一叢ひとむら)” の例文
この小説家のために一歩の発展をうながされて、開化の進路にあたる一叢ひとむら荊棘いばらを切り開いて貰ったと云わねばならんだろうと思います。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
松があって雑樹が一叢ひとむら、一里塚の跡かとも思われるのは、妙に低くなって、沈んで島のように見えた、そこいらも水があふれていよう。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここは和田と大門峠の境で、山毛欅ぶなが多いままぶな谷と呼ばれている。沢を登りつめた所に、一叢ひとむらの山毛欅につつまれた家があった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
淋しく枯れ渡った一叢ひとむらの黄金色の玉蜀黍とうもろこし、細いつる——その蔓はもう霜枯れていた——から奇蹟のように育ち上がった大きな真赤なパムプキン。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その岩から外へはみ出して、一叢ひとむらの花が咲いていたがその中の純白の大輪の花が、得ならぬ芳香をあげながら、ゆるゆると下へうつむいて行く。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
気がついて立ったところのすぐ眼の前に、こんもりと一叢ひとむらの森があることを知りました。右の方は城内へつづくお武家屋敷があることを知りました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この附近に、平家へいけ落武者おちむしゃの墓があったといわれている一叢ひとむらの林があったので、伯父が見に行って見たら、それが全部白檀の林だったのだそうである。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それはごく新しくしるされたもので、その線はまっ黒な古い漆喰しっくいの中に白く見えており、壁の根本にある一叢ひとむら蕁麻いらくさは新しい漆喰の粉をかぶっていた。
紅葉もみじ火のごとく燃えて一叢ひとむらの竹林を照らす。ますます奥深く分け入れば村きわまりてただ渓流の水清く樹林の陰よりずるあるのみ。帰路夕陽せきよう野にみつ
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
岩を打ち岩に砕けて白く青く押し流るる水は、一叢ひとむらうる緑竹のうちに入りて、はるかなる岡の前にあらわれぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
この句は前の太祇の句と反対に、夜明方の冬木立を言ったもので、朝暾あさひが赤い色をして天地を染めている中に、一叢ひとむらの冬木立が立っているというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すると、ふと私は、やはり小川の岸のじめじめした所に生えていた、一叢ひとむらのある植物に気がついたのである。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わずかに築山つきやまの蔭に貧弱な芙蓉ふようが咲いているのと、シュトルツ邸の境界寄りに、一叢ひとむら白萩しらはぎがしなだれている外には、今は格別人眼をくような色どりもない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また明治二十何年頃、東京麹町区三番町沿いの御濠にも一叢ひとむら大いに繁殖していたことがあって喜んで採集したが、その丈けはおよそ五尺ほどにも成長していた。
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
降り続く雨に穂先が乱れて俯伏うつぶすようになっている。重いその一叢ひとむらを抱き起すというだけのことである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
泉水の末を引きて𥻘々ちよろちよろみづひくきに落せるみぎはなる胡麻竹ごまたけ一叢ひとむら茂れるに隠顕みえかくれして苔蒸こけむす石組の小高きに四阿あづまやの立てるを、やうやう辿り着きて貴婦人はなやましげに憩へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
唐門を入ったつき当りの低い築地ついじから枝をさし出した一叢ひとむらの紅薔薇が、露多い夕闇に美しかった。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
わたしは、えだをひろげた一叢ひとむらのニワトコのかげの、低いベンチに腰掛こしかけていた。わたしは、この場所が好きだった。ジナイーダの部屋の窓が、そこから見えたからである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ローマの大学を訪ねたとき、物理学教室の入口に竹の一叢ひとむらを見付けてなつかしい想いをした。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
砂を敷いた庭の一隅に一叢ひとむらのわずかばかりな竹林が四角に囲われて立っており、そこからやや隔たって二、三本の竹があるだけで、他には静寂のほか何ものもないのでした。
間も無く一行はとある平野に来た。其処には四頭の大きな馬に曳かせた馬車が一台一叢ひとむらの木蔭に待つてゐる。で、それへ乗り移ると今度は馭者が気違ひのやうに馬を走らせる。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
少しは路の嶮岨けわしけれど、幸ひ今宵は月冴えたれば、辿たどるに迷ふことはあらじ。その間道は……あれみそなはせ、彼処かしこに見ゆる一叢ひとむらの、杉の森の小陰こかげより、小川を渡りて東へ行くなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
枯萩かれはぎ一叢ひとむらが、ぴったりと弓形ゆみなりに地に平伏ひれふして居る。余は思わず声を立てゝ笑った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
家のまわりの植物は萩がず衰えて、今ではわずかに一叢ひとむら二叢が、譜第ふだいの家の子のような顔をしてつちかわれている。黄なる山菊は残そうと思ったが、去年などはどうやら咲かずにしまった。
岸辺の木立こだち絶えたる処に、真砂路まさごじの次第に低くなりて、波打際なみうちぎわに長椅子ゑたる見ゆ。あし一叢ひとむら舟に触れて、さわさわと声するをりから、岸辺に人の足音して、木の間を出づる姿あり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いけ名付なづけるほどではないが、一坪余つぼあまりの自然しぜん水溜みずたまりに、十ぴきばかりの緋鯉ひごいかぞえられるそのこいおおって、なかばはなりかけたはぎのうねりが、一叢ひとむらぐっと大手おおてひろげたえださきから
