まだら)” の例文
そして遥か彼方には、明るい家々が深緑ふかみどりの山肌を、その頂からふもとのあたりまで、はだれ雪のように、まだら点綴てんていしているのが望まれた。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
それはまだらに赤や青の着色があって、その表面には小豆あずきを二つに割った位の小さな木の実みたいなものが一面に貼り着けてあるんです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
空家あきやへ残して来た、黒と灰色とのまだらの毛並が、老人としよりのゴマシオ頭のように小汚こぎたならしくなってしまっていた、老猫おいねこのことがうかんだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
何にも無い、畳の摺剥すりむけたのがじめじめと、蒸れ湿ったそのまだらが、陰と明るみに、黄色に鼠に、雑多の虫螻むしけらいて出た形に見える。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして気絶でもしたような母と姉をしり眼に、颯爽さっそうと、——だが涙で白粉のすっかりまだらになった顔のまま——その部屋から出ていった。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
国境の山の線を、のろいにみちたひとみがじっと振り仰いだ、もうその辺りの中国山脈の脊柱せきちゅうは灰色の夕雲に、まだらになって黒ずんでいた。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
チョット電燈でんきを消すから、その窓から向家むこうの屋根をのぞいて御覧なさい……ホラ、あんなに雪がまだらになって凍り付いているでしょ。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
細君ははしゃいだ唇に、ヒステレックな淋しいみを浮べた。筋の通った鼻などの上に、まだらになった白粉のあとが、浅井の目に物悲しく映った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
元の様に石蓋をまだらに置いて、根太を並べて畳を敷いて、さアこれでいと坊主もお経を上げずに、四人もずうっと出かけました。
折柄おりから四時頃の事とて日影も大分かたぶいた塩梅、立駢たちならんだ樹立の影は古廟こびょう築墻ついじまだらに染めて、不忍しのばずの池水は大魚のうろこかなぞのようにきらめく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのおほきな體躯からだすこかきかゝりながら、むねから脚部きやくぶまだらゆきびてた。荒繩あらなはかれけてよこ體躯からだえてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
地は隈無く箒目の波を描きて、まだらはなびらの白く散れる上に林樾こずえを洩るゝ日影濃く淡くあやをなしたる、ほとんど友禅模様の巧みを尽して
巣鴨菊 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
「多分これは、どこかのやしろの奉納額から引き剥して持つて來たものでせう。矢柄やがらに二箇所まだらになつてゐるところがございます」
いつしか夏も夕影ゆふかげの、葉風すゞしき庭面にはおもにかろく、浮きたるそのすがた。黒地くろぢまだらしろかねの、雙葉もろはを風にうちまかせ花あるかたをたづね顏。
北村透谷詩集 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
四月にいたれば田圃たはたの雪もまだらにきえて、去年秋の彼岸ひがんまきたる野菜やさいのるゐ雪の下にもえいで、梅は盛をすぐし桃桜は夏を春とす。
ふゆ何事なにごともなく北風きたかぜさむくにつた。やまうへあきらかにしたまだらゆき次第しだいちて、あとからあをいろ一度いちどいた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
海は襦子の感觸を以て銀の色を擴げ、中にところどころ天鵞絨の柔かみを以て紺青の圓い大きなまだらを見せて居ました。何と云ふ好いなぎでせう。
初島紀行 (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
中年の商人風の男の中に交じった一人の若い女の紫色にふくれ上がった顔に白粉おしろいまだらになっているのが秋の日にすさまじく照らし出されていた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おお、何んと汚い、悲しい、そして不思議にまだらな人々を見せられているのだろう。ゴーリキイはそれに疲れた自分を感じた。
熊鷹に抉り抜かれた——というあの一言が、鹿子色をした頸先のほうに、一つのあなのようなまだらを作ってしまったのでしたね。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。すっかり赤いまだらができて焼けたようになっています。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
だ土の上にはまだらに日影が残つて居て午後六時頃かと自分は一人で思はれるのであつた。杜鵑とけん亭の食堂の一つの卓を自分等は選んで席に着いた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ところが、春の雪がまだらに消えた跡へ物を育む麗かな遅日ちじつあまねくなると、灰色の滑らかな根雪の膚からポタポタと真珠のような露の玉が滴り落ちる。
早春の山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
お神さんの傍にはまだらの猫の太つたのがゐる。その尻つぽには子供がいたづらに金めつきの懐中時計を括り付けたので、猫はそれを引き摩つてゐる。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
それは、ネルでしたが、地の桃色が褪せてしまって、ところどころに白いまだらができて、それが灰色に汚れているのです。
島原心中 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
