少時しばらく)” の例文
また或時あるとき、市中より何か買物かいものをなしてかえけ、鉛筆えんぴつを借り少時しばらく計算けいさんせらるると思ううち、アヽ面倒めんどうだ面倒だとて鉛筆をなげうち去らる。
お母さんの責め立て方が追々厳しくなったので一寸気を抜く為めに、世態人情の探究にかこつけて少時しばらく家を明ける魂胆としか受取れない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
少時しばらくすると乳母やさんは達也様を小さい寝台の上にねかしつけ、ツト、って廊下へ出ました、たぶんご不浄へでも行ったのでしょう。
美人鷹匠 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
は何者か、われに近くあゆみ寄る跫音あしおと、続いて何事か囁く声を聞き侯ふが、少時しばらくにして再び歩みいだせば、……あゝ何処いづこにて捕へられしや。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
道で、彼はやはり帰りのしゅうとめに偶然追いついた。声をかける前に、少時しばらく行一は姑を客観しながら歩いた。家人を往来で眺める珍しい心で。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
同時に「自我じが」といふものが少しづゝ侵略しんりやくされてくやうに思はれた。これは最初のあひだで、少時しばらくつとまたべつに他の煩悶が起つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
少時しばらくすると、此のひでりに水はれたが、碧緑へきりょくの葉の深く繁れる中なる、緋葉もみじの滝と云ふのに対して、紫玉は蓮池はすいけみぎわ歩行あるいて居た。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「おやそうさん、少時しばらく御目おめゝらないうちに、大變たいへん御老おふけなすつたこと」といふ一句いつくであつた。御米およね其折そのをりはじめて叔父をぢ夫婦ふうふ紹介せうかいされた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
神のみもとに歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙にましむる魂よ、わがために少時しばらく汝の大いなるこゝろばせを抑へて 九一—九三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
少時しばらくあつて、各種の風俗をした乘客が三々伍々、停車場の構外へ現はれ出た。それらは少年の二階の屋根から一々手に取るやうに見える。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
それから少時しばらくすると、赤い顔をした男が、幕の中から首を出して、さも狼狽したように手を動かしながら、早口で何か船頭に云いつけた。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それから少時しばらくのち私達わたくしたちはまるでうまかわったような、にもうれしい、ほがらかな気分きぶんになって、みぎひだりとにたもとわかったことでございました。
その男の後を少時しばらく見てゐたみのるは丸まつてゐる樣な蒲團を丁寧に引き直してから、自分の枕を持つて來てその中にはいつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
「あたしやつとお父さんを見つけたばかりですもの。だから、少時しばらくお父さんと二人きりでゐたいの。待つて貰ひ度いと言つてやりますわ。」
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
ただ日本人のいいところだけ見て、悪いところを見なかったのだろう。それとも一遍のお世辞ではないか——さて黙して読むことまた少時しばらく
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こたへられたがあいちやんには愈々いよ/\合點がてんがゆかず、福鼠ふくねずみ饒舌しやべるがまゝにまかせて、少時しばらくあひだあへくちれやうともしませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
地中海から吹く北風に石炭のほこりが煙の様に渦を巻いて少時しばらくあひだに美しい白ぬりの𤍠田丸も真黒まつくろに成つて居た。出帆時間が来た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
或る感銘深い静寂が、少時しばらくの間、部屋の中を流れた。けれども、それは間もなく、私が何の気もなく発した質問で破られた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
渡しを渡った向岸むこうぎし茶店ちゃみせそばにはこの頃毎日のように街の中心から私をたずねて来る途中、画架がかを立てて少時しばらく河岸かしの写生をしている画学生がいる。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
みやしたで下りて少時しばらく待っているうちに、次の箱根町行が来たが、これも満員で座席がないらしいので躊躇していたら
箱根熱海バス紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「あ、美味しい、おじさま、井戸水を汲んで来てちょうだい、柔らかい水にじっと、少時しばらく、かがみ込んで見たいわ。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あまりの驚きと悲しみとに、千次郎は少時しばらくぼんやりしていたが、やがて気がついておみよの死骸を抱きおろした。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
不意のちん入者に彼女は度を失って、少時しばらく言葉もなく立竦たちすくんでいたが、相手の二人が救助に来たのであると知ると
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「そりゃあ少時しばらくの間は羽ばたきもしようし、羽根もためそうさ、さて飛ぶ段になっては——」と云う言葉は「その前夜」のベルセネフの云った事だけれ共
千世子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
斷じて出來ませんと答へるとZ・K氏は少時しばらく私をぢつと見据ゑたが、くそ垂れ! 手前などと酒など飮む男かよ、Z・Kともあらう男が! と毒吐どくづき出して
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
