うった)” の例文
「さびしいか?」といって、わずかにつきは、こえをかけてやりましたが、あざらしは、かなしいむねのうちを、そらあおいでうったえたのでした。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕が怒ろうと思ってふり向くと、その娘さんは玄関にひざを突いたなりあたかも自分の孤独をうったえるように、その黒い眸を僕に向けた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは統計の明らかに示す所である。文字に親しむようになってから、女をいても一向楽しゅうなくなったといううったえもあった。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こうしたことはみんな、太鼓に合せて踊っている最中さいちゅうに行われるのです。うったえられたほうの者も、同じようにずるがしこくそれに答えます。
しかし、そのうったえに答えてくれるものもなければ、クロの幻影げんえいさえも見えてこない。かれはまたぼんやりと加茂の流れをみつめていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは、ひっしと花前の両手を片手かたてずつとらえてはなさない。ふたりはとうとう花前を主人のまえに引きすえてうったえる。兼吉かねきち
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
シューラはいてみたり、またわらしたりした。うちかえっても、また泣いたりわらったりした。ママに様子ようすはなして、うったえた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
むしろわれわれの精神をよく理解した修了生たちに事情をうったえて、各地でこれまで以上に友愛運動を展開してもらいたいと思っているんだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
その後、帰安の一県は大いに治まって、獄を断じ、うったえをさばくこと、あたかもしんのごとくであるといって、県民はしきりに知県の功績を賞讃した。
リスは部屋へやのすみっこにすわりこんで、かなしそうに、しょげきって、ときどきうったえるような、するどかなしみの声をはりあげているではありませんか。
世のいろいろの宗教はいろいろの道をたどりてこれを世人せじんいているが、それを私はあえて理窟りくつを言わずにただ感情にうったえて、これを草木でやしないたい
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「もう、てだてがありませんよ。ただひとつのこっているてだては、村役人むらやくにんのところへうったえることだが、かしらもまさかあそこへはきたくないでしょう。」
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
と、不意に、(意見せられて、さし俯向うつむいて——)という、おけさの一節が、頭にうかびました。(泣いていながらぬしのこと)なにかうったえるものが欲しかった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
日本ではこれに感情をただちに入れるから、ことがもつれてくる。ゆえに前に述べた約束の時期に、品物ができなければ、感情にうったえて申し訳をすることを計る。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
奥様はお姫様ひいさまたちが女親に似てみんな才媛さいえんだのに、若様たちはどういうものか不成績でこまるとうったえた後
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼女かのじょはたちまち手形の話をやり出して、溜息ためいきをついたり、自分の貧乏びんぼううったえたり、『おねだり』を始めたりするのだったが、礼儀れいぎも作法もさっぱりお構いなしで
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ああ云う場面が母を知らない少年の胸にうったえる力は、その境遇きょうぐうの人でなければおそらく想像もおよぶまい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、雪子は姿もおぼろとなり、悲痛な声をはなって泣いてうったえるのだった。ああなぜ雪子学士は、四次元世界などに踏みこんで漂流するような身の上になったのか。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女はすでにおのって、三度彼に手向おうとしていた。が、彼が剣を折ったのを見ると、すぐに斧を投げ捨てて、彼のあわれみうったうべく、床の上にひれ伏してしまった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
疼痛とうつうとは疼痛とうつうきた思想しそうである、この思想しそうへんぜしむるがためには意旨いしちからふるい、しかしてこれをててもって、うったうることをめよ、しからば疼痛とうつう消滅しょうめつすべし。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
墓地向うのうちの久さんの子女こどもが久さんを馬鹿にするのを見かねて、あんまりでございますねとうったえた。唖の子の巳代吉みよきちとはことに懇意になって、手真似てまね始終しじゅう話して居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
僧たちのうったえを静かに瞑目めいもくして聴いていた住持三要は、いちいちうなずいていましたが最後に
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は、私の胸のあたりから何かをうったえでもしたいような眼つきで私をじっと見上げている、その小さな茂みの上に、最初二つ三つばかりの白い小さな花を認めたきりだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こんな下手クソな見えすいた口実をつけるぐらいなら始めからアッサリ武力にうったえて然るべきであろうに、それが出来ずにこういう泥くさい不手際でかすめとったというのは
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もし千本集まらなかったらすぐ警察へうったえるぞ。貴様らはみんな死刑しけいになるぞ。その太い首をスポンと切られるぞ。首が太いからスポンとはいかない、シュッポォンと切られるぞ。
カイロ団長 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
