乞食こじき)” の例文
シナ人の乞食こじきが小船でやって来て長い竿さおの先に網を付けたのを甲板へさし出す。小船の苫屋根とまやねは竹で編んだ円頂で黒くすすけている。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「何が馬鹿だい、そいつは乞食こじきの金じゃねエんだ、猫ババをめこむと唯じゃすまねエぞ、サア悪いことはいわない、素直に返しな」
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
この世は自分たちのためにつくられているわけではない、世の中にはもっと不幸な者、乞食こじきになるとか、餓える者さえたくさんいる。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「だが、おれたちも一昨年おととし、去年は駄目だめだったじゃねえか。一日、足を棒にして歩いても一両なかっただもんな。乞食こじきでも知れてるよ」
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
人目を避けて、うずくまつて、しらみひねるか、かさくか、弁当を使ふとも、掃溜はきだめを探した干魚ほしうおの骨をしゃぶるに過ぎまい。乞食こじきのやうに薄汚うすぎたない。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
共和政府では、軍隊や大学や国家のあらゆる肢体したいを実は脅かしてる、それら乞食こじき坊主や理性の狂信者らの密偵を、内々奨励していた。
私の故郷の町にいた竹という乞食こじきは、実家が相当な暮しをしている農家の一人息子ひとりむすこでありながら、家を飛び出して乞食をしている。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
お前は何歳で獅子ししに救われ、何歳で強敵にい、何歳で乞食こじきになり、などという予言を受けて、ちっともそれを信じなかったけれども
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まだ、乞食こじきというものを経験けいけんしたことのないかれは、どこへいって、どうしてらぬ人々ひとびとからぜにをもらったらいいだろうかとおもいました。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
元も子も、みんななくして、乞食こじきみたいに、四等国が八等国になったのも、それでいいんだ。もともと、そうだったんだろうから。
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
善い人間ならなぜ乞食こじきをしないのだ。いやなぜ死なないのだ。皆うその皮だよ。わしの言う事がわからないかい。(だんだん興奮する)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
お色のっていた欄干から、二間ほど離れた一所ひとところに、五、六人の乞食こじきたかっていた。往来の人の袖に縋り、憐愍あわれみを乞うやからであった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すそ海草みるめのいかゞはしき乞食こじきさへかどにはたず行過ゆきすぎるぞかし、容貌きりようよき女太夫をんなだゆうかさにかくれぬゆかしのほうせながら、喉自慢のどじまん腕自慢うでじまん
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ある夜、乞食こじきが村内の森の中にある空き堂に泊まろうと思い、その中に入れば、堂内の隅に髪を乱し、青い顔してニコニコ笑っている。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
五条河原ごじょうがわら乞食こじきの話は、話ぶりがあまり巧みなので、ついそのまま転載さしてもらう気になったが、もし私の記憶が間違っていなければ
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
がこれだけは絶対に今からやって行かないと、乞食こじきの頭数を集めるように、その場になって、とてもオイそれと出来ることではないんだ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「ちゃんと食費まで入れてるのにさ、まるで食客みたいにツンツンされるンだもの、たとえ乞食こじきしたってまだ東京の方がいいわ」
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
「知らないの。リード伯母さまは親類があるとしたら乞食こじきの仲間だらうと云つてゐますのよ。私は物乞ひなんかしたくないわ。」
そしてまた、その男からいつも施しを受けている元寺男で今は間諜かんちょうになってる乞食こじきじいさんが、更にやや詳しい話をもたらした。
この乞食こじきが三日もめしを食わぬときにいちばんに痛切に感ずるものはである。握飯にぎりめしでも食いたいというのが彼の理想である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そこで「幸福」は貧しい貧しい乞食こじきのような服装なりをしました。誰か聞いたら、自分は「幸福」だと言わずに「貧乏」だと言うつもりでした。
幸福 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
軒下のきした少々せう/\拝借はいしやくいたします……きましてわたくし新入しんまい乞食こじきでございまして唯今たゞいま其処そこころびましてな、足を摺破すりこはしまして血が出て困りますが
そこで農民以外のものはみな当然乞食こじきと云ってよいのであります。自分の労力・技芸等を以て食物に代える者も、みな乞食なのであります。
昔一人の女が窓の下ではたを織っていると、きたない破れ衣の乞食こじきみたような旅僧がやって来て、水を一杯もらいたいといった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
此方こつちから算盤そろばんはじいて、この土地とち人間にんげん根性こんじやうかぞへてやると泥棒どろぼう乞食こじきくはへて、それをふたつにつたやうなものだなう。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
