“純乎”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
じゅんこ80.0%
じゆんこ20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
十三日には目名(めな)という村の獅子舞が来て家々をまわった。熊野のお札と御幣とを中に立てて山伏が演ずる純乎(じゅんこ)たる祈祷の式であった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
故に忠君愛国の文字は哲学流に解すれば純乎(じゅんこ)たる人類の私情(しじょう)なれども、今日までの世界の事情においてはこれを称して美徳といわざるを得ず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その自己は大雅のやうに純乎(じゆんこ)として純なる芸術家ではない。寧ろ人に師たるの芸十六に及んだと伝へられる柳里恭に近いディレツタントである。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
新らしい随筆とは何(なん)であるか? 掛け値なしに筆に随(したが)つたものである。純乎(じゆんこ)として純なる出たらめである。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)