紅葉もみじ)” の例文
そしてもう少しずつ紅葉もみじの色づいた絵のような景色けしきを右近はながめながら、思いもよらぬ貴族の家の女房になっていることを感じた。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人々のすがたはみな、紅葉もみじびたように、点々の血汐ちしおめていた。勇壮といわんか凄美せいびといわんか、あらわすべきことばもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁度山々では紅葉もみじが赤らむのでね、善光寺詣りの団体くずれが、大群をなして温泉めぐりをやり、しぶからこの上林へとくり上って来る。
だから自然がひととおり四季の色を見せてしまったあとでは、再び去年の記憶を呼び戻すために、花や紅葉もみじを迎える必要がなくなった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よく見ると簑は主に紅葉もみじの葉の切れはしや葉柄ようへいつづり集めたものらしかったが、その中に一本図抜けて長い小枝が交じっていて
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
燃えるように紅葉もみじしはじめ、夜更よふけの空をわたる風の音もいつかしら寒ざむとして、ま近に来ている冬を思わせる日々となった。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浅草観音堂とその境内けいだいに立つ銀杏いちょうの老樹、上野の清水堂きよみずどうと春の桜秋の紅葉もみじの対照もまた日本固有の植物と建築との調和を示す一例である。
美しい酔っぱらい奥さんが、薄物にすき通る股を拡げて、ミットのない両手を、紅葉もみじの様に拡げて、勇ましく、なまめかしく答えた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雄二が腰をおろした切株きりかぶそばに、ふと一枚の紅葉もみじの葉が空から舞って降りてきました。雄二はそれをひろいとると、ポケットに収めておきました。
誕生日 (新字新仮名) / 原民喜(著)
連歌師がその力を尽したるは主としてかすみ、雪、月、花、紅葉もみじ時鳥ほととぎす、等のありふれたる題目にして、その他の題目はその句極めて少きを見る。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と、つぶやいたが、ちょいと癪にさわる気がして、中村座のつい前の、結城座で、あやつりを見たが、しものが、何と「女熊坂おんなくまざか血潮ちしお紅葉もみじ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
秋もようやくたけなわなころに、二人は紅葉もみじを探りに二三日箱根へ旅してみたが、帰って来たころには、葉子の懐ろも大分寂しくなっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
美しくえがかれた梅や牡丹ぼたんや菊や紅葉もみじの花ガルタは、その晩から一雄の六いろの色鉛筆で惜しげもなくいろどられてしまいました。
祖母 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「まだ紅葉もみじにはお早ようございますが、一体どういう御用でおいでなさいましたか、どうぞ御用を仰せつけてください。」
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
それは、西洋封筒に入れた一枚の紅葉もみじで、封筒の表にはきれいな字で日附が書いてあった。秋作氏と二人きりで高尾山へ行った日の日附である。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
絶体絶命で脇差へ手をかけながら左へ飛び抜けたがんりきの右の手を、二の腕の半ばからスポリ、血が道標へさっ紅葉もみじ
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
人もようよう散れかかる紅葉もみじのかげのかけ茶屋に。しばしやすらう二人の男。人品いやしからざるが。立ち上りながら。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
何にも知らない平次は、まだ洒落しゃれを言っております。朝陽にカッと照らされる函嶺の紅葉もみじ——その色に酔うような心持で、二人は麓へと急ぎました。
滝は、大太鼓おおだいこをたくさん一どきにならすように、どうどうとひびきをあげて落ちている。春木は帽子ぼうしをぬいで、汗をぬぐった。紅葉もみじかえでがうつくしい。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こういうことがあってから一月ほどの日がった。万山を飾って燃えていた紅葉もみじの錦は凋落ちょうらくし笹の平は雪にずもれた。冬ごもりの季節が来たのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東の方は手児名てこなやしろ、そのうしろかめより水が流れ、これより石坂を登ると、弘法寺の堂の前に二葉の紅葉もみじ、秋の頃は誠に景色のい処でございます。
木々は野生のばえのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深くしげりて小川の水も暗く、秋は紅葉もみじにしきみごとなり。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
自分の顔が紅葉もみじを散らした如くになったのが、自分でもわかった。私は自分の照れくさい気持に恰好をつけたく
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
毎日きれいに照らす日の目も、毎晩美しくかがやく月の光も、青いわか葉もあか紅葉もみじも、水の色も空のいろどりも、みんな見えなくなってしまうのです。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
山間さんかん湖水こすいのようにった、気高けだかひめのおかおにも、さすがにこのとき情思こころうごきがうす紅葉もみじとなってりました。わたくしかまわずいつづけました。——
舞台には渓流けいりゅうあり、断崖だんがいあり、宮殿きゅうでんあり、茅屋ぼうおくあり、春のさくら、秋の紅葉もみじ、それらを取り取りに生かして使える。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
