岸かいがんうておびのように森林しんりんがあれば、非常ひじよう速力そくりよくでおしせてくる潮水しほみづいきほひ
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
おかしな奴だと思って不図ふと見ると、交番所こうばんしょの前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体いったい今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出水しゅっすい到底とうてい渡れないから
今戸狐 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
お袋の申通りうちつようになれば到底とうていさいを貰わずに置けますまいが、しかし気心も解らぬ者を
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
次に鐘を叩くとカアーンと音がする、その音は影も形もなくかけるように遠くに響いて行く、人間のこしらえた説明では到底とうていその理由が満足に判らない、これも確かに怪物ばけものである。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
社会の状態かくの如し、外交問題激起せざるも、到底とうてい革命はまぬかるべからざるなり。しこうしてさらに甚しきものあり。精神的革命の冥黙めいもくの中に成就せられつつあることこれなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
真紀 あなたのお裁縫は、私が見たって、到底とうてい卒業の見込みはありゃしないよ。
みごとな女 (新字新仮名) / 森本薫(著)
漸々ようよう二人が近寄ってつい通過とおりすぎる途端、私は思わずその煙草たばこを一服強く吸った拍子に、その火でその人の横顔を一寸ちょいと見ると驚いた、その蒼褪あおざめた顔といったら、到底とうてい人間の顔とは思われない
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
そのうちに鶏卵たまごからから出るように、火の玉の一つ一つから驚くべき物が爆発して、空中に充満した。それは血のない醜悪な幼虫のたぐいで、わたしには到底とうていなんとも説明のしようがない。
そんなことで、到底とうてい相手にされなかつた。それに子ともだましの寫眞器しやしんきの二三円でも、とう時では、なりの贅澤品ぜいたくひんちがひなかつたし、しかるべき寫眞器しやしんきなど、無論むろんつてもらへるはずもなかつた。
鍛冶富は、人のうわさによれば、だいぶお艶に食指が動いてそのために、金もつぎこめば、また到底とうていそのほうの望みがないとわかってからは、かなり激しく貸し金の催促もしたようだけれど。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
がその時、氏は到底とうていその誘惑には勝つことができなかったと述懐した。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
わがはいは英雄を崇拝する、わが輩は英雄たらんとしつつある。わが輩は諸君が英雄たることを望む、小説や音楽や芝居やさらにもっとも下劣なる活動写真を見るようなやつは到底とうてい英雄にはなれない。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ところで犯人も到底とうていしれずにはいまいと考え、ほとぼりのさめた頃京都市を脱出ぬけだして、大津おおつまで来た時何か変な事があったが、それをこらえて土山宿つちやまじゅくまでようや落延おちのび、同所の大野家おおのやと云う旅宿屋やどやへ泊ると
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
到底とうてい普通の女人では辿たどることの出来ない道であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
到底とうていこの少年の咽喉のどから出たものではない。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といわれたけれどもそれは到底とうてい駄目だめです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
結局病死とするのが一番平凡で簡単な解決だ。しかし自分は到底とうていそれで満足できないのだ。この上は屍体解剖の結果を待つより外はあるまい
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
教師といえば吾輩の主人も近頃に至っては到底とうてい水彩画においてのぞみのない事を悟ったものと見えて十二月一日の日記にこんな事をかきつけた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
双方共にいやしくも封建の残夢を却掃きゃくそうして精神を高尚の地位に保つことあたわざる者より以下は、到底とうていこの貸借たいしゃくの念を絶つこと能わず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)