おぶ)” の例文
電車通りの方へ足を向けて、其処の交叉点に出ると、夕刊売りの何時もの女が背中に子供をおぶって鈴も鳴らさずぼんやり立っていた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
真暗いのにおぶつて裏の方へつれて出て、人の寝入つてる夜中にそこらを負り歩いてすかしながら、お可哀さに私までおろ/\泣いて
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
米友が幸内をおぶって来た帯は、神社の鰐口わにぐちの綱をお借り申して来たものであります。米友はその綱を探って背負い直そうとした時に
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私がお牧の背中におぶさつて、暗い夜道を通り、寺の境内まで村芝居を見に行つたことは、彼女の記憶から離せないものの一つです。
私がどこへ行こうと、あなたたちはいつも私といっしょにいる。私をおぶってくれたおかあさん、私は今あなたを自分のうちにになっている。
さあおぶされ、と蟹の甲を押向けると、いや、それには及ばぬ、と云った仁右衛門が、僧のすそくわえたていに、膝でって縁側へ這上はいあがった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こういって地蔵行者じぞうぎょうじゃは、小さい手に取りまかれながら、背なかあわせにおぶっている地蔵菩薩じぞうぼさつとそっくりのような人のよい笑顔えがおをつくった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
背には乳飲児ちのみごおぶって、なるたけ此方こっちの顔を見ないように急いで、通り違ってしまった。きっと、森の中の家に来ているのだろうといった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
逸子は、握り箸の篤を、そのまま斜に背中へほうり上げておぶうと、霰の溝板を下駄で踏み鳴らして東仲通りの酒屋までビールをあつらえに行った。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女児こどもおぶつて、顔にかゝるほつれ毛を気にしながら、ランプの火屋ほやみがいてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
京は會津東山の人淺井善藏に嫁した。善藏の女おせいさんが婿むこ平八郎を迎へた。おせいさんは即ち子をおぶつて門に立つてゐたお上さんである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
「えゝ、わしやはあ、どうしてえゝもんだかわかんねえからはたけうなつてたまゝ衣物きものねえでうしておぶつてたんだが」と百姓ひやくしやうはいつて、それから
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「済まないなあ、僕が、おれいにおごるつもりだったのに」とボーイ長は、藤原におぶさりながら、真から恐縮して言った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
今日は斗満の上流ニオトマムに林学士りんがくし天幕てんとう日である。朝の七時関翁、余等夫妻、草鞋ばきで出掛ける。鶴子は新之助君がおぶってくれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夏になるとその子をおぶって、野川のふちにある茱萸ぐみの実などを摘んで食べていたりした自分の姿もおもい出せるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
うっかりするとひざいあがろうとするので、おせんは食事が終るとそうそう、いやがるのをおぶってあと片付けをした。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新「我慢してお出でよ、私がおぶいが、包を脊負しょってるからおぶう事が出来ないが、私の肩へしっかつかまってお出でな」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「見せるったら、見ねえのか。屋根へ上ればよく見えるんだ。おれがおぶってやるっていうのに、さ、負さりなよ、ぐずぐずして居ないで負さりなよ。」
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
それが漸次しだいちかづくと、女の背におぶはれた三歳みっつばかりの小供が、竹のを付けた白張しらはりのぶら提灯ぢょうちんを持つてゐるのだ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
数寄屋すきや橋でえ様と思つて、くろみちなかに、待ちはしてゐると、小供をおぶつたかみさんが、退儀たいぎさうにむかふから近つてた。電車はむかがはを二三度とほつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
人をくったような年増女としまおんなの顔、すました女学生の顔、子供をおぶったどっかにきかぬ気の見えるおかみさんのような顔ばかりで、彼の望んでいる顔は見当らなかった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
麹町の三丁目で、ぶら提灯ぢょうちんと大きな白木綿しろもめん風呂敷包ふろしきづつみを持ち、ねんねこ半纏ばんてん赤児あかごおぶった四十ばかりの醜い女房と、ベエスボオルの道具を携えた少年が二人乗った。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二三度んで見たが、阿母さんは桃枝もヽえおぶつて大原へ出掛けて居無かつた。貢さんは火鉢の火種ひだね昆炉しちりんに移し消炭けしずみおこして番茶ばんちや土瓶どびんわかし、しやけを焼いて冷飯ひやめしを食つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
それが黒死館の悪霊、テレーズの人形でした……背後からおぶさったような形で死体の下になり、短剣を握った算哲様の右手の上に両掌を重ねていたので……それで、衣服を
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
先奥様せんおくさまがおくなり遊ばした時、ばあやにおぶされて、かあ様母様ッてお泣き遊ばしたのは
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかし兵さんは、一旦いったん、弟をおぶって村の方へ遊びに出ると、そんな事は何時いつも忘れていた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
