こう)” の例文
ふたたび、つきあかるい野原のはらあるいて、一こうは、まちはずれのはしうえまでまいりますと、白髪しらがのおばあさんがそこにってっていました。
生きた人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いずれも勇気凛々りんりん、今日を限りにこの痛快無比の旅行と別るるのがのこり多いようにも思われ、またこのこうおわったという得意の念もあった。
この一こう五十二艘の大船は、はじめはつつがない海路にみえたが、やがて遠州灘えんしゅうなだにさしかかったとき、大きな暴風しけに出会ってしまった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生は予がこのこうともないしをふか感謝かんしゃせらるるといえども、予の先生にうところ、かえってだいにしておおいしゃせざるべからざるものあり。
それで古人も終日なして而もこうせずといったが、もしこの直覚より見れば動中に静あり、して而も為さずということができる。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
ソコで今度の米国こうついても、役人が幕府から手当の金を一歩銀で請取うけとれば、亜米利加アメリカに行くときにはこれを洋銀のドルラルえなければならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
真に志士の天職を、まっとうする者と、しばし讃嘆の念に打たれしが、儂もまた、このこう決死せざれば、到底充分平常へいぜい希望する処の目的を達するあたわず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
われわれとこうを共にしてくれる元気な青年を加えたい、それと、兵糧のこと、これらの件に就て、郷党の間に信頼されている立派な口利きが欲しい
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
観光団解散後の北海所見はいずれ機を得て稿を改めるつもりである。このこうは初めより歌友吉植庄亮よしうえしょうりょう君と伴であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情こころも知らでたださかんなる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこのこうを送ると叫ぶも何かせん。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
サンフランシスコについた条約じょうやくとりかわしの使節しせつたちが、ワシントンへいくのとはんたいに、諭吉ゆきちたち咸臨丸かんりんまるの一こうは、日本にっぽんへひきかえすことになり
小さいこうりを出して、それに荷をつめてから「明暗」の残りをよむ。漱石先生は偉い。いかにも純日本人らしい心持があの作を通して漲って居る。東京へ手紙を書く。
ぴつ申入候もうしいれそろ過日御約束致置候いたしおきそろ中川漁船こうの儀は来月四日と致度いたしたくついては釣道具大半なかば破損致し居候間おりそろあいだ夜分にても御閑おひまの節御入来之上ごじゅらいのうえ右釣道具御繕おんつくろい直し被下候様奉願上候くだされたくねがいたてまつりそろ
この頃の子供はすべての野蛮人に共通しているように、げんきょにしてこうゆうなるものであった。いざ喧嘩だとなると身構えが違ってくる。さそりのように少年に飛びついた。
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
幼儀ようぎ雑箴ざっしん二十首を読めば、りつこうしんより、げんどういんしょく等に至る、皆道にたがわざらんことを欲して、而して実践躬行底きゅうこうていより徳を成さんとするの意、看取すべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう足手纏あしてまといになられるようなことはけっしてなかったともうすことでございます。
彼女かれなり。彼女かれなり。彼女かれならずしてたれかあるべき。その縫える衣の一針ごとに、あとはなけれどまさしくそそげる千こうなんだを見ずや。その病をつとめて書ける文字の震えるを見ずや。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「お聞きの通りです、拙者は、あの人たちとこうを共にしなければなりませぬ、辞退しても聞く人たちでありませぬ。そこであなたの御迷惑を考えて、その御相談を致そうと思っていたところなのです」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに元服げんぷくしたばかりの尾上松助おのえまつすけなどの一こうであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もしこのこうに、秀吉が加わっていたら、家康のこの行届き方を眺めて、真に誠意の現われとたか、これは喰えない曲者くせものと察したろうか。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
画家がかが、托児所たくじしょ小屋こやをとりいれて、新緑しんりょく木立こだち写生しゃせいしていました。役人やくにんや、学者がくしゃの一こうが、そのそばをとおりかかりました。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
長官に対して不従順全体今度の亜米利加アメリカこうついく私が擯斥ひんせきされたと云うのは、何か私が独りいようにあるけれども、実を申せば左様そうでない
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
こうしたしくじりをやりながら、使節しせつの一こうは、フランス・イギリス・オランダ・ドイツ・ロシアの国々くにぐにをたずねて、やく一年間ねんかん、ヨーロッパのたびをつづけました。
旬日に余る旅、しかも多く人の難とする険所をのみ選みしこうなれば、旅中の珍談奇談山のごとし。一々これを細舒さいよしおれば本誌全誌を挙げてもなお不足を覚ゆる位である。
かつおもえらく、のうもとより無智無識なり、しかるに今回のこうは、実に大任にして、内は政府の改良をはかるの手段に当り、外は以て外交政略に関し、身命を抛擲ほうてきするの栄を受く
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
よし、それでは言おう、頼みたいと言うのは、沢山あるが第一にわれわれが山の方へ入るについて、人数が手薄なのでこの辺の村から、われわれとこうをともにしてくれる元気な青年を加えたい。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
