すさま)” の例文
岸を噛む怒濤が悪魔のほえさけぶように、深夜の空にすさまじく轟いているほかは、ひっそりと寝鎮ねしずまった建物の中に、何の物音もしていない。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただ一呑ひとのみ屏風倒びょうぶだおしくずれんずるすさまじさに、剛気ごうき船子ふなこ啊呀あなやと驚き、かいなの力を失うひまに、へさきはくるりと波にひかれて、船はあやうかたぶきぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かうしてゐる中にも、時はつて行つた。ある夜はすさまじい風雨がやつて来た。本堂ばかりではない、自分の居間にも雨がさかんつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
一つは平岡と自分を是非とも一所にき込むべきすさまじいものであった。代助はこの間三千代に逢ったなりで、片片かたかたの方は捨ててある。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この渦が雷雨の一つの型であって、こうして出来た上昇気流が、電気の分離を生じ、あのすさまじい電光になり、またひょうを降らすのである。
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
小唄の師匠のお組と掴み合いの喧嘩をした後のすさまじい発作は、恐らく因業で聞えた母親さえも、三舎さんしゃを避ける外は無かったのでしょう。
しかしぎわと云っても額の真中か耳のうしろかどこかにちょっぴりあとが附いたぐらいを根に持って一生相好そうごうが変るほどのすさまじい危害を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、途端とたんにガチャーンといって硝子ガラスれるようなすさまじい音がして、これにはクラブハウスの誰もがハッキリと変事へんじに気がついたのだった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「どうして、やつは大魔霊デモーネン・ガイストさ」と法水は意外なことばを吐いた。「あの弱音器記号には、中世迷信の形相すさまじい力がこもっているのだよ」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
重役でありながらこのようなことを云う友人の顔を見ながら、梶は日本の変化のすさまじさを今さら見事だとまたここでも感服するのだった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼のくちびるの辺には、すさまじい程の冷たい表情が浮んでいた。が、それにもかかわらず、声と動作とは、恋に狂うた男にふさわしい熱情を、持っている。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まなこをこらしてそのすさまじき柱を見れば、はたせるかな、竜の尾頭その中に歴々たりとものの本にござった、また別の一書には、或る人
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
会津山おろし肌にすさまじく、白雪紛々と降りかかったが、人の用いはばかりし荒気大将佐々成政の菅笠すげがさ三蓋さんがい馬幟うまじるしを立て、是は近き頃下野の住人
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すさまじい音を立てたのが、この世の別れであったかなかったか、弁信はついに井戸の底へ、生きながら投げ込まれてしまいました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
生々せいせい又生々。営々えいえいかつ営々。何処どこを向いてもすさまじい自然の活気かっき威圧いあつされる。田圃たんぼには泥声だみごえあげてかわずが「めよえん」とわめく。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
すると間もなくすさまじい音をはためかせて、汽車が隧道へなだれこむと同時に、小娘の開けようとした硝子戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
双方ともにその燃ゆる眼やすさまじい姿勢の前には、ただ主君の安危如何があるだけで、それ以外の何ものもなかったのである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大弥太はもちろん竹原兄弟も、幽鬼じみた相手のすさまじい様子に、身の毛のよだつ思いしいしい、一歩一歩あとじさりしたが
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
信吾の乗つて来た列車と川口駅で擦違すりちがつて来た、上りの貨物列車が、すさまじい音を立てて、二人の間を飛ぶが如くに通つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
雨戸を開けて見ると、燃え上る河岸かしの土蔵の火は姉弟の眼にすさまじく映った。どうやら、一軒で済むらしい。見ているうちに、すこし下火に成る。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あなすさまじ、と貫一は身毛みのけ弥竪よだちて、すがれる枝を放ちかねつつ、看れば、くさむらの底に秋蛇しゆうだの行くに似たるこみち有りて、ほとほと逆落さかおとし懸崖けんがいくだるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
凩がすさまじく吼え狂うと、洋燈ランプの光が明るくなって、テーブルの上の林檎りんごはいよいよあかく暖炉の火はだんだんあたたかくなった。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
咽喉のどをつんざくかと聞ゆる慎九郎の声に、門前で押し合っていた才蔵は、老僕を突き退けて飛んできた。焔はすさまじく大小無数の毒舌をいよいよ吐いていた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
そして松林の中の粉つぽい白い砂土の小径こみちを駅の方へとぼ/\歩いた。地上はそれ程でもないのに空ではすさまじい春風がむちのやうにピユーピユー鳴つてゐる。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
電光が幌を破るようにして隙間すきまから射し込んで来る。おりおり神解かみとけがするもようである。すさまじいその音響に湿気を帯びた重い空気がびりびりと震動する。