とおきになりました。そこでへびは、おなかがへって、どうにもはやあるけなかったこと、途中とちゅうかえるがあとからいついてて、おしりでもしゃぶれといったことをのこらずうったえました。
物のいわれ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
されば各国公使等の挙動きょどううかがえば、国際の礼儀れいぎ法式ほうしきのごときもとより眼中がんちゅうかず、ややもすれば脅嚇手段きょうかくしゅだんを用い些細ささいのことにも声をだいにして兵力をうったえて目的もくてきを達すべしと公言するなど
ところが、一代は退院後二月ばかりたつとこんどは下腹の激痛げきつううったえ出した。寺田は夜通しぜてやったが、痛みは消えず、しまいには油汗あぶらあせをタラタラ流して、痛い痛いと転げ廻った。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
わいわいなきながらじじいは学校へうったえた。たい焼きを食ったものはわらって喝采かっさいした、食わないものは阪井の乱暴を非難した。だがそれはどういう風に始末をつけたかは何人なんぴとも知らなかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
すなわち我輩わがはい所望しょもうなれども、今そのしからずしてあたかも国家の功臣をもっ傲然ごうぜんみずからるがごとき、必ずしも窮屈きゅうくつなる三河武士みかわぶしの筆法を以て弾劾だんがいするをたず、世界立国りっこく常情じょうじょううったえてはずるなきを得ず。
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
成経 わしは同じ弓矢をとる武人ぶじんとしてあなたの義気ぎきうったえたい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「このまま引ったてて、当家の御重役にうったえでるまでじゃ」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
親方おやかた」と、おせんはうったえるようにこえをかけた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「おばあさん、どうしたら、わたしはこのなかで、ただ一人ひとりにいさんにめぐりあうことができるでしょうか……。」と、うったえたのです。
生きた人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ながらくらえなかった武田伊那丸たけだいなまる、またふたりの者まで、一もう召捕めしとり得たのは、いつにかれのうったえと、そちの手柄てがらじゃ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おかあさんの心は、絶望ぜつぼうのあまり、いまにもはりさけそうです。両手りょうてをふりしぼりながら、うったえるように、わが子の名まえを大きな声で呼びあるきました。
私は何事についても、そういう考えから出発したいと思っている。暴力にうったえる社会革命に私が絶対に賛成できないのも、根本はそういうところにあるんだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
おれも「おれも逃げも隠れもしないぞ。堀田と同じ所に待ってるから警察へうったえたければ、勝手に訴えろ」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あるいはすでに一定の職業にある者よりしてなお他に活路かつろを求めたき希望をうったえられぬ人はなかろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
何か異状か、怪しい人物を見かけたことでもうったえられるつもりでいた執行官はひょうしぬけがした。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それから……それからべつに何ごとがあろう? ママは生徒監せいとかんのところへ出かけて行った。生徒監せいとかん相手あいてにひとさわぎ持ちあげた上、あとでうったえてやるつもりだったのである。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
照彦てるひこ様はお母様が一番こわいのである。悪いことをした後、お母様から呼ばれて応じるはずはない。正三君の無礼を学監の安斉あんざい先生にうったえるとすぐに姿をかくしてしまった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
が、何も知らない中学生に向ってさえ、生活難をうったえる——あるいは訴えない心算つもりでも訴えている、先生の心もちなぞと云うものは、元より自分たちに理解されよう筈がない。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
職務しょくむるのはまえにもいやであったが、いまはなお一そういやでたまらぬ、とうのは、ひと何時いつ自分じぶんだまして、かくしにでもそっと賄賂わいろ突込つきこみはせぬか、それをうったえられでもせぬか
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
出様によっては暴力にもうったえかねまじき気味合なので佐助が割って這入はいりようようその場を預かって帰した春琴はさおになってふるえ上り沈黙ちんもくしてしまったが最後まで謝罪の言葉を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして足音もなく土間どまへおりて戸をあけた。外ではすぐしずまった。女はいろいろ細い声でうったえるようにしていた。男はっていないような声でみじかく何かきかえしたりしていた。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そうすればその人の心の状態までが見透みすかされでもするかのように。その小さな茂みはまだかたい小さなつぼみを一ぱいにつけながら、何か私にうったえでもしたいような眼つきで私を見上げた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
三河屋からはぐにうったでがあつたので、犯人の探索が行はれた。彼等は身持のよくない小旗本の次三男じさんなんか、安御家人やすごけにんか、さう云ふたぐひの者に相違ないとは誰でも容易に想像する所であつた。
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
いまにまた謀反むほんいくさをおこすかもしれませんといってうったえました。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「それは困ります」と千三はうったえるようにいった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)