長い踏板ふみいた船縁ふなべりから岸に渡された。一番先に小さいおととが元気よくそれを渡つて、深い船の中に飛んでりた。其処そこまで送つて来た婿の機屋はたや盲目めくらのお婆さんをおぶつて続いて渡つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そこで提灯の明りと子供の声をたよりにのぞいてみると、すぐ足の下に蜘蛛くもの巣を被って、若い髪の乱れた女がねんねこに子供をおぶって打伏していた。流石さすが におまき婆も顔色を変えて
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
に入つてから、ト或る山の下へ来た。山の上は町で、家が家におぶさつたやうにかさなり合つてゐて、燈火あかりが星のやうに見える。もう夜更よふけだのに、何処でか奏楽のがして、人通りが絶えない。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
樹なんぞゆすぶると、樹がガタガタ震えるのだ。ふしぎに子供をおぶさすと何時の間にか窒息してしまうのだそうだ。だからの女はできるだけ電燈のそばに坐ったり歩いたりなぞしないそうだ。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼女は二十年の生涯を、記憶に残る時代を廓で成長して来た女だった。誰かに険しい山路をおぶってもらって来たような憶えがあるきりだと彼女は言った。十三、四迄は使い歩きにこきつかわれた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「どうする。清だけおぶってもらわないか」と定雄はまた云った。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
おぶさりていや暑からしのぼりけるまなざしたゆく今はくだりに
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「オ爺チャン、階段ハ僕ガおぶッテアゲマスヨ」
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
晃 お百合こう。——(そのいそいそ見繕いするを見て)支度が要るか、跣足はだしで来い。いばらの路はおぶって通る。(と手を引く。)
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とうさんの幼少ちひさ時分じぶんにはおうちにおひなといふをんな奉公ほうこうしてまして、半分はんぶん乳母うばのやうにとうさんをおぶつたりいたりしてれたことをおぼえてます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小父おじさんが、ああして、くすりはこおぶって、諸国しょこくあるいていた時分じぶんに、もっとみなみ船着ふなつで、外国がいこくからわたってきた、くさ種子たねにいれました。
二番めの娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
口惜しかったから、背中の上で飛びはねてやった。するとすぐに縁側に下された。今度は私がおんぶしてみようと云って、叔母さんがおぶってくれた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その危うい野火の中から、十八公麿を救って、ここまでおぶってきてくれた男が、以前、成田兵衛の郎党だった庄司七郎であったと話すと、範綱は
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
社殿の縁には、ねんねこ絆纏ばんてんの中へ赤ん坊をおぶって、手拭てぬぐいの鉢巻をした小娘が腰を掛けて、寒そうに体をすくめている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
細君は顔の丸い、目元や口元の愛くるしい子供を、手かけでおぶいなどしていた。お増は急いで、その前を通り過ぎた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黒い空に消えたりともつたりした記憶なぞを、かうした留守居の心に懐しいもののやうに思ひ浮べながら、坊ちやんをおぶつてゐる片手で門口の戸を閉めた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
私共が粕谷へ引越しの前日、東京からバケツと草箒くさぼうき持参で掃除に来た時、村の四辻よつつじで女の子をおぶった色の黒いちいさい六十爺さんに道を教えてもらいました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
女「どうせ熊谷くまがいへ泊るつもりで、松坂屋というのが宜しゅうございますから、そこへ泊りましょう、貴方はお草臥くたびれでしょうから、私がおぶって上げましょう」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
数寄屋橋すきやばしで乗りえ様と思って、黒いみちの中に、待ち合わしていると、小供をおぶった神さんが、退儀そうに向うから近寄って来た。電車は向う側を二三度通った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「それでも親方さん、危ない、どうしましょうねえ、力持のおせいさん、お前は力持だからわたしをおぶって逃げて下さいな、わたしはお前さんの蔭に隠れているわ」
波田は、ボーイ長を背中におぶった。水夫たちは、ボーイ長を彼の背中に、そうっと乗せるようにした。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
お金が真直におぶわれていたら、おふくろと一緒に射徹されてしまったかも知れなかったのですが、子供のことですから半分眠っていて、首を少しく一方へかしげていた為に
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「いざとなったらお祖父さんはうちがおぶってゆかあね、それは心配はいらないからね」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
車夫くるまやに鶴子をおぶつてもらひ、余等は滑る足元に氣をつけ/\鐵道線路を踏切つて、山田のくろを關跡の方へと上る。道もに散るの歌にちなむで、芳野櫻を澤山植ゑてある。若木ばかりだ。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)