新兵衛たちは一こう四、五十人の徴税使をつれて世良田へ入った。といっても、義貞の居館へではない。その隣の“たちぼう”とよぶ寺だった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ドウも貴様は亜米利加アメリカこうの御用中不都合があるから引込ひっこんで謹慎せよと云う。勿論もちろん幕府の引込めと云うのは誠に楽なもので、外に出るのは一向構わぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
曲馬師きょくばしは、両親りょうしんからむすめをあずかりました。むすめは、そのひとたちの一こうくわわって、故郷こきょう出発しゅっぱつしたのであります。
笑わない娘 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いよいよ出立しゅったつの日妾に向かい、内地にては常に郷里のために目的をさまたげられ、万事に失敗して御身おんみにまで非常の心痛をかけたりしが、今回のこうによりて、いささかそをつぐない得べし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
使節しせっの一こうは、イギリスの軍艦ぐんかんオージンごうにのりこみ、品川しながわから出発しゅっぱつしました。
霎時しばらくにして海上を見渡せば、日はすでに没し、海波暗くして怒濤砂をき、遥か沖合には漁火いさりび二、三。我々はこのこうおわりてこの無限の太洋に面す。限りなき喜悦は胸にあふれて快たとえ難し。
慕蓉は兵を鼓舞するために、自身、城外の鼓楼ころう床几しょうぎを移して、兵一人てに酒三杯、肉まんじゅう二箇ずつを供与して、そのこうさかんにした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、みつばちが、先刻せんこくいった学者がくしゃたちの一こうであります。そのうちしろ洋服ようふくて、眼鏡めがねをかけた一人ひとりは、とこなつのはないているまえあゆりました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
小次郎からも、今度の小倉下向に、こうを共にするようにすすめた訳であった。ばばの心にはまだ又八への未練もあったが
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子曰夫孝天之経也しのたまわくそれこうはてんのけいなり地之義也ちのぎなり民之行也たみのこうなり。——このけいは、サダマリというのだ。そして、は、ここでは道理どうりという意味いみであって、たみすなわひとこうはこれをツトメというのだ。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
すでにして三軍は、成都の市街を離れて、郊外へさしかかったが、郊外へ出ればここにも田園の百姓老幼が、箪食壺漿たんしこしょうして、王師のこうをねぎらった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、はいているくつも、上等じょうとうのものとみえて、つるつるひかっていました、また、洋服姿ようふくすがたおんなひとも、一こうにまじっていました。そのひとゆびには、ダイヤモンドが、かがやいていました。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、向こうで気がついて、すぐわき道へかげをかくしたので、一こうの者もあえてわず、そのままさきをいそいでゆく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きゃくさまの一こうは、だんのまわりをひとめぐりして、そとのほうへていきました。ちょうど、がかげって、あかはないろは、くろえたし、しろはなのかおりは、さっぱりしなくなったのです。
托児所のある村 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いや以上のほかに、宗良むねなが親王も加わり、北畠親房もこうに加わった。吉野にはなくてはならない重臣の親房である。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、途中で別れ、そして燕青だけは、すぐ仲間の一こうに加わったが、どうしたのか、李逵だけは後ろに見えない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長の旅垢たびあかほこりにまみれた人馬は、三条河原の空地にひと先ずたむろをして、ここで一こう何十人の商人あきんどが、各〻の荷物を分け合い、道中の費用の頭割り勘定やら
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、まッくらな瀬田せた唐橋からはし小橋こばし三十六けん、大橋九十六けんを、粛々しゅくしゅくとわたってゆく一こう松明たいまつが、あたかも火の百足むかでがはってゆくかのごとくにみえた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その親房までがこうを共にしたのをみても、いかにこんどの挽回策に、後醍醐が、積極的であったかがわかる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこのいかもの部屋に、この間うちからゴロゴロしている一組は、厚木あつぎを焼け出されて以来、五日市、八王子の宿しゅくと流れあるいて来た御難つづきの旅役者の一こうです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この裏道うらみちをくるのにも、とちゅう、一、二ヵしょ山関やまぜきがあったが、小人数こにんずう関守せきもりや、徳川家とくがわけの名もない小役人などは、この一こうのまえには、鎧袖がいしゅうしょくあたいすらもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがてこの一こうが、かなり武蔵野の深くへかかった時、驚目にあたいする一人の女を見かけました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長は、欧州の遠くへ立つという、十六歳を頭とした少年使節のこうを、心からよろこんだ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駒を借りて官兵衛と衣笠久左衛門は羽柴家の列にいて、長浜までこうをともにした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)