がけ)” の例文
 千仭せんじんがけかさねた、漆のような波の間を、かすかあおともしびに照らされて、白馬の背に手綱たづなしたは、この度迎え取るおもいものなんです。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
良心の呵責に耐え切れず、漸く見出した隙間を見て、お鉄の家の裏庭から、がけを雑草にすがりながら、谷地の稲田の畦路あぜみちにと降りた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「なんにも考えていやしないが、陰になったがけの色が、あまりきれいだもんで……紫に見えるでしょう。もう秋がかって来たんですよ。」
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
丘の向うの低いがけの下には、十体の人形と、十人の仮装男女が、全くおもちゃ箱でもひっくり返した様に、乱雑に、五色の色で転がっていた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、共に、山をゆるがす程の喊声かんせいが、西のがけにも、東の峰にも、わき起った。谷あいの手負ておいも、馬も、異様な声を発した。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
床の間には、赤々した大きい花瓶に八重桜やえざくらが活けられて、庭のはずれのがけからはうぐいすの声などが聞えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
蹴られておかめはアッとばかりに、恐ろしく削りなせる二三丈もあるがけの下を流るゝ吾妻川の中へ、乳児ちのみを抱いたまゝごろ/\/\と転げ落ち、生死しょうし知らずに成りました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そうだ!」と自分はひざった時、頭から水を浴たよう。がけ蹈外ふみはずそうとした刹那せつなの心持。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
相対した彼岸かなたがけには、数知れぬ螢がパーツと光る。川の面が一面に燐でも燃える様に輝く。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
否、がけは崩れ、路はおちゐりて、磊々らい/\たる岩石の多き、その歩み難きこと殆ど言語に絶す。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そうして、山榛やまはんの木、沢胡桃さわくるみなどが、悄然しょうぜんと、荒れ沢の中に散在している。栂、樅、唐檜とうひ、白樺などは、山のがけに多く、水辺には、川楊や、土俗、水ドロの木などが、まばらに、翠の髪をくしけずっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
梅の坊は六坊の中で一番小ひさかつたけれど、天滿宮の廣い境内けいだいの南の端のがけの上にあつて、岩を噛む水の美しい山川が其の下を流れ、川邊には春の花、秋の紅葉もみぢと、とりどりに良い樹が生えてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
がけ溝端どぶばた真俯向まうつむけになって、生れてはじめて、許されない禁断のこのみを、相馬の名に負う、轡をガリリと頬張る思いで、馬の口にかぶりついた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて君が自分に気がついて君自身を見いだした所は海産物製造会社の裏の険しいがけを登りつめた小山の上の平地だった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
残忍飽くを知らない小六は、雨龍太郎の死骸に突き立っていた槍を引き抜いて来て、がけに臨んだ岩角に片足をかけた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武の家は一軒の母屋おもやと一軒の物置とありますが物置はいつも戸が〆切しめきってあってその上にがけから大きなかしの木がおっかぶさっていますから見るからして陰気なのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
汽車はさびしい海岸の、けわしいがけや砂浜の上を、単調な機械の音を響かせて、はてしもなく走っている。沼の様な海上の、靄の奥深く、黒血くろちの色の夕焼が、ボンヤリと感じられた。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのがけ下の民家からは炊煙が夕靄ゆうもやと一緒になって海のほうにたなびいていた。波打ちぎわの砂はいいほどに湿って葉子の吾妻下駄あづまげたの歯を吸った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
はかますそを、サラ/\といしくゞつて、くさした細流さいりうあり。さかはたら/\としづくしぼつて、がけからみちしたゝるのである。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
立ち上がって、芝生しばふのはずれのがけはなまで行って、じっと前の青黒い海を見つめていたが、飛びこむ気にはなれなかった。いよいよの土壇場どたんばまでには、まだ少しあいだがあると思った。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
枯草白き砂山のがけに腰かけ、足なげいだして、伊豆連山のかなたに沈む夕日の薄き光を見送りつ、おきより帰る父のふねおそしとまつ逗子ずしあたりのわらべの心、そのさびしさ、うら悲しさは如何あるべき。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうかと思うと左岸のがけの上から広瀬川ひろせがわを越えて青葉山あおばやまをいちめんに見渡した仙台の景色がするすると開け渡った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こうひしひしと寄着よッつかれちゃ、弱いものには我慢が出来ない。ふちに臨んで、がけの上に瞰下みおろして踏留ふみとどまる胆玉きもだまのないものは、いっその思い、真逆まっさかさまに飛込みます。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その場所ばしよまつたくぼくつたのである、後背うしろがけからは雜木ざふきえだかさかさねておほひかゝり、まへかなひろよどみしづかうづまいながれてる。足場あしばはわざ/\つくつたやうおもはれるほど具合ぐあひい。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
