“乎(か)” の例文
此両国の訴訟未だ決定に至らざるを以て、竟(つい)に争端を起すに至る乎(か)、平和に事を鎮する乎、両国の人民と雖(いえど)も之を卜(ぼく)とする事能はず。
黒田清隆の方針 (新字新仮名) / 服部之総(著)
私が如何にして斯る重罪を犯したのである乎(か)、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。
死生 (新字新仮名) / 幸徳秋水(著)
椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌(がいか)を挙げて豪奢(ごうしゃ)に傲(おご)る乎(か)、でなければ俗世間に拗(す)ねて愚弄(ぐろう)する乎、二つの路のドッチかより外なかった。
心ここにあらざれば如何(いか)なる美味も喉(のんど)を下(くだ)らず、今や捕吏(ほり)の来らんか、今や爆発の響(ひびき)聞えん乎(か)と、三十分がほどを千日(せんにち)とも待ち詫(わ)びつ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
では、その勝頼をして、織田家の麾下(きか)にひざまずかせ、せめて信玄亡きあとの安全をはかろうとせん乎(か)——これはできないことだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして後に続く言葉はとても変梃なもので、「君子固より窮す」とか「者ならん乎(か)」の類だから衆(みな)の笑いを引起し店中俄(にわか)に景気づいた。
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
目科は宛(あたか)も足を渡世(とせい)の資本(もとで)にせる人なる乎(か)と怪しまるゝほど達者に走り余は辛(かろ)うじて其後に続くのみにて喘(あえ)ぎ/\ロデオン街(まち)に達せし頃
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「凡(およ)そ外より人に入るものの人を汚し能はざる事を知らざる乎(か)。そは心に入らず、腹に入りて厠(かはや)に遺(おと)す。すなはち食(くら)ふ所のもの潔(きよま)れり。」
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼(か)の事ありてこのかた、神に対する愛慕一しほ強く相成申候(あひなりまうしさふらふ)。如何(いか)にすればこの自覚を他に伝へ得べき乎(か)とは、この頃の唯一問題にて候也。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
これ本校が独語に取らず仏語に取らず、故(ことさ)らにこれを英語に取り、以てこれを子弟に授くるもの乎(か)(謹聴)。その用意、又密なりと謂(いい)つべし。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
真理(しんり)は我と我の家族(かぞく)より大なり、此(この)決心(けつしん)を実行(じつこう)あらん乎(か)、教会(けうくわい)は直(たゞち)に復興(ふくこう)し始(はじ)むべし、是(こ)れなからん乎、復興は世(よ)の終(おはり)まで待(ま)つも来(きた)らざるべし。
問答二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
彼等が人々を折檻(せつかん)する時に、人々は無上の快楽を感ずるなり、我眼(わがめ)曇れるか、彼等の眼盲(し)ひたる乎(か)、之を断ずる者は誰ぞ。
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
否な果して其責任を辱かしめざる行為と言ひ得べきや否や。此の一事の中には、権力の濫行乎(か)、職務の懈怠乎、二者何れかを含まざるべからず。
鉱毒飛沫 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
嗚呼(あゝ)近世の小説は歓天喜地愉快を写さずして、総て悲哀を以て終らざる可からざる乎(か)と。小説の真味豈(あ)に啻(たゞ)に消極的の運命を写すのみならんや。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
尚又、支棒(つっかいぼう)が落ちたる事実は、本人が夢中遊行中の無意識的理智の発動に依って行いたる犯罪の隠蔽手段に非ざるなき乎(か)。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
では私、駄馬ののっそり勇気、かれのまことの人となりを語らむ乎(か)。以下、私の述べることは、かれの骨格について也。
漸くに心付きし乎(か)、黒衣は立止まり、聴水の方(かた)を見返りしが。ただ眼を見張りたるのみにて、いまだ一言も発し得ぬに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
為に悲境を見る事あり、大(おおい)に失望して、更に粗喰と不自由とを以て勤めて其損害の幾分乎(か)を償(つぐの)わんことを勤めたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