少時しばらく思の道を絶ッてまじまじとしていてみるが、それではどうも大切な用事を仕懸けてめたようで心が落居おちいず、狼狽うろたえてまたお勢の事に立戻って悶え苦しむ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
傘屋の吉だよ、れだよと少し高く言へば、嫌な子だね此樣な遲くに何を言ひに來たか、又おかちんのおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時しばらく辛棒おしと言ひながら
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼は少時しばらく学生たちと吊橋の動きに眼を据えていた。私の手を振りはらって、いきなり斜面をかけ登った。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
或場処は路が対岸に移るやうになつてゐる為に、危い略彴まるきばしが目のくるめくやうな急流に架つて居るのを渡つたり、又少時しばらくして同じやうなのを渡り反つたりして進んだ。
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それから少時しばらく良人と巴里の今日此頃をいろいろ想像して話し合つた。オラル・ド・井ロンの製作室で、ロダン翁は平気でモデルを相手に下図デッサンを試みて居るであらう。
台風 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一度にわかにすさまじく湧き起った響が四山へ轟きわたって、そのこだま少時しばらくの間あたりにどよめいている。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
「君は」と和作が少時しばらくおいて、突然、その少年に話しかけた。「どうも鶴子叔母たづこをばさんにそつくりだね」
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
すると、少時しばらくたつて、外で、何やら人のけはひがしたやうで、草やぶの鳴る音も聞えたやうでした。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
びっくりして三太は少時しばらくは声もなく、爺さんを見つめていたが、間もなく大きな声で泣きだした。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
やがうしろはやしこずゑからなゝめゆききおろしてた。卯平うへい少時しばらく躊躇ちうちよしてかきつかれたせた。しばらくしてかれゆきつめたく自分じぶんふところとけ不愉快ふゆくわいながれるのをつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
春日は△△中学校と門標のある中へサッサと這入り、名刺を出して校長に面会を求め、少時しばらく何か話していたがやがて生徒名簿を借受けて、拡げ出した、或一頁を読耽よみふけっているから
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
少時しばらくジット眺めている内に、前に書いた寒い風が時々を通して吹て来る。その刹那ダ。小枝が動き枝端に下っているものもユラグと何んだか烟の様なものがパッパと出る。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
少時しばらく口をきくものもないでいると、鼓村師も満足げに、水のおもの方へ眼をやっていた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
唯継は例のおごりて天をにらむやうに打仰うちあふぎて、杖の獅子頭ししがしら撫廻なでまはしつつ、少時しばらく思案するていなりしが、やをら白羽二重しろはぶたへのハンカチイフを取出とりいだして、片手に一揮ひとふりるよと見ればはなぬぐへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
中食ちゆうじきはテストフてい料理店れうりてんはひつたが、こゝでもミハイル、アウエリヤヌヰチは、頬鬚ほゝひげでながら、やゝ少時しばらく品書しながき拈轉ひねくつて、料理店れうりやのやうに擧動ふるま愛食家風あいしよくかふう調子てうしで。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
少時しばらく綱引きの力競べになった。空船は途中で迷っていたが、坊主がうんと頑張る途端に、ともの縄がぷつりと切れて、二人掛りの方が敗けた。船は全く坊主の手で向河岸に引付けられた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
自分は猶少時しばらく其処に立つて、六年前の友が何んな生活をて居るであらうかといふ事、其妻は如何いかなる人で、其家は如何なる家で、その家庭は何んな具合であるかといふ事などを思ふと
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
染帷そめかたびら鞣革なめしがわの襷、伯耆安綱ほうきやすつなの大刀を帯び、天九郎てんくろう勝長の槍を執って、忠弥はひとしきり防いだが、不意を襲われたことではあり組織立った攻め手に叶うべくもなく、少時しばらくの後には縛に就いた。
正雪の遺書 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それにつけて、将来技術家として世に立つには少時しばらくも心を油断してはならぬ。油断は大敵で、油断をすれば退歩をする。また慢心してはならん。心がおごれば必ず技術は上達せぬ。反対に下がる。
……或る者は洋間との境へ金屏風をかこつて退しりぞくが、凡て沈黙のうちに行はれる。少時しばらくして、洋間の方へ、山木兵蔵を女中が案内してくる。そこへ加藤夫人(浪子の伯母)が出てこれに応対する。
(新字旧仮名) / 喜多村緑郎(著)
お大は後で少時しばらく姉の惡口わるくちを言つてゐたが、此も日の暮に店を出て行く。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
お思ひ出しになるでせう、よく晴れた日でした——大氣も空もおだやかで、あなたのお身の安全や旅の氣持のことなど何も氣遣きづかふことはないのでした。私はお茶の後少時しばらくの間甃石しきいしの上を歩きました。
二人は少時しばらくぢつと顔を見合せながら坐つてゐた。
主人の顔は、少時しばらく、むずかしくなった。
砂糖泥棒 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
少時しばらくしてからお父さんがまたお母さんを呼んだ。お母さんは実に忙しい。全く応接にいとまがない。然るにお父さんの方は至って楽だ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)