土瓶どびん)” の例文
栃木県益子ましこ窯場かまばで長らく土瓶どびん絵附えつけをしていた皆川マスというお婆さんのことは、既に多くの方々も知っておでの事と思います。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その土瓶どびんが空っぽになっていたはずだ。病人はときどき水を欲しがるから、その土瓶の中には、少しは水が残っていたはずだと思う。
「そんぢや、今度こんだ澤山しつかりえびやな、ろくんもしねえで、おこられちやつまんねえな」土瓶どびんにしたばあさんはわらひながらいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
南岳の墓はもとのところに依然として立ちたり。自然石にて面に大田南岳墓。碑陰にまつくろな土瓶どびんつゝこむ清水かなの一句を刻す。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
 (重兵衛は太吉を横目に睨みながら、自在じざい湯沸ゆわかしを取ってしものかたへ行き、棚から土瓶どびんをおろして茶の支度をする。ふくろうの声。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
七輪や、なべ土瓶どびんのやうなものが、薄暗い部屋の一方にごちやごちや置いてあり、何か為体えたいの知れない悪臭で、鼻持ちがならなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
登は煎薬の土瓶どびんを取ったが、思い直して、冷たくなっている湯沸しから、空になっている急須へ少し注ぎ、おふみに持っていってやった。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
枕頭には古びた角行灯かくあんどんがとぼれて、その下の盆の上には、酔いざめの水のつもりであろう、土瓶どびんに湯呑まで添えておいてあった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
何を食ってこんな人が生きていられたろう。それには家のものが握飯むすびを二日分ずつざるに入れ、湯は土瓶どびんに入れて、押入れに置いてくれる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おや/\とおもひながら、なほねんれてつちつてると、把手とつての一のみけて完全くわんぜんなる土瓶どびんであつた。(第三圖イ參照)
女中はそこで店に帰ったが、しばらくたつと土瓶どびんとお茶碗ちゃわんとを持って来てくれた。中にはそばをゆでたどろどろのお湯が一ぱい入っていた。
ここには元より乏しい火の気と渋茶の土瓶どびんしか懸かっていない。けれど、それを不平とするほど又四郎は心から堕落しているものではない。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……たきつけを入れて、炭をいで、土瓶どびんを掛けて、茶盆を並べて、それから、扇子おおぎではたはたと焜炉の火口ひぐちあおぎはじめた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
炉のすみ煉瓦れんがの上に、酒のはいった小さい土瓶どびんが置いてある。与平は、よごれたコップを取って波々と濁酒どぶろくをついで飲んだ。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ふた付きの茶碗二個。皿一枚。ワッパ一箇。はし一ぜん。——それだけ入っている食器箱。フキン一枚。土瓶どびん。湯呑茶碗一個。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
と云いながら障子を明けてうちへ通ると、六畳ばかりの狭い所に、真黒まっくろになった今戸焼いまどやきの火鉢の上に口のかけた土瓶どびんをかけ、茶碗が転がっている。
たゞさらるいあま見當みあたりませんが、はちつぼ土瓶どびん急須きゆうすのたぐひから香爐型こうろがたのものなどがあつて、それに複雜ふくざつかたち取手とつてや、みゝなどがついてをり
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
その場の母の姿に醜悪なものを感じてか父は眉をひそめ、土瓶どびんの下をきつけてゐた赤いたすきがけの下女と母の色の黒いことを軽蔑けいべつの口調でさゝやき合つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
或温泉にゐる母から息子むすこ人伝ひとづてに届けたもの、——桜の、笹餅、土瓶どびんへ入れた河鹿かじかが十六匹、それから土瓶の蔓にむすびつけた走り書きの手紙が一本。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
台所には、みんなが持ってきてある小さい土瓶どびんが、せとものやのように幾段にもくぎにかけてずらりと並んでいた。
そこにひろげられた枕屏風まくらびょうぶの蔭に、空っぽの飯櫃めしびつがころがって、無残に喰い荒された漬物の鉢と、土瓶どびんと、はしとが、飯粒めしつぶにまみれたまま散らばっている。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
門楣もんび扁額へんがくは必ず腐木を用ゐ、しかして家の内は小細工したる机すずり土瓶どびん茶碗ちゃわんなどの俗野なる者を用ゐたらんが如し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「だいぶ狼籍ろうぜきだね」と云いながら紅溜べにだめの膳を廊下へ出す。黒塗の飯櫃めしびつを出す。土瓶どびんまで運び出して置いて
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
灰色の壁には、今年の暦が貼ってあって、火鉢の上には煎薬せんやくの入った土瓶どびんがぶつぶつと沸き立っている。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「わからないのね、をばさんは。いつもは二十銭以上のお買物だから出すけど、今日は茶滓漉ちゃかすこしの土瓶どびんの口金一つ七銭のお買物だからお茶は出せないぢやないの」
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
短冊たんざく色紙しきし等のはりまぜの二枚屏風の陰に、薬をせんじる土瓶どびんをかけた火鉢ひばち。金だらい、水びん等あり。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
