あた)” の例文
富貴もいんするあたわずといったようなところがあった。私の父も、また兄も、洋服は北さんに作ってもらう事にきめていたようである。
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
選に入ることあたはざりしが編輯諸子の認むる所となり単行本として出版せらるるの光栄を得たるなり。原稿料この時七十五円なりき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
孔子……春秋をつくるに至りては、筆すべきは則ち筆し削るべきは則ち削り、子夏の徒も一辞をたすくることあたわず。弟子、春秋を受く。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
かつ事をなすには時に便不便あり、いやしくも時を得ざれば有力の人物もその力をたくましゅうすることあたわず。古今その例少なからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
これをもってこれを見れば、古来貞操に関するうたがいを受けて弁疏べんそするあたわず、冤枉えんおうに死せし婦人の中にはかかる類例なしというべからず。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四、マドロンネット監獄においては、たとい金を払うも囚徒に椅子いすを与えざる特殊の規則あれど、その何ゆえなるやを解するあたわず。
同情を呈する事あたはず、いはんや、気宇かめの如くせまき攘夷思想の一流と感を共にする事、余輩の断じて為すこと能はざるところなり。
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
して此より後病いよ/\つのりて足立たず門を出づるあたはざるに至りし今小園は余が天地にして草花は余が唯一の詩料となりぬ。
小園の記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
千里の竜馬槽櫪さうれきの間を脱して鉄蹄を飛風に望んで快走す、何者も其奔飛の勢を遏止あつしするあたはず、何物も其行く所を預想する能はず。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
此れより山間の屈曲せる処を通る。径路あるも、然れども予が目には知る事あたわざるなり。数回すかい川を渡り、峻坂しゅんはんを登り、オヨチに至る。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
李克りこくいはく、『たんにしていろこのむ。しかれどもへいもちふるは、司馬穰苴しばじやうしよぐるあたはざるなり』と。ここおい文矦ぶんこうもつしやうす。
もし芥種からしだねのごとき信仰あらば、この山に移りてここよりかしこに移れとうとも、かならず移らん、また汝らにあたわざることなかるべし
予は梅花を見る毎に、峨眉がびの雪を望める徐霞客じよかかくの如く、南極の星を仰げるシヤツクルトンの如く、鬱勃うつぼつたる雄心をも禁ずることあたはず。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
己れに克つことあたわずして世界に勝つことは、一時的に出来ぬこともなかろうが、恒久の勝利を得ることは望み難い。古人の書にいわ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その花さくときはその稈は花後遂に枯死しその根茎すなわち鞭は大いにその勢力を減殺せられた大形の竹稈を生ずることあたわず。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
一切は意識統一に由りて生ずるが故に、神は全知全能であって知らぬ所もなくあたわぬ所もない、神においては知と能と同一である。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
彼らは一秒時も、わが裸体なるを忘るるあたわざるのみならず、全身の筋肉をむずつかして、わが裸体なるを観者に示さんとつとめている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
特に垂示すいじを煩わす次第でござるが、しかし、あの和尚のこと故に、時々脱線して……凡慮にはあたわぬことをいい出されるやも知れない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は、その笑みを、あたうかぎり、知己朋友に、万遍なくふりいて、やがて、どよめく声援者につつまれながら、新しい小舟へ乗った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英吉君、あたうべくは、我意を体して、よりうつくしく、より清き、第二の家庭を建設せよ。人生意気を感ぜずや——云々の意をしたためてあった。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これが即ち寺院教会等の起源を為すもので、宗教も畢竟ひっきょう社会現象の一たるものだ。しかるに社会的生活には、多少その間に娯楽なきあたわず。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
されどもし仮に匕首ひしゅを喉に擬するとするに、何故か知らねど、少しく躊躇して、断行することあたわざる一点の理由の存するが如きを覚ゆ。
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
日本人がやれることを、どうしてアメリカ人がなしあたわざるであろうか、ain’t it? というむずかしいことになった。
南部の鼻曲り (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
同時に近くの村々からあたう限り使いふるした品々を集めることを委託した。(後に郡守から幾箱かの荷が東京にまで届けられた)
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