(六九)語(ご)に曰(いは)く『其美(そのび)を(七〇)將順(しやうじゆん)し、其惡(そのあく)を(七一)匡救(きやうきう)す、故(ゆゑ)に上下(しやうか)能(よ)く相親(あひした)しむ』と。豈(あ)に管仲(くわんちう)の謂(いひ)乎(か)。
吾、醜かりし時、人(ひと)吾(われ)を疎(うと)み、忌(い)み、嫌ひて避け、見る毎(ごと)に吾を殺さんとしぬ。吾、美しと云はるゝに到れば、人(ひと)争(あらそ)うて吾を招く。吾れの変れる乎(か)。人の眼(まなこ)なき乎。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
必ずや諸(これ)を身に本(もと)づけ、諸を政教に見(あら)わし、以て物(もの)を成す可き者は、其(そ)れ惟(ただ)聖人の学乎(か)、聖道を去って而(しこう)して循(したが)わず、而して惟(ただ)蠹(と)にこれ帰す。甚しい哉(かな)惑えるや、と。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存じであろう乎(か)? 御存じない。それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか? ない。嗚呼(ああ)。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
數(かず)を知(し)らざる無學(むがく)の人(ひと)には、一時(いちじ)目(め)を驚(おどろ)かすの不便(ふべん)あらん乎(か)、文盲人(もんまうじん)の不便(ふべん)は氣(き)の毒(どく)ながら顧(かへりみ)るに暇(いとま)あらず。其便不便(そのべんふべん)は暫(しばら)く擱(さしを)き、兎(と)に角(かく)に日輪(にちりん)は本(もと)なり、月(つき)は附(つき)ものなり。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
今や友人春水の子俊秀斯(かく)の如きを見て、彼は曰へり、千秋子あり之を教へて実才を為さしめず乃(すなは)ち詞人たらしめんと欲する乎(か)、宜しく先づ史を読んで古今の事を知らしむべし
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
彼れは常にある問題(多分琉球を如何にして経営すべき乎(か)という問題)を念頭に置いてあらゆる本を読み、あらゆる事物に対したのであるから、あらゆる知識は能(よ)く消化されて
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
米国に行きてことに感ずることは、この国には偉大なる凡人の多きことは、ほとんど日本において平凡なる豪傑の多きがごとくである。凡人をして偉大ならしむるのはそれ思想乎(か)。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
逍遙子は類想の固有派、個想の折衷派、小天地想の人間派の別を立て、さて獅子吼(ししく)をなしていはく。此別を非なりとする人あらむ乎(か)。其人は事物の平等を見て、差別を見ざる人なり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
われ二十余年(当時の感想)の生涯、この友情によって大過なきを得たりとすれば、今や何を以て生きんとする乎(か)。彼亡き今日よりの春秋朝夕、この寂寞を抱いてわれ何処にか往かん。
坪田譲治の味 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
あゝ大人物と丸木小屋乎(か)! 偉人と貧困の親善なる何ぞそれ斯(か)くの如きや。這般(しやはん)の実例をつまびらかに叙せんとせば、我は実にこの『閑天地』を百千回するも猶且(なほか)つ足らざる者あらむ。(未完)
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
これはこれ悪業(あく)乎(か)栄光(さかえ)乎(か)、 かぎすます北斎の雪。
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そとへ連れ出して、何ぢや乎(か)ぢや責めてた。
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
これほどの才人であったが、笑名(わらいな)は商売に忙がしかった乎(か)、但しは註文が難かしかった乎して、縁が遠くてイツまでも独身で暮していた。
事務の人は僕の将来を気づかひ「君にして除名処分を受けん乎(か)、今後の就職口を如何(いかん)せん」といひしが、畢(つひ)に除名処分を受くることとなれり。
その頃の赤門生活 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
されどかく端的に見たりと感じたりしわが神の、尚ほ一重の薄紗(はくしや)を隔てたる如き感はあらざりし乎(か)、水に映りし花の、朧ろのこゝろを著けざりし乎。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
