しばら)” の例文
(坊ちゃんが二、三人あったように記憶していたので)しばらくして、私たちの国語の教師には早大出の大井三郎と云うひとがきまった。
私の先生 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その栄町と大津町との交叉点に立つて、しばらくの間、眼を四方に配るならば、モダーン名古屋の特徴がしみ/″\感ぜられるであらう。
名古屋スケッチ (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
しばらくすると、彼の手がおじおじと、今抛り出したばかりの写真の方へ伸びて行った。しかし広げて一寸ちょっと見ると、又ポイと抛り出すのだ。
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
走行中に不意に背後から、今何キロか、とたずねても容易に答えられない。しばらくは線路の砂利の色や、遠景の動くさまに見入ってしまう。
しばらくするとドカドカと二、三人の人が、入りのすくない土間どまの、私のすぐ後へ来た様子だったが、その折は貞奴の出場でばになっていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
借金取がひきあげ、戸が閉じ、跫音が去る。はりつめた力がぬけて板の間へヘタヘタ倒れ、しばらくはまったく意識がなくなってしまう。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
手品師はそれを受取ると五尺ほどの足のついた台上に置いて、自らは蝋燭らふそくともし、箱の上下左右を照して、しばらくはぢつと目をつぶつた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
そして、身体をふるわしながら、堤の上へ這上はいあがって、又、しばらく、四辺を、警戒していたが、静かに、指を口へ入れて、ぴーっと吹いた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「ねえ、」とおかあさんがった。「あの田舎いなかきましたの、ミュッテンの大伯父おおおじさんのとこへ、しばらとまってるんですって。」
そのうつくしいそらうばはれてゐたを、ふと一ぽん小松こまつうへすと、わたし不思議ふしぎなものでも見付みつけたやうに、しばらくそれにらした。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
清二はゲートルをとりはずし、しばらくぼんやりしていた。そのうちに上田や三浦が帰って来ると、事務室は建物疎開の話で持ちきった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
通りかかるホーカイぶしの男女が二人、「まア御覧よ。お月様。」といってしばらく立止ったのち、山谷堀の岸辺きしべに曲るが否や当付あてつけがましく
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
孝之助は喪中だったから、藩主が帰国しても、なおしばらくは登城しなかった。そのあいだに、思いがけないとり沙汰をいろいろ聞いた。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しばらくそうして馬鹿のような顔をして、バットと私とを見比べた後、彼は黙って、私が与えたバットの箱をそのまま私に返そうとした。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その顔は輝くばかりに美しかった、と書いて、おごそかに眼をつぶりしばらく考えてから、こんどは、ゆっくり次のように書きつづけた。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この時崩れかかる人浪はたちまち二人の間をさえぎって、鉢金をおおう白毛の靡きさえ、しばらくの間に、めぐる渦の中に捲き込まれて見えなくなる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その鞭にあきたらずして塾の外に飛出とびだした者はその行動の自由であることを喜ぶであろうが、その喜びはしばらくのことであろうと思う。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しばらくのあひだまつた法廷ほふていうへしたへの大騷おほさわぎでした。福鼠ふくねずみしてしまひ、みんながふたゝ落着おちついたときまでに、料理人クツク行方ゆきがたれずなりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
およそそう云う趣意を以て二人を説き付けて、しばらく妙子を世間の眼から遠ざけ、妊娠の事実をなるたけ誰にも知られないようにしよう。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
急にへやの中が暗く陰気となった。しばらくして、また窓を開けて見ると、まだ烏が青桐に止っていた。……とうとう日が暮れてしまう。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
爺さんはしばらく口の中で、何かぶつぶつ言ってるようでしたが、やがて何か考えが浮んだように、にわかにニコニコとして、こう申しました。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
「ふん、坊主ばうずか」とつてりよしばらかんがへたが、「かくつてるから、こゝへとほせ」とけた。そして女房にようばうおくませた。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
私はしばらく待たされた後、調室に呼ばれた。頭髪を短く刈った、肩の角張ったいかにも警察官らしい人が、粗末な机の向うに座っていた。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しばらくの間お幸は前よりも早足ですた/\と道を歩いて居ましたがまた何時の間にか足先に力の入らぬ歩きやうをするやうになりました。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
恭三の素気そっけない返事がひどく父の感情を害したらしい。それに今晩は酒が手伝って居る。それでもしばらくの間は何とも言わなかった。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
