みずか)” の例文
安「オヽ左様か、じゃアみずから稼いで苦しみ、金を貯めてなにかい身形を拵えて江戸へこうと云う訳か、どうも能く離縁が出たのう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
降りそそぐ雨にその心をうたせる事を何の考えもないうちにしてみずからの呼び起した雨雲あまぐもの空が自然の空の全部と思いなして居る人達だ。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼らは強いてみずからを愚弄ぐろうするにあらずやと怪しまれる。世に反語はんごというがある。白というて黒を意味し、しょうとなえて大を思わしむ。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏路地うらろじ佗住居わびずまいみずかやすんずる処あらばまた全く画興詩情なしといふべからず、金殿玉楼も心なくんば春花秋月なほ瓦礫がれきひとしかるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
神には撃たれ友には誤解せらる、みずから自己のために弁明するもすこしの効なく、神の我を苦むる手はゆるまず友の矢はますますしげきたり注ぐ。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この本陣の奥ふかく紛れこんでいたのだが、そのみずから名乗るごとく、旅のおんな占い師にしては、すこぶるあだすぎる風俗なので。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いてその醜さを見ようとする者は、茶室の床の間へ百燭光の電燈を向けるのと同じく、そこにある美をみずから追い遣ってしまうのである。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
世の中には面白くさえもないものも沢山あるのだから、こんな研究も一つ位はあっても良いだろうとみずから慰めている次第である。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
川手氏は、みずから開封する勇気がなく、封筒を博士の方へさし出した。博士は受取って、注意深く封を開き、一枚の用紙を拡げた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
我存在の中心を古手の思想に託して、それみずから高しとしていたのだ。が、私の別天地はたとえば塗盆ぬりぼん吹懸ふきかけた息気いきのような物だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
みずから曰く、「余は伊太利国民の多数の意志に忸怩じくじとして叩頭こうとうす、しかれども伊太利帝国は、到底余をその臣下の一に数うるあたわざるべし」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
予は漢土の風習にならうものではないが、気持としては、それほどみずからを責めておる。重治は直ちに中国へ行って、秀吉をたすけよ。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貴様きさまの言うごとくみずから天下を料理する考えを真面目まじめに有するなら、長州家老ちょうしゅうかろう適否てきひのごとき歯牙しがにかくるにあたいなきものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
しかりしこうして、我邦ひとりこれを他邦に取るものは何ぞ。けだし慣習癖かんしゅうへきみずから改むべからざると、愛国心のもっとも足らざるとによる。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
我が心を判然と親に答える事だけは如何いかに内気な娘でもみずから実行しなければなりません。それがいわゆる自分の運を作り出す事の一つです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ところが十秒もたたないうちに阿Qも満足して勝ちほこって立去る。阿Qは悟った。乃公はみずから軽んじ自らいやしむことの出来る第一の人間だ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
前後のない一念の念仏で、念仏みずからの念仏とでもいいましょうか。とやかく人間の智慧ちえで、その意味を詮索せんさくする余地もない念仏であります。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「うん。もっともじゃ。なれども他人はうらむものではないぞよ。みなみずからがもとなのじゃ。恨みの心は修羅しゅらとなる。かけても他人は恨むでない。」
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
蕭条しょうじょうたる秋風の音は、それみずから芭蕉の心霊の声であり、よるべもなく救いもない、虚無の寂しさを引き裂くところの叫である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そのみずかかんじた不愉快ふゆかいのこと、おろか人々ひとびと自分じぶん狂人視きょうじんししているこんなまちから、すこしでもたらば、ともおもうのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そして、もう、そのひとたちの雑踏ざっとうしているなかけて、公園こうえんや、名所めいしょや、方々ほうぼう建物たてもの見物けんぶつあるいている、みずからの姿すがたえがいていたのです。
銅像と老人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さっき君は、たしかに五弾命中とみずからいったではないか。それにもかかわらず、今さら一弾も命中せざるごとくいうのは何事だ。
さればその歌に吾妹子の語多きに対してますらをの語多きが如きまた以て彼が堂々たる大丈夫だいじょうぶを以てみずから任じたるを知るに足る。ますらをの歌
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
友達の旆騎兵中尉は、「なに、色文いろぶみだろう」と、みずから慰めるように、跡で独言ひとりごとを言っていたが、色文なんぞではなかった。
「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうかみずかあざむいていたわたしを可哀かわいそうに思って下さい。」