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
露伴先生の紀行によると、明治三十年頃、境川の両岸には樹木が欝蒼として繁茂していた事が思い知られるのであるが、今日そのあたりには埋立地に雑草のはびこるほか一叢ひとむら灌莽かんもうもない。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
怖い恐ろしいも忘れてひのき植込うえごみ一叢ひとむら茂る藪の中へ身を縮め、息をこらしてかくれて居りますと、顔を包んだ侍が大小を落差おとしざしにいたして、尻からげに草履ぞうり穿いたなり、つか/\/\と参り
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
橄欖オリワの林に隱顯せる富人の別業べつげふの邊よりははるかに高く、二塔の巓を摩する古城よりは又逈に低く、一叢ひとむらの雲は山腹に棚引きたり。われ。彼雲の中にみて、大海のしほ漲落みちひを觀ばや。夫人。さなり。
自分もそれなり降りて花床をまたぐ。はかなげに咲き残った、何とかいう花にすそが触れて、花弁はなびらの白いのがはらはらと散る。庭は一面に裏枯れた芝生である。離れの中二階の横に松が一叢ひとむら生えている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
門口かどぐちには大きい枯れすすきの一叢ひとむらが刈り取られずに残っていた。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
水中花はコップの中で一叢ひとむら
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
一叢ひとむら薔薇さうびは、かしこ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
田圃が湖にならぬが不思議で、どうどうとになって、前途ゆくて一叢ひとむらやぶが見える、それを境にしておよそ二町ばかりの間まるで川じゃ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな日の激流にけずられたような切岸が、足利の町屋根から数町東の岩井村の辺で赤肌をむいていた。そして上には一叢ひとむらの茂みが見える。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太陽が傾いて没せんとする時、小石さえその影を地上に長く引く頃、ジャン・ヴァルジャンは全く荒涼たる霜枯れ色の曠野こうやの中に、一叢ひとむらやぶのうしろにすわった。
滴々てきてきと垣をおお連𧄍れんぎょうな向うは業平竹なりひらだけ一叢ひとむらに、こけの多い御影のいを添えて、三坪に足らぬ小庭には、一面に叡山苔えいざんごけわしている。琴のはこの庭から出る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昆布岳こんぶだけの一角には夕方になるとまた一叢ひとむらの雲が湧いて、それを目がけて日が沈んで行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
茂太郎はその枕許についていながら、退屈まぎれに庭を見ると、一叢ひとむらの竹が密生していました。その竹を見ると茂太郎は、笛が作ってみたくて作ってみたくて堪らなくなりました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
心魂こころも今は空になり、其処そこ此処ここかと求食あさるほどに、小笹おざさ一叢ひとむら茂れる中に、ようやく見当る鼠の天麩羅てんぷら。得たりと飛び付きはんとすれば、忽ち発止ぱっしと物音して、その身のくびは物にめられぬ。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ひよどりの来る高いけやきこずえはすっかり秋の色にそまり、芝生しばふの中に一叢ひとむら咲き乱れているコスモスの花は、強い日差しに照り映えていた。子供たちは、広い芝生を喜んで、いつまでもけ廻っている。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ただ一叢ひとむらの黄なる菜花なのはなに、白い蝶が面白そうに飛んで居る。南の方を見ると、中っ原、廻沢めぐりさわのあたり、桃のくれないは淡く、李は白く、北を見ると仁左衛門の大欅おおけやきが春の空をでつゝ褐色かっしょくけぶって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
土地は全體極めてひくしとおぼしく、岸の水より高きこと僅に數寸なるが如し。偶〻數戸の小屋の群を成せるあれば、指ざしてフジナと云ふ。こゝかしこには一叢ひとむらの木立あり。其他はすべて是れ平地なりき。
森の一叢ひとむらある一方かた/\業平竹なりひらだけが一杯生えて居ります処で
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とまた言い掛けたが、青芒あおすすきが川のへりに、雑木一叢ひとむら、畑の前を背かがみ通る真中まんなかあたり、野末のもやを一呼吸いきに吸込んだかと、宰八唐突だしぬけ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、奥深き一叢ひとむらの疎林のうちになお一かくの兵舎があった。今しそこから慌てて南の門へ逃げ出してゆく一輛の四輪車がある。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山のすそに大きな藁葺わらぶきがあって、村から二町ほどのぼると、路は自分の門の前で尽きている。門を這入はいる馬がある。くらの横に一叢ひとむらの菊をゆわいつけて、鈴を鳴らして、白壁の中へ隠れてしまった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
竜之助が立ち止まって天を仰いだ時は、鈴鹿の山もせき雄山おやま一帯いったいに夜と雨とに包まれて、行手ゆくて鬱蒼うっそう一叢ひとむらの杉の木立、巨人の姿に盛り上って、その中からチラチラと燈明とうみょうの光がれて来る。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
にしきふちに、きりけて尾花をばなへりとる、毛氈まうせんいた築島つきしまのやうなやまに、ものめづらしく一叢ひとむらみどり樹立こだち眞黄色まつきいろ公孫樹いてふ一本ひともと
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一叢ひとむらの防風林に囲まれた農家から、なにか外でいている明りか、かまどの火か、ぼうと赤い光が木立ちの垣にして見えた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)