女は上唇うわくちびる下唇したくちびるとを堅く結んで、しばらく男の様子を見ていたが、その額を押さえている手を引き退けて、隠していた顔をのぞき込んだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
アーストロフ (ドアの向うで)ただいま! (ややしばらくして登場。ちゃんとチョッキとネクタイをつけている)何かご用ですか。
あけて出かかりしが、にわかにぞっとしたように、かまちに腰をおろしたまましばらく無言。重兵衛は再びランプをともせば、土間は明るくなる。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だがその行先はしばら秘中ひちゅうの秘としてあずかることとし、その夜更よふけ、大学の法医学教室に起った怪事件について述べるのが順序であろう。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
船頭せんどうくら小屋こやをがらつとけてまたがらつとぢた。おつぎはしばらつててそれからそく/\とふねつないだあたりへりた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と止せばいのに早四郎はお竹の寝床の中で息をこらして居りました。しばらつとそっ抜足ぬきあしをして廊下をみしり/\と来る者があります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しばらく溜めて日に干しておくとカラカラになりますから擂鉢すりばちかあるいは石臼いしうすき砕いてふるい幾度いくども篩いますと立派なパン粉が出来ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それから、またしばらくの後、或る日私が仕事場で仕事をしていると、一人の百姓のような風体ふうていをした老人が格子戸こうしどけてたずねて来ました。
彼は池のほとりにえられた粗末なベンチに腰を下ろして、しばらく静かな景色に見とれていたが、雑木林の中を歩きながら考えた。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しばらくして自分は千枝ちやんが可哀かはいさうになつたから、奥さんに「もうあつちへ行つて、母とでも話してお出でなさい」と云つた。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
卒業後ビクターの宣伝部とかにしばらく勤めていたが、郷里に帰って女学校に奉職し、今の夫君のところに来られたのだそうである。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
しばらくすると川向かわむこうの堤の上を二三人話しながら通るものがある、川柳のかげで姿はく見えぬが、帽子と洋傘こうもりとが折り折り木間このまから隠見する。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これを取り彼をひろげてしばらくは見くらべ読みこころみなどするに贈りし人の趣味はおのずからこの取り合せの中にあらはれてきょう尽くる事を知らず。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その上相手をめ切った小僧は、双手を懐中へ入れたままで、しばらくは庭草の上に摺りつけられた自分の頬を挙げる余力も無かったのです。
高岡軍曹たかをかぐんそうしばらくみんなのかほてゐたが、やがて何時いつものやうにむねつて、上官じやうくわんらしい威嚴いげんせるやうに一聲ひとこゑたかせきをした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
しかし日本は地方の事情は区々まちまちで、或る土地でつとに改めてしまったものを、まだ他の土地ではしばらく残していたという例が幸いにして多い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さてわれわれ男たちは何事をしゃべってよろしきか、女給は何を語るべきか、細君は如何なる態度を示すべきかについてはしばらくの間
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
一目惚れというかなんて早いやつだと、しばらく二人を見くらべながらうなっていたのだ。しかし、その翌日すべてが明らかになった。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
四人はこうしてしばらにらみ合いの姿で黙っていたが、赤鸚鵡はこの様子を見て奇妙な声を出して、ケラケラと笑いながら云った——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
やはり、手探りしながら、歩く暗さで、しばらくゆくと、突然とつぜん、足下のゆかが左右にれだし、しっかりみしめて歩かぬと、転げそうでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「山田さま、しばらくでございました、もう十五六年にもなりますから、お忘れになってらっしゃると思いますが、私は森山節でございます」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かすひとの有べきやはて不思議なる事もあるものだどうした譯の金なるやとやゝしばらく考へしがて見れば一文貰ひの苦紛くるしまぎれにきやつ切取きりとり強盜がうたう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私は、友がかく有名になった以前の、その奇怪な哀れな物語に引き込まれて、しばらくは、私自身の現在をも忘れていた程だった。
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
こんな子供の玩具にも、時節の変遷がうつっているのですからな。僕の子供の頃の浅草の奥山の有様を考えると、しばらくの間に変ったものです。
眠っていればそうっと帰ってくるし、醒めていればはいってしばらく顔を眺めたり、枕もとに坐ったり、短い言葉をかけたりする。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)