道を隔てて眼の前にふさがるように切り立った高いがけの上に、やや黄味を帯びた青空が寒々とえて、ガラス板を張りつめたように平らに広がっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
とちょいと顔を上げて見ると、左のがけからしいの樹が横に出ている——遠くからながめると、これが石段の根を仕切る緑なので、——庵室あんじつはもう右手めて背後うしろになった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども十分とは自分をまたさなかった、彼のたちあがるや病人のごとく、何となく力なげであったが、ったと思うとそのままくるりと後向うしろむきになって、砂山のがけに面と向き、右の手で其ふもとを掘りはじめた。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
千丈の谷底に続くがけのきわに両手だけでぶら下がった人が、そこの土がぼろぼろとくずれ落ちるたびごとに、懸命になって助けを求めて泣き叫びながら
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一人、丘の上なるがけに咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、しずかにポケット・ウイスキーを傾けつつあり。——うぐいす遠くる。二三度鶏の声。遠音とおね河鹿かじか鳴く。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
砂山が急にげて草の根でわずかにそれをささえ、そのしたがけのようになってる、其根方ねかたに座って両足を投げ出すと、背はうしろの砂山にもたれ、右のひじは傍らの小高いところにかかり、恰度ちょうどソハにったようで
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
葉子が今立っているがけのきわから先には、葉子が足を踏み出すのを憎み恐れる様子を明らかに見せているのだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かなぐり脱いだ法衣ころもを投げると、素裸の坊主が、馬に、ひたと添い、紺碧こんぺきなるいわおそばだがけを、翡翠ひすい階子はしごを乗るように、貴女きじょは馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かなぐり脱いだ法衣ころもを投げると、素裸すはだかの坊主が、馬に、ひたと添ひ、紺碧こんぺきなるいわおそばだがけを、翡翠ひすい階子はしごを乗るやうに、貴女きじょは馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小坪こつぼの鼻のがけの上に若葉に包まれてたった一軒建てられた西洋人の白ペンキ塗りの別荘が、夕日を受けて緑色に染めたコケットの、髪の中のダイヤモンドのように輝いていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……そらくぎつたみね姿すがたは、山懷やまふところくらつて、がけ樹立こだちくろなかに、をりから晃々きら/\ほしかゞやく。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「先生か、先生は持ち上げられなかったから、一人でがけを這い上って、村の人に告げた」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鉄砲疵てっぽうきずのございます猿だの、貴僧あなた、足を折った五位鷺ごいさぎ種々いろいろなものがゆあみに参りますからその足跡あしあとがけの路が出来ますくらい、きっとそれが利いたのでございましょう。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おかで悪くば海で稼げって、がけの下の船着ふなつきから、夜になると、男衆につかまえられて、小船に積まれて海へ出て、月があっても、島の蔭の暗い処を、危いなあ、ひやひやする
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、蔵前の煙突も、十二階も、睫毛まつげ一眸ひとめの北のかた、目の下、一雪崩ひとなだれがけになって、崕下の、ごみごみした屋根を隔てて、日南ひなたの煎餅屋の小さな店が、油障子も覗かれる。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
通りすがりに考えつつ、立離たちはなれた。おもてあっして菜種なたねの花。まばゆい日影が輝くばかり。左手ゆんでがけの緑なのも、向うの山の青いのも、かたえにこの真黄色まっきいろの、わずかかぎりあるを語るに過ぎず。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからがけになって、ぐんが違い、海のおもむきもかわるのでありますが、そのがけの上に、たとえて申さば、この御堂みどうと背中合わせに、山の尾へっかかって、かれこれ大仏だいぶつぐらいな
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其処そこで、この山伝いの路は、がけの上を高い堤防つつみく形、時々、島や白帆しらほの見晴しへ出ますばかり、あとは生繁おいしげって真暗まっくらで、今時は、さまでにもありませぬが、草が繁りますと
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっともあのこれから冬になりまして山がまるで氷ってしまい、川もがけも残らず雪になりましても、貴僧あなたが行水を遊ばしたあすこばかりは水がかくれません、そうしていきりが立ちます。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百合 裏のがけからきますのを、かけひにうけて落します……細いながれでございますが、石に当って、りんりんとがしますので、この谷を、あの琴弾谷ことひきだにと申します。貴客、それは、おいしい冷い清水。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浜は鳴鶴ヶ岬から、小坪こつぼがけまで、人影一ツ見えぬところへ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百合 あの、湧きますのは、裏のがけでござんすけれど。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
がけのふちであぶなっかしそうに伸上のびあがって
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)