咄嗟とっさの間に、ちらりと見ただけで、何であったかわからなかった。ただまだらに色のついた、かたまりのようなものだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しようろの形はほかのきのこ類とは違つて、大きな丸いからだをして、皺が寄つて、白いまだらの入つた黒い肉をしてゐる。
硝子ガラスごしに青葉がうつろい、天井に陽のまだらがおどって、解剖台を思わせる大きな机のうえに、たった一つ、あまりに周囲とかけ離れた物が置いてある。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
あるいは、まれにまだらなるものもありと聞けども、予いまだこれを見ず。あるとき、親四子をつれあそぶを見しに、子はみな鼠色より黒色こくして黄色なし。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
白くまだらげたプラタアヌの太い幹の下あたりには、しきりと落葉を集め廻って遊んでいる子供の群も見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
灰色の面には雲のように白いまだらが出来ていて乾性の皮膚病のようにいかにもかゆそうだ。人の影がぞろぞろつながって映って行く。加奈子にぶつかる男もある。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一隅には一匹の黒白のまだらの牛が新らしい藁をタツプリと敷いて静かに口を動かし乍ら心地よげに臥してゐた。
何しろそれは安物の紙風船が雨にぬれて色が浸み出したやうなぼんやりしたまだらに染め上げられ、触るたびにばさばさと大げさな音をたて、折目はぴんと立ち
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
皆美術品などいふべき限のものにはあらず、木もて彫りまだらにいろどりたるまでなり。されど信仰の温き情は影を此拙作の上に留めて、おのづから美を現ぜり。
鎺元はばきもとから鋩子ぼうしさきまでまだらなく真紅に焼いた刀身を、しずかに水のなかへ入れるのだが、ここがたましいめ場所で、この時水ぐあい手かげん一つで刃味も品格も
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
またまだら唐津、朝鮮唐津という乳白色の釉の掛かった物にもすてきなのがあります。茶人の方では如才なく、それらの良いものや石はぜなどを採り入れてますね。
古器観道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「これはコルシカのポピノの家にいたナポレオンよ。ほら、額んとこの王冠の形をしたまだらをごらんなさい」
涙で白粉をまだらにした夫人は、その裾のところに半分膝を乘せて、すつかり取亂した姿だつた。看護婦は蒲團の外に滑り出て、寢衣ねまきに細帶できちんと坐つてゐた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
まだら牝牛めうしが牧場の草を食べていて、そのゆるやかな鳴き声は、うつらうつらしてる田舎の静けさを満たしていた。鋭い声の雄鶏おんどりが農家から農家へ答え合っていた。
大ていの牛は毛がまだらであった。そして角が変にくねっていたり、左右の調和がとれていなかったりした。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
森羅萬象ものといふものを全く眞ツ白に引ツ包むで了ツてこそ美觀もあるけれども、これが山脈や屋根にまだらになツてゐたり、物の陰や家の背後うしろ繃帶ほうたいをしたやうに殘ツてゐては
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
午餐ごさんの案内に鶴子が来た。室を出て見ると、雪はぽつり/\まだ降って居るが、四辺あたりは雪ならぬ光を含んで明るく、母屋おもやまえの芝生は樫のしずくで已にまだらに消えて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「今日はどんな顔をしているか。この間、昼、日の照っているところへ連れ出したら顔の蒼白あおじろいところへ白粉おしろいまだらげているのが眼についてきたなくってたまらなかった」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
鶴見はその喇叭をかれこれ十年も使っているので、表にかけた黒漆くろうるしげてところまだら地金じがねの真鍮が顔を出している。その器具を耳にあてがってみても、実は不充分である。
それから例のごとく摩擦をして空を見ると夜前降った雪の後の空にまだ恐ろしい黒雲がまだらに飛んで居りまして、その雲間に太陽が折々光って居るというすさまじい空模様である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
天日てんぴのさしこんだ所で見ると、わきの下や首のつけ根に、ちょうど腐ったあんずのような、どす黒いまだらがあって、そこからなんとも言いようのない、異様な臭気が、もれるらしい。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それも道より下のふもとの方にところどころ群がっているきりで、あとは三尺に足りない雑木や小松が、山の肌を覆い切れない程度で、ところまだらに山にしがみついているのである。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
北海道ほつかいどうくまは、みんなあかぐま種類しゆるい内地ないちんでゐるくまとはちがひます。からだ全體ぜんたいくろかほだけが茶色ちやいろのや、かたからむねしろまだらのあるのもゐます。木登きのぼりも水泳みづおよぎも非常ひじよう上手じようずです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
すなわち背のまるいこととまだらの色どりとが、牛を思わせるような貝だったからで、もしも野路を遠く行く牛の列を、その頸飾りにたとえたのだったら、是は神口とも思われぬほどの
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その壁には白い卓子テーブル懸けのような雪が、幾反も垂れている、若緑の樺の木は、岩壁の麓から胸まで、擦り切れるようになった枝を張りつめて、その間から白雪が、細いまだらを引いている
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)