忠通は当座の引出物ひきでものとして、うるわしい色紙短冊と、紅葉もみじがさねの薄葉うすようとを手ずから与えた。そうして、この後ともに敷島の道に出精しゅっせいせよと言い聞かせた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紅葉もみじするのは、して、何時か末枯すがれて了っている中に、ひょろ/\ッと、身長せいばかり伸びて、せいの無いコスモスが三四本わびしそうに咲き遅れている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
最後の人家を過ぎてしばらく行く程に、イタヤの老樹ろうじゅが一株、大分紅葉もみじした枝を、ふり面白くさしべて居る小高いおかに来た。少し早いが此処で昼食ちゅうじきとする。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
血したたるが如き紅葉もみじの大いなる枝を肩にかついで、下腹部を殊更ことさらに前へつき出し、ぶらぶら歩いて、君、誰にも言っちゃいけないよ、藤村とうそん先生ね、あの人
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
がらり、紅葉もみじ湯の市松格子が滑ると、角の髪結海老床えびどこの親分甚八、蒼白い顔を氷雨ひさめに濡らして覗き込んだ。
例の上層うえが干菓子で、下が銀貨しろいのだから、たまらないさ。紅葉もみじが散る雪が降る、座敷じゅう——の雨だろう。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
祖母が千住へ行く時、弟への土産みやげのためです。木の葉の麺麭パンといって、銀杏いちょう紅葉もみじ、柿の葉などの形の乾いた麺麭に、砂糖が白く附けてあるのが弟の好物でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
八重桜と紅葉もみじにしきと、はりぼての鹿とお土産みやげと、法隆寺の壁画、室生寺むろうじ郡山こおりやまの城と金魚、三輪明神みわみょうじん恋飛脚大和往来こいびきゃくやまとおうらい長谷寺はせでら牡丹ぼたんときのめでんがく及びだるま
岡にも里にもたちこめた霧のたえまから濃い紅葉もみじの色がみえて人たちは雨にもめげずこの遅くまで稲を刈っている。なごりおしくいつまでもいつまでも立ちつくす。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
薄暗いほど欄間らんまの深い、左甚五郎の作だという木彫のある書院窓のある、畳廊下のへだての、是真ぜしんいた紅葉もみじふすまをぴったり閉めて、ほかの座敷の、鼓や、笛の音に
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
業平朝臣なりひらあそんの(名にしおはゞいざこととはむ)歌の心をまのあたり、鳥の姿に見たいと言ふ、花につけ、月につけ、をりからのきく紅葉もみじにつけてのおもよりには相違あるまい。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
根本羽嶽が十月三日に八十五歳で歿した。四十年には保の四女紅葉もみじが十月二十二日に生れて、二十八日に夭した。これが抽斎歿後の第四十八年に至るまでの事略である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
海上には、平家の赤旗のちぎれたのが、いくつも漂っていて、丁度、紅葉もみじを散らしたようであった。乗手を失った舟が、何艘も、行方知らぬ波に任かせて散らばっている。
「ええ。みんな伯母が自慢のものです。胴の模様もこの通り春の桜、夏の波、秋の紅葉もみじ、冬の雪となっていて、その時候に打つと特別によく鳴るのです。打って御覧なさい」
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
我儘わがまま太閤たいこう殿下は「奥山に紅葉もみじ踏み分け鳴く蛍」などという句を詠じて、細川幽斎に、「しかとは見えぬ森のともし火」と苦しみながらうなり出させたという笑話を遺して居るが
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
来熊らいゆう以来はすこぶる枯淡の生涯を送り居り候。道後の温泉にて神仙体を草したること、宮島にて紅葉もみじに宿したることなど、皆過去の記念として今も愉快なる印象を脳裡にとどめ居り候。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「さては金眸が棲居すみかなんめり」ト、なほ近く進み寄りて見れば、彼の聴水がいひしにたがはず、岩高く聳えて、のみもて削れるが如く、これに鬼蔦のひ付きたるが、折から紅葉もみじして
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
春ならば花さかましを、秋ならば紅葉もみじしてむを、花紅葉今は見がてに、常葉木とこわぎも冬木もなべて、緑なる時にしあれば、遠近おちこちたたなづく山、茂り合ふ八十樹やそき嫩葉わかば、あはれともしたまはな。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひえの紅葉もみじ長柄ながらにしき横川よかわの月を見やりたまいしも、金がなくてはさらにおかしくもおもしろくもあるまじ、ただ世の中は黄金にこそ天地もそなわり、万物みなみなこれがなすところにして
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
あの堀川の御所ごしょうかがわれます通り、若殿様が若王子にゃくおうじに御造りになった竜田たつたの院は、御規模こそ小そうございますが、菅相丞かんしょうじょうの御歌をそのままな、紅葉もみじばかりの御庭と申し、その御庭を縫っている
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花火を出して見ると、まだ、そんなに湿ってはいないらしい。彼は電燈を消して、マッチをる。暗闇に、細い・硬い・輝きのない・光の線がはしって、松葉が、紅葉もみじが、咲いて、すぐに、消える。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
此下駄このげた田町たまちまでことかといまさら難義なんぎおもへども詮方せんかたなくて立上たちあが信如しんによ小包こづゝみをよこに二タあしばかり此門このもんをはなれるにも、友仙ゆうぜん紅葉もみじのこりて、てゝぐるにしのびがた心殘こゝろのこりして見返みかへれば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
紅葉もみじを折つて帰る人は
色ガラスの街 (新字旧仮名) / 尾形亀之助(著)
すぐ裏を行く加茂川の水には、もう、都から遠い奥の紅葉もみじが浮いてくる。近くは、東山の三十六峰も真紅しんくに燃えている秋なのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)