祭の日などには舞台据えらるべき広辻ひろつじあり、貧しき家の児ら血色ちいろなき顔をさらしてたわむれす、懐手ふところでして立てるもあり。ここに来かかりし乞食こじきあり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
するとその頃、あみはまから出て来て、市中をさまよい歩く白痴の乞食こじき、名代のダラダラ大坊だいぼうというのが前に立ちふさがった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
すると、うずくまっているその乞食こじきは、くびが自由にならぬままに、赤く濁った眼玉めだまをじろりと上向け、一本しかない長い前歯を見せてニヤリとした。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「きっとあの人は、自分が乞食こじきであっても、宮様プリンセスになれると思ってるんでしょうよ。これから、セエラを『殿下』と呼んでやりましょうか。」
その翌日あくるひ、こんなうはさがぱつとちました。昨日きのふ乞食こじきのやうなあのぼうさんは、あれはいま生佛いきぼとけといはれてゐるお上人樣しやうにんさまだと。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
あいつ等は丸で乞食こじきも同樣ぢや。祝ひごとがあると、さア、この時ぢやとぬかさんばかりに、われ勝ちで集つて行くのぢや。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
彼がまる裸の乞食こじきで、なんの官等も持っていないのを、自分が泥沼の中から引上げてやったのだから、いつでも好きな時に追い出せるのだが
「見うけるところ、二ひきとも、乞食こじきにちかい六部ろくぶ雲水うんすい下手へたなところへでしゃばると、足腰あしこしたたぬ片端者かたわものにしてくれるぞ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老人にも若者にも、富豪ふごうにも乞食こじきにも、学者にも無頼漢ぶらいかんにも、いや、女にさえも、まったくその人になりきってしまうことができるといいます。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ネクタイ屋の看板にしては、これはすこし物騒ぶっそうすぎる。聖公教会の門のところに、まるで葡萄ぶどうふさみたいに一塊ひとかたまりに、乞食こじきどもがかたまっている。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その時、彼は穏やかに人の目に着かない服装なりをして、乞食こじきごとく、何物をか求めつつ、人の市をうろついて歩くだろう。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乞食こじきの出てくる話で、最後のシーンが丸ビルか何かになっている話などを、ちょっと回想しただけでもおぼえている。
探偵小説壇の諸傾向 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
乞食こじきに化けて観音裏の田圃道たんぼみちを歩いていた庄三郎は、佐藤与茂七に逢って衣服を取りかえた。与茂七は宅悦の家で借りて来た提燈も庄三郎にやって
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その日になれば男女なんにょ乞食こじきども、女はお多福たふくの面をかぶり、男は顔手足すべて真赤に塗り額に縄の角を結び手には竹のささらを持ちて鬼にいでたちたり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ある時は団七九郎兵衛の人形を飾り、ある時はその家にちなんだお竹大日如来がお米をいでいて、乞食こじきに自分の食をほどこしをしているのだった。
「おとみの貞操」と云ふ小説を書いた時、お富は某氏夫人ではないかと尋ねられた人が三人ある。又あの小説の中に村上新三郎むらかみしんざぶらうと云ふ乞食こじきが出て来る。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その間じゅう、若い頃も年とった今も、僕はあんたから、年額五百ルーブリなりの、乞食こじきも同然の捨扶持すてぶちを、ありがたく頂戴ちょうだいしているにすぎないんだ。
その翌日も同様頭陀行の出来るところは乞食こじきをして、それで夜はいつもお説教です。そのお説教がなかなか同伴つれの人らの心を和らげる利き目がある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「だって、ママ、あしたになったらすっかりやぶれてしまうじゃないの。ぼく乞食こじきみたいな恰好かっこうして歩くなだあ!」
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
かかアかね」と、善吉はしばらく黙して、「宿なしになッちあア、夫婦揃ッて乞食こじきにもなれないから、生家さとへ返してしまッたんだがね……。ははははは」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
うえはお大名だいみょうのお姫様ひめさまから、したはしした乞食こじきまで、十五から三十までのおんなのつくおんなかみは、ひとすじのこらずはいってるんだぜ。——どうだまつつぁん。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
内部ないぶ案外あんがい綺麗きれいでありますから、ちょっとこゝで住居じゆうきよしてもよいとおもふほどであります。道理どうりときには乞食こじきなどが、この石室せきしつんだりしてをります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
葉子が木村の立場にいたら、事業を捨てても、乞食こじきになっても、すぐ米国から帰って来ないじゃいられないはずだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
乞食こじきとしか思えない身なりの男が、それまでは壁にヤモリみたいにへばりついていたのに急に、俺に声をかけた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
わしやお内儀かみさんかゝあおつころしてからつちものは乞食こじきげだつて手攫てづかみでものしたこたあねえんでがすかんね、そらおつうげもはあことわつてくんでがすから
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)