何でも八景投票の恵那峡の騒ぎというものはすさまじかったらしい。うっかり悪口でもいおうものなら殺される。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ところで郊外の我々がこんな呑気な時間を送っていた間に、東京市中ではもうすさまじい火災が始まっていた。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
彼はそのすさまじい噴煙を見上げながら、丁度今の自分と同じようにそれを見上げていた去年の夏のまだいかにも健康そうだった自分の姿をひょっくり思い浮べた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
此の白洲の入口の戸を締切る音ががら/\ピシャーリッとすさまじく脳天に響けますので、大抵の者は仰天して怖くなりますから、嘘をくことが出来なくなって
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
乾坤一擲けんこんいってきともいうべき途方もない壮大な計画を実現された情熱には、凡情のとうていうかがい知れぬ激しさがある。同時に、天平の深淵のすさまじさも推察される。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
三たび目の野草やそうの花が咲いた。彼は某日あるひ水を飲むために谷川の岸に出た。狭い流れではあるが滝のように流れ落ちる水が岩にぶっつかってすさまじい光景を呈していた。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
大変な雷が鳴り出して暴雪暴風というすさまじい光景ですから、着物なり荷物なりはまた濡れてしまい折角乾かしたものをすっかりとまた濡らしてしまいましたから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
取な早々はや/″\用意を致せといふ言葉ことばに隨て然ば御先へと又短刀たんたう持直もちなほしあはや只今突立つきたてんとする時亦々廊下らうか物音ものおとすさまじく聞えければ越前守何事やらん今暫いましばらくと忠右衞門を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その音もなく形もないすさまじい戦いを極度に澄明な、静寂な、胸に充満しながらどこまでもひろがってゆくような感慨をもって凝然と、また茫然ぼうぜんと眺めつくしている。
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
浅草橋もあとになし須田町すだちょうに来掛る程に雷光すさまじく街上に閃きて雷鳴止まず雨には風もくわわりて乾坤けんこんいよいよ暗澹たりしが九段を上り半蔵門に至るに及んで空初めて晴る。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美術家だつたら、雲を見ようと、動物園を見ようと、動物園よりはもつとすさまじい駅長の女房かないの寝顔を見ようと、一向掛け構ひはないといつたやうな物の言ひ方だつた。
童子はと見ますと、その姿はなく、蠅の飛びかう羽音のみが、あたりにすさまじく致して居るのです。
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
北風にあふられて避病院のあたりはすさまじい焔が燃え上つてゐた。……次から次へ觸れ廻つて村中の者は皆濱の方へ飛び出して若い者達は爭つて漁船に乘つて島の方へ漕いだ。
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
「私ゃ私の行きどころへ行くんですもの。誰が何と言うもんですか。」とすさまじい鼻息であった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この句は卯の花のすさまじいというか、無気味というか、そういう方の感じを発揮したものである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そのとたんに村はずれの墓場の中から、形相すさまじき一人の男が猛烈な勢いでとびかかってきた。あたかも知らぬ村に旅人が足を入れた時、犬が飛び出してきて吠えつくように。
白んだ戸の隙間から吹き込む風で蚊帳がすさまじい程あふられて居る。次の室から起きて来た二人の女の児が戸の間から庭を覗いてコスモスもダアリヤも折れて仕舞つたと言つて居る。
台風 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さうしてほのほちかそびえたすぎこずゑからえだけて爪先つまさきいた。たびすぎ針葉樹しんえふじゆ特色とくしよくあらはして樹脂やにおほがばり/\とすさまじくつてけた。屋根裏やねうらたけ爆破ばくはした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
わしの様に烈しく恋をした者は此世に一人もゐない程、恋をした——おろかな、すさまじい熱情を以て——わしは寧ろその熱情がわしの心臓をずたずたに裂かなかつたのを怪しむ位である。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
三日目に老母さんから聴いたと思われて、柳町から新吉がすさまじい権幕でやって来た。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
光の穂は風に吹かれて消えさうになびいたが、彼の妻の袖屏風そでびやうぶの陰で、ゆらゆらと大きく揺れた。風は何時の間にかおだやかになつて居たが、雲はすさまじい勢で南の方へ押奔おしはしつて居た。
と、突然、後部の巻揚機ウインチががら/\とすさまじい響を出して、その五六本の鋼条ワイヤーの先にるしたかぎづきの滑車が弾薬庫にする/\と滑りこんだ。それを真つ先に見つけたのは掌砲長しやうはうちやうだつた。
怪艦ウルフ号 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
くちびるをキッとみしめて、絶えず部屋の中を行きつもどりつしながら、熱しきったナイフをポケットのなかで握りしめ、何かしらすさまじい出来事にたいする心構えを、あらかじめ整えていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
杜鵑とけん亭(レスタウラン・ド・クツクウ)は巴里パリイにある一つの伊太利亜イタリア料理店である。モンマルトルの高い所に白いすさまじい大きい姿を見せて居るサクレエ・クウルの近くにあるのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
深沢が見咎めてただせばことば窮して担いかけし障子ふすま其所そこへ捨て逃げ去りしなりというに、東京という所のすさまじさ、白昼といい人家稠密といい、人々見合う中にて人の物を掠め去らんとする者あり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)