入れ又口の缺たる土瓶どびんは今戸燒の缺火鉢かけひばちの上へなゝめに乘て居る其體たらく目も當られぬ困窮こんきう零落れいらく向う三軒兩隣は丹波國の荒熊三井寺へ行かう/\といふ張子の釣鐘つりがね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
与兵衛は早速あがつて行つてその親猿の手をソツと掴んで下へ三尺ばかり引摺ひきずりますと、山の上の方から土瓶どびんのまはり程の大きな石が、ゴロ/\と転つて来ました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
薬鑵やくわん土瓶どびん雷盆すりばちなどいづれの家にもなし、秋山の人家じんかすべてこれにおなじ。今日秋山に入りこゝにいたりて家を五ツ見しが、あはひえかりこむころなれば家にる男を見ず。
お美代が土瓶どびんと飯茶碗とを持ってはいって来た。足音でお婆さんは布団の襟に眼をこすりつけた。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
二三度んで見たが、阿母さんは桃枝もヽえおぶつて大原へ出掛けて居無かつた。貢さんは火鉢の火種ひだね昆炉しちりんに移し消炭けしずみおこして番茶ばんちや土瓶どびんわかし、しやけを焼いて冷飯ひやめしを食つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
口のかけた土瓶どびんに植えた豆菊の懸崖けんがいが、枯れかかったまま宙乗りしている。そんなような部屋なのだ。あるじ若松屋のごとく、すべてが簡素である。悪くいえばさびしい。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もう日が暮れたに太吉たきちは何故かへつて来ぬ、源さんも又何処どこを歩いてゐるかしらんとて仕事を片づけて一服吸つけ、苦労らしく目をぱちつかせて、更に土瓶どびんの下を穿ほぢくり
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その一本は杉箸すぎばしで辛くも用を足す火箸に挾んで添える消炭の、あわれ甲斐なき火力ちからを頼り土瓶どびんの茶をばぬくむるところへ、遊びに出たる猪之の戻りて、やあ父様帰って来たな
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もしくは土瓶どびんにでも入れてわかして飲むか、いずれにしても、今ものを洗った水をすぐその洗った器で汲み上げて飲むという処に、野遊びらしい暢気のんきな心持も十分にあるし
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
また、土瓶どびんあるいは鉄瓶より湯水をつがんとするとき、過ちて口の方ならずして尻の方よりつがんとすることあり。かかることをなせし日には、必ず坊さんの来客ありという。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
男は鎌を腰にして、女は白手ぬぐいをかむり、歯を染め、土瓶どびんの大いなるを手にさげたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
帆村にていねいに礼をしたうえで、机の上に菓子の袋と、土瓶どびんと、湯呑茶碗とを置いた。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
以上の二種の土器どきは或る飮料ゐんれうをば飮み手の口にうつす時に用ゐし品の如くなれど、土瓶どびん或は急須きうすひとしく飮料をたくわへ置き且つ他の器にそそむ時に用ゐし品とおもはるる土噐も數種すうしゆり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
朱塗の行燈の明りで、漆と真鍮とがぴかぴか光っている。広い側の他の一方は、四枚のふすまである。行燈は箱火鉢の傍に置いてあって、箱火鉢には、文火ぬるびに大きな土瓶どびんが掛かっている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はえが止ったとか、給仕人のそでが触ったとか云って、二三度ははしに熱湯をかけさせるので、給仕する者は心得て、番茶の熱いのを土瓶どびんに入れて食事の初めから食卓の上に用意して置く。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女の子が飯鉢と土瓶どびんを持って来たので父親は澄ました顔をして残りの酒を飲んだ。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
手に土瓶どびんのようなものを持っている。カラカラだと五郎は思い出した。特殊の形をした酒器で、二十年前に福がどこからか仕入れて来て、アルコール入れに使ったのと、同じ型のものだ。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
一隅に小さい葛籠つづら、その傍に近所の人の情けでこしらえた蒲団ふとん赤児あかごがつぎはぎの着物を着て寝ていて、その向こうに一箇の囲炉裏いろり、黒い竹の自在鍵じざいかぎ黒猫くろねこのようになった土瓶どびんがかかっていて
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
狭い室内だから塵はたちまち室内に飛び廻って久しく下へ落付きません。ボーイは大きな紙屑かみくず土瓶どびんこわれや弁当とすし明箱あきばこなんぞを室外へ掃き出しますが塵と細菌はそのまま置土産おきみやげにします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
台所の土間の板縁の下に大きな素焼きの土瓶どびんのようなものが置いてあった。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしてそんな物々ものものしい駄目だめをおしながらその女の話した薬というのは、素焼すやき土瓶どびんへ鼠の仔を捕って来て入れてそれを黒焼きにしたもので、それをいくらかずつかごく少ない分量を飲んでいると
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そして、さげて来た土瓶どびんの茶を注いで、孫伍長に寄り添った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
お茶の土瓶どびん湯呑ゆのみのひっくりかえったのや、……
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
番茶の土瓶どびんとお茶碗ちゃわんを持って来た。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)