封建武士の心胆は、その腰間ようかんよこたう双刀の外に出でず。この時にして徳川幕府の万歳ならざらしめんと欲するも、もとよりあたわざる所なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ただ少なくとも陸中五葉山のふもとの村里には、今でもこれを聴いて寸毫すんごうも疑いあたわざる人々が、住んでいることだけは事実である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
其の臣下に対しては儹上せんじょうに堪うるあたわざらしむるものであるから、織田有楽うらくの工夫であったか何様であったか、客席に上段下段を設けて
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
遊佐は実にこの人にあらず、又この覚悟とても有らざるを、奇禍にかかれるかなと、彼は人の為ながら常にこのうれひを解くあたはざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
粗雑なようで優婉ゆうえんであり、ごちごちしているようで精緻を極め一度ページを開いたが最後、文字通り巻を蔽ふあたわざらしめる。
黒岩涙香のこと (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
此の時にあたり、幾多主観的作家の擾々ぜう/\たるを見て一国民的詩人もしくは一客観的詩人を見るあたはざる、蓋しまた自然の数にはあらざるか。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
当時、諭吉はきゅう中津藩なかつはんの士族にして、つと洋学ようがくに志し江戸に来て藩邸内はんていないに在りしが、軍艦の遠洋航海えんようこうかいを聞き、外行がいこうねんみずから禁ずるあたわず。
積年の病ついに医するあたわず、末子ばっし千秋ちあき出生しゅっしょうと同時に、人事不省におちいりて終にたず、三十六歳を一期いちごとして、そのままながの別れとなりぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そうして、あたくんばの小僧の貧相な顔つきと、哀れな服装と、すぼらしい境遇とに、一ぺんの同情を寄せてくれ給え。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
立山の権現堂ごんげんどうより峰伝えに別山に赴く山路の如く一面に花崗片麻岩かこうへんまがんにてガサガサ岩の断崖絶壁削るが如く一歩も進むあたわず
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
其方そちらおもよりもあらばつてれとてくる/\とそりたるつむりでゝ思案しあんあたはぬ風情ふぜい、はあ/\ときゝひとことばくて諸共もろとも溜息ためいきなり。
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
こばまんとしてあたわず。公子は取りし女子の手を唇にあてんとす。奥より不意に、笑声起こる。女子取られし手を振りはなし
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「肉身のまま火も焼くことあたわず、水もおぼらすことの出来ない威力を得るまでは、どんな苦労でも修業は絶対に止めまい」
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
不快な冷水を浴びた彼は改めて不快な微温湯を見舞われたのだ。それでも彼はあたうかぎり小作人たちに対して心置きなく接していたいと願った。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「イイエ決して気には留めません、何卒どうか先生を御大切ごたいせつに、貴嬢あなた御大事ごだいじ……」みなまで言うあたわず、急いで門を出て了った。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私の尊崇おくあたわなかった「七つの海の潮の香」も、「大胆沈着・傍若無人の不敵な空気」もどこかへすうと消えてしまって、かわりにそこに
すなすべりのたにじつたにばるゝごとく、吾等われら最早もはや一寸いつすんうごことあたはず、くわふるに、猛獸まうじう襲撃しふげき益々ます/\はなはだしく、この鐵檻車てつおりのくるまをもあやうくせんとす。
年季職人ねんきしよくにんたいを組みて喧鬨けうがうめに蟻集ぎしうするに過ぎずとか申せば、多分たぶんかくごと壮快さうくわいなる滑稽こつけいまたと見るあたはざるべしと小生せうせい存候ぞんじそろ(一七日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
私共は言語に尽せぬ絶大なる感謝と喜びとを禁じあたわなかったのでありますが、この木函の持つ重さ比重を測りまして
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
エマルソン言えることあり、最も冷淡なる哲学者といえども恋愛の猛勢に駆られて逍遙しょうよう徘徊はいかいせし少壮なりし時の霊魂が負うたるおいめすまあたわずと。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
エ、篠田さん、大和さんに御遠慮申したのでは御座いませぬが」、梅子は言はんと欲して言ひあたはざるものの如し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
心思の自由は天地を極め古今をきわめて一毫いちごう増損なき者なり。しかれども文物の盛否と人の賢愚とに因り、その及ぶ所あるいは少差異なきことあたはず。
去れば余はお老人のそばを去るあたわず、更に死体しがいの手を取りてあらたむるに、余の驚きは更に強きを加えきたれり、読者よ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「所謂、万機公論に決せんとするも、亦国会を興して以て、全国の代議人を会するに非ざれば、あたはざる也。」云々。
「汝ら幼児おさなごの如くならざれば天国にあたわず」といって、ナザレのイエスは私たちに幼児おさなごを知れとおっしゃった。
おさなご (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
なほも一つ言ひたい事がある、それは翻訳なるものは、あまりあてにならないといふ事である。あたふべくは翻訳などは見ない事にして貰ひたいのである。
翻訳製造株式会社 (新字旧仮名) / 戸川秋骨(著)