真中まんなか)” の例文
旧字:眞中
そこへ、中仕切なかじきりの障子が、次のあかりにほのめいて、二枚見えた。真中まんなかへ、ぱっと映ったのが、大坊主の額の出た、唇のおおきい影法師。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四角にきった豆腐の真中まんなかさじの先でくり抜いてその中へ玉子の黄身のザット湯煮ゆでたのを落してそれをそうっと沸湯にえゆで湯煮て別にくずの餡を
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
庭を東へ二十歩に行きつくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかくりの木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたが少しもお立ち留りなさらずに、わたくしを引きって、そらけるような生活の真中まんなかへ駈込んでおしまいなさったのですもの。
翁の書斎は予が見たこの国のの文学者の書斎に比べて非常に狭くつ質素な物で、六畳敷程の二室ふたまを日本の座敷流に真中まんなかを打抜き
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ハッと驚いた長庵が、声のする方へ眼をやると、いつ来てそこへ捨られたものか、道の真中まんなかに女駕籠が引き戸を閉じたまま置かれてある。
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そしてお客達の真中まんなかすわって、チヤホヤする村の客人達に向って、ゲラゲラ笑ってばかりいた。客人はえらい人達がやってきた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
けてゐる眼鏡めがねをはづして、蘿月らげつつくゑを離れて座敷ざしき真中まんなかすわり直つたが、たすきをとりながら這入はいつて来る妻のおたき来訪らいはうのおとよ
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
カタリと音がして、スクリーンの上に、青白い光芒こうぼうが走った。こんどは十六ミリであるから、画面はスクリーンの真中まんなかに小さくうつった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
三日たってから、甚兵衛はそっと人形部屋べやのぞいてみました。すると部屋へや真中まんなかに、大きなひょっとこの人形が立っています。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そんな事を云って自分の御機嫌を取るつもりに相違ない、そうで無ければこんな海の真中まんなかで云い出す訳がない、そう思っていた。
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんな道の真中まんなかなどで鰈になつたら、ちやうど、れふしの魚籠びくから、はね出した鰈のやうに、砂の上でぺんぺん跳ねてゐなければなるまい。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
形は三尺から四尺、顔の真中まんなかに眼がただ一つであるほか、全く人間の通りで、身には毛もなくまた何も着ず、二三十ずつ連れだってあるく。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
真中まんなかから綺麗に分けた毛は、いくらか胡麻塩になりかけましたが、血色の良い見上げるような若い頃美男で鳴らしたおもかげを充分留めて居ります。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ヒュッテの中には部屋の真中まんなかに大きいストーヴがあって、番人の老人が太い三じゃくもある立派な丸太を惜しもなくどんどん燃してくれている。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そうしていて、なん容赦ようしゃもなく、このあわれな少女むすめを、砂漠さばく真中まんなかれてって、かなしみとなげきのそこしずめてしまいました。
それを引揚げて置いて、毎晩わしが鼻緒をたって、ギュウッと真中まんなかを締めて置いた、それに水の中へへいったんだからせんより丈夫になって居りやす
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ここの城はなかなか堅固に出来て居りまして、その南方に当り両脇りょうわきの山に沿うて大いなる石塀いしべいが建てられてありその真中まんなかに門が二つあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
法科大学教授大川わたる君は居間の真中まんなか革包かばんを出して、そこらぢゆうに書物やシヤツなどを取り散らして、何か考へては革包の中へしまひ込んでゐる。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
八畳の真中まんなか都鳥みやこどりの模様のメリンスの鏡子の蒲団が敷かれてある、その右の横に三人の男の子のとこが並んで居て、左には瑞木と花木が寝て居る。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と、きゅうひと院長いんちょうだとわかったので、かれ全身ぜんしんいかりふるわして、寐床ねどこから飛上とびあがり、真赤まっかになって、激怒げきどして、病室びょうしつ真中まんなかはし突立つったった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
危険がようやく迫ると知って、重太郎の眼はにわかけわしくなった。彼は例の野性を再び発揮したのであろう、洋刃ないふ逆手さかてに持って庭の真中まんなかに進み出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
家の前には五六十本の低い松の植込みがあって、松のこずえからいて見える原っぱは、二百つぼばかりの空地あきちだ。真中まんなかにはヒマラヤ杉が一本植っている。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
知らずのお絃は——お絃流の、なに、そんなものはないが、とにかく、喧嘩の真中まんなかへ割り込んで、えん然にっこり名たんかを切ろうという物凄ものすご姐御あねご
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あのにぎやかな日本橋の真中まんなかにあった私の家が、こう云う辺僻へんぴな片田舎へ引っ越さなければならなくなってしまったこと、昨日に変る急激な我が家の悲運