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誰にもみとられずに独り死んでいくに違いないその最後の日に、みずから顧みて最後まで運命を笑殺しえたことに満足して死んでいこうというのだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ただしはまたみずからもああいう美しいものを愛玩あいがんしていた時代が一度はあって、後ようやくに、寒い大きな島に移って行き
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その事は河口師みずから聞かれたのみならず、私もダージリンにおいてその噂を聞いて実に気の毒だとは思って居るけれども
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その夜またともに夢む。この度や蒋侯神、白銀の甲冑し、雪のごとき白馬にまたがり、白羽の矢を負いて親しくみずから枕にくだる。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……『古今註こきんちゅう』に、『鶴は千歳せんざいにしてそうとなり、二千歳にしてこくすなわ玄鶴げんかくなり。白鶴はっかくもまた同じ。死期を知れば、深山幽谷しんざんゆうこくにかくれてみずから死す』
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
検閲官がみずからそういう刺戟のみを受けたという事実によって、公衆がすべてそうであると認定することはできない。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
おどろきみずから抑えて、詞急に。)そして、そのお嬢さんもあなたにすっかり身の上を打明けてお話しなさいましたの。
しかるに嘉門の心の中では、限りなくお菊を可愛がってはいたが、みずからの性質がわざわいして、ずっとこれまではお菊に対して不注意の態度をとっていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
文一郎はすこぶ姿貌しぼうがあって、心みずからこれをたのんでいた。当時吉原よしわら狎妓こうぎの許に足繁あししげく通って、遂に夫婦のちかいをした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今まで息を殺していた土方歳三が大喝一声だいかついっせいみずかさっと太刀を引き抜くと、いなごの如く十余人抜きつれて乗物を囲む。
「坊ちゃん」のモデルの多いのは当然としても、みずから「赤シャツ」と称するのが出て来たりするから面白い。
スパーク (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私がみずから進んで、『親馬鹿の記』を書くような気持になったのは、子供がようやく物ごころづき、長じて小学校に入学するに及んで、これは冗談じょうだんではないぞ
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
何か弱点がないと大学の博士も手のつけようがない。そこでまさかの場合に止めるように煙草ぐらい喫っていようと翻然としてみずから決するところがあったのさ
閣下 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
王いまだかつて見ず、いまだかつてきかず、またいまだかつてこれを察せず。王のこれを殺す、またむべなり。ゆえにみずかかえりみて知らずんば、何によりて自ら信ぜん。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
第二十九条 吾党の男女は、みずから此要領を服膺ふくようするのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率あいひきゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
互いに軽蔑けいべつしながら附き合い、そうして互いにみずからをくだらなくして行く、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木との間柄も
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
勿論もちろん未熟者という意味のボク釣師とみずから言ったのは謙遜的で、内心に下手へた釣師と自ら信じている釣客ちょうかくはないのであるし、自分もこの二日ばかりは不結果だったが
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もう一度挨拶金を追加させ、特に目立って、吝嗇けちな大名は、その行列が通行する頃を見計らって、松平の御前みずから何ということなく門前のあたりを徘徊はいかいしながら
口小言くちこごとをいいながら、みずか格子戸こうしどのところまでってった松江しょうこうは、わざと声音こわねえて、ひくたずねた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
エホバ神は半陰陽ふたなりなりき。初めにみずからいとなみて、双生児ふたごを生み給えり。最初にはらより出でしは、女にしてエヴと名付け、次なるは男にしてアダムと名付けたり。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
然し翁はみずから信ずることあつく、子を愛すること深く、神明しんめいに祈り、死を決して其子をす可く努めた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
みずか振作しんさするの勇気は、もって笑いつつ天災地変に臨むことができると思うものの、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考えても事に対する処決は単純を許さない。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ヘンデルは音楽をお好きなうえ、みずからクラヴサンをよく演奏した女王アンにえっした後、超人的に天才を発揮してわずかに十四日間で歌劇「リナルド」を書き下して上演した。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
余は真に此時までく仔細にて仔細に心に留る事の出来ようとはみずから思いも寄らざりき、不意の事柄にて不意に此時現れたる能力なれば我が心の如何いかんくわし思見おもいみひまも無かりき。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
己の死ぬるまでの日数がもう四一は立っているぞ。なに。こう言って話すのが義務だなんぞというのも、やっぱりみずから欺くので、己が臆病おくびょうからこんな事をいうのかも知れないよ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)