読者よ是だけの証言を聞き余は驚かざる可(べ)き乎(か)、余は実に仰天したり、余は此時猶お年も若く経験とても積ざれば
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
厳冬永く留(とどま)り、春気至らず、躯殻(くかく)生くるも精魂は死するが如きは、生くると雖(いえど)も人の生くべき道は失われたるなり。文章無用の用は其(そ)れ斯(ここ)に在らん乎(か)。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
独立(どくりつ)を唱(とな)ふるは善(よ)し、然(しか)れども如何(いか)にして之を実行(じつかう)すべき乎(か)、言ふを休(や)めよ「汝我と共に独立(どくりつ)する時は我も独立(どくりつ)せん」と 独立とは「独り立つ」といふことなり
時事雑評二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
その外国に依頼して而(しか)も変転自から操る所なき、かくの如し。顧(おも)うに、これ学問を独立せしむるの妙術なる乎(か)、全く断じてその然らざるを知るなり(謹聴、喝采)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
今に至り初めて大に悟る所あり。自ら顧(かえりみ)るときは不徳※才(ひさい)事(こと)志(こころざし)と違(たが)うこと多しと雖、而(しか)も寸善を積みて止まざるときは、何(いず)れの日乎(か)必成(ひっせい)の期あるべきを信ずる事深し。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
アア妾は今覚(さ)めたるか、覚めてまた新しき夢に入るか、妾はこの世を棄てん乎(か)、この世妾を棄つる乎。進まん乎、妾に資と才とあらず。退(しりぞ)かん乎、襲(おそ)うて寒(かん)と饑(き)とは来らん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
若(も)し国家を以て個人の特性、天職、権利を殺さんとせば人は必らず其不可を尤(とが)めん。然れども人をして己を捨てゝ自然の流行に一任せしめんとするに至つては之を不可とせざる乎(か)。
文(ぶん)曰(いは)く、『主(しゆ)少(わか)うして國(くに)疑(うたが)ひ、大臣(だいじん)未(いま)だ附(つ)かず、百姓(せい)信(しん)ぜず、是(こ)の時(とき)に方(あた)つて之(これ)を子(し)に屬(ぞく)せん乎(か)、之(これ)を我(われ)に屬(ぞく)せん乎(か)』と。起(き)、默然(もくぜん)たること良(やや)久(ひさ)しうして曰(いは)く、『之(これ)を子(し)に屬(ぞく)せん』
この種の夢遊病者の幻覚を破るに有効なるものありしより起りし習慣に非ざるなき乎(か)。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「これは/\、御揃(おそろ)ひで御散歩で在(い)らつしやいまするか、オヽ、『黒』さんも御一緒ですか」と、芝生に横臥(わうぐわ)せる黒犬にまで丁重に敬礼す、是れなん其仁(そのじん)、獣類にまで及べるもの乎(か)
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
速(すみやか)に固陋積弊(ころうせきへい)の大害を攘除(じやうぢよ)し、天地無窮の大意に基き、偏見を看破し、宇宙第一の国とならむことを欲せずんばあるべからず。此の如き理を推窮せば、遂に大活眼(だいくわつがん)の域に至らしむる者乎(か)。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
又其章の、門人が子思子に問われた言葉に、「昔は子(し)の先君子出母を喪せる乎(か)」
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
不図(ふと)、何か知ら人の近寄る様なけはひがした。菜園満地の露のひそめき乎(か)? 否々、露に声のある筈がない。と思つて眼を転じた時、自分はひやりと許り心を愕(おどろ)かした。そして、呼吸(いき)をひそめた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
アヽ世に人物に対する衝突なきの出来事ある乎(か)。若し之れありとせば、ソは最早(もはや)出来事(エルアイグニス)とは称すべからざるなり。是(これ)を以つて之を視(み)れば、罪過も衝突(コンフリクト)も行為結果の動力を意味するに至つては同一なり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
「蜀を伐(う)たん乎(か)。それとも、止めたほうがよいか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心ある西洋人は何と見るだろう乎(か)。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)