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこの家はいつも格子がすっかりはまっていて、黒い前掛けをかけた、真中まんなかから分けた散髪の旦那だんなと、赤い手柄の細君がいる奇麗な小さな角店だった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ウンウン藻掻もがいている真中まんなかで、自分一人がグーグー眠れたらドンナにか愉快だろう……なんかと、そんな事ばっかりを、一心に考え詰めている矢先やさき
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
加代 だつて、おつさん、鉄ちやんばかりが危い目に会ふんぢやないわよ。あたしたちも戦争の真中まんなかにゐるのよ。
行って見ると、玄関の格子こうしの中には、真中まんなかから髪を割って、柄の長い紫のパラソルを持った初子はつこが、いつもよりは一層溌剌はつらつと外光にそむいてたたずんでいた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
平坦へいたん北上総きたかずさにはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中まんなかほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それは、ほとんど野原の真中まんなかといっていい。たいていは、階段の下までりるだけである。その時々で違う。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それはガニマール探偵の行方不明と、ロンドンの真中まんなかで、しかも真昼間まっぴるまに起った誘拐事件、それは英国の名探偵ヘルロック・ショルムスの誘拐事件であった。
雨も小降こぶりになり、やがて止んだ。暮れたと思うた日は、生白なまじろ夕明ゆうあかりになった。調布の町では、道の真中まんなかに五六人立って何かガヤ/\云いながらを見て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蝶子は泣けもしなかった。夕方電灯もつけぬ暗い六畳の間の真中まんなかにぺたりと坐り込み、うでぐみして肩で息をしながら、障子紙の破れたところをじっと睨んでいた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
生死の巷をさまよはせられたあの大動乱の真中まんなかに、中心となるべき主人のゐなかつた寂しさが、どのくらゐヒステリー質の彼女の心持を苛立たせたか知れなかつた。
余震の一夜 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
八九人の中に怪しい紋附羽織もんつきばおりの人が皆黙って送って行く——むろん本尊の花嫁御寮はなよめごりょうはその真中まんなかにしかも人力車じんりきに乗って御座ござる——がちょうど自分の眼の前に来かかった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
あの駅前の雑沓ざっとう真中まんなかで、しかもってからの出来事である、仮令たとえ明智の怒鳴り声を聞いた者があったとしても、そんな怒鳴り声は駅前では珍らしくもないのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
左の胸に突込つっこんだるナイフの木の現われおる。この男舞台の真中まんなかに立ち留まり主人に向いて語る。
都から二十里ばかり北に離れた丹波たんばの国のある村に、三人の兄弟がありました。一番上の兄を一郎次いちろうじと言いました。真中まんなか二郎次じろうじと言い、末の弟を三郎次さぶろうじと言いました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ままになるならこの丸髷まるまげを、元の島田にしてみたい」位なもので、東京の真中まんなか、新橋や赤坂等の魔窟まくつで、小生意気なハイカラや醜業婦共の歌う下劣極まる唄に比すれば
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「だが、君、今夜の最大奇観ともいひつべきは、篠田長二の出て来たことだ、幹事の野郎も随分ずいぶん人が悪いよ、餅月と夏本の両ハイカラの真中まんなかへ、筒袖つゝツぽを安置したなどは」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
八百屋の吉五郎きちごらう大工だいくの太吉がさつぱりと影を見せぬが何とかせしと問ふにこの一件であげられましたと、顔の真中まんなかへ指をさして、何の子細なく取立ててうはさをする者もなし
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
町のからす 「ピツコロさん。こゝは町の真中まんなかですよ。泣くんなら、横丁へはいつてお泣き。」
〈ピツコロさん〉 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
勿論屍体はあの通り麻縄でガッチリ縛り、海の真中まんなかおもしを着けて沈めたんさ。犯人の頭脳のレベルは決して高いものではないね。まあ九分九厘知識階級の人間でない事は確かだ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
二人は互いに駈寄かけよると、野原の真中まんなか相抱あいいだいて、しばし美しい師弟愛のなみだにかきくれた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ジャブジャブと水を掻き分けて、河の真中まんなかの向うから、また一つ黒い影が近づいた。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
船は追手おいての風でなみの上をすらすらと走って、間もなく大きな大海おおうみ真中まんなかへ出ました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
何しろ八っちゃんよりはずっと沢山こっちに碁石があるんだから、僕は威張っていいと思った。そして部屋の真中まんなかに陣どって、その石を黒と白とに分けて畳の上に綺麗きれいにならべ始めた。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
内が余り寂然ひっそりしておるので「お源さん、お源さん」と呼んでみた。返事がないので可恐々々こわごわながら障子戸を開けるとお源は炭俵を脚継あしつぎにしたらしく土間の真中まんなかはりへ細帯をかけて死でいた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
大きくない魚を釣っても、そこが遊びですから竿をぐっと上げて廻して、後ろの船頭の方にる。船頭は魚を掬って、はりはずして、舟の丁度真中まんなかの処に活間いけまがありますから魚を其処そこへ入れる。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)