のぼ)” の例文
布子一枚で其の冷たい風に慄へもしない文吾は、みのつた稻がお辭儀してゐる田圃の間を、白い煙の立ちのぼる隣り村へと行くのである。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
へさきの斜の行手に浪から立ちのぼって、ホースの雨のように、飛魚の群が虹のような色彩にひらめいて、繰り返し繰り返し海へ注ぎ落ちる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
黄昏たそがれ——その、ほのぼのとした夕靄ゆうもやが、地肌からわきのぼって来る時間になると、私は何かしら凝乎じっとしてはいられなくなるのであった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
洋上の空気が益々膨張するから前にも記した如く怒風どふうを起こし、大鍋から立ちのぼる蒸発気がただちに雲となって米国の天に広がったのだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
濛々もうもうと天地をとざ秋雨しゅううを突き抜いて、百里の底から沸きのぼる濃いものがうずき、渦を捲いて、幾百トンの量とも知れず立ち上がる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一陣の北風にと音していっせいに南になびくこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷いちるの煙の立ちのぼること等
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
油倉庫の火事だけあって、どッどッと立ちのぼ紅蓮ぐれんの炎の勢の猛烈さ。しかしこれを感心してみとれていることはできなかった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
蕭条たる気が犇々ひしひしと身に応えてくる。不図ふと行手を眺めると、傍らの林間に白々と濃い煙が細雨の中をのぼって行く光景に出遭う。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
すべてからしめつたぬのかざしたやうにつた水蒸氣すゐじようき見渡みわたかぎしろくほか/\とのぼつてひくく一たいおほふことがあつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
岩角に隠れた河岸かしの紅葉も残り少なく、千樫ちがしと予とふたりは霜深き岨路そばみちを急いだ。顧みると温泉の外湯の煙は濛々もうもうと軒を包んでたちのぼってる。
白菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
海からのぼあわで太陽を消せ、生き残りの象から虫けらのはてまで灰を吸はせろ、えい、畜生ども、何をぐづぐづしてるんだ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
深山ニ入テ仙法ヲ学ビ松ノ葉ヲ食シカツ薜茘へいれいヲ服セリ、一旦くうのぼツテ故里ふるさとヲ飛過グルトテ、タマタマ婦人ノ足ヲ以テきぬヲ踏洗フヲ見タリシニ
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
惜しげもなく投げ入れたる薪は盛に燃えあがりて、烟はしうを出づる雲の如く、のぼりて黒みたる仰塵てんじやうに至り、更に又出口を求めて室内をさまよへり。
白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ちのぼっている煙は男がベッドでくゆらしている葉巻の煙なんです。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
カアット顔ガ火照ほてッテ血ガ一遍ニ頭ニのぼッテ来タノデ、コノ瞬間ニ脳卒中デ死ヌンジャナイカ、今死ヌカ、今死ヌカ、ト云ウ気ガシタコトハ事実デアル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、今まで明るい陽がさしていた空が不意に暗くなって、真黒な雲が渦巻のように舞いさがって来て、空中に浮んだ鉢の破片かけらを包んで空高くのぼって往った。
長者 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
土地よりのぼる燃ゆるガスを集め、パヅアに一日、ヴェニスに三日を費し、ボログナを通ってフローレンスに行き、ここに止まって前に集めたガスを分析し
ここに詔りたまひしく、「この山の神は徒手むなでただに取りてむ」とのりたまひて、その山にのぼりたまふ時に、山の邊に白猪逢へり。その大きさ牛の如くなり。
この濛々と立ちのぼった殺気というものを消せるわけのものではない、今や毫厘の猶予も為し難いと見たから
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
内典を閲するに、仏や諸大弟子滅後久しからぬにこんな故事附けが持ち上ったと見え、迦多演那尊者かたえんなそんじゃ空にのぼって去る時、紺顔童子師の衣角を執って身を懸けて去る。
箱詰になったような重い空気が街の上にかぶさっている。遠くの煙突から細い煙が真直まっすぐのぼっていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
黒板塀に当っている月の光はあまり明かで何物かが其処そこに流れて行くような心持がした。子規居士の霊が今空中にのぼりつつあるのではないかというような心持がした。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いくすぢものくもが、どん/\とのぼつてゐる。そのあらはれてゐるくもめぐつてつくつた、幾重いくへかきのようなくもわたしつまなかれるために、幾重いくへものかきつくつてゐる、その幾重いくへものかきよ。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
打顫うちふるふ手に十行あまりしたためしを、つと裂きて火鉢に差爇さしくべければ、ほのほの急に炎々とのぼるを、可踈うとましと眺めたる折しも、紙門ふすまけてその光におびえしをんなは、覚えずあるじ気色けしきあやしみつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
此奇怪な山の麓で、旅人はある村から立ちのぼる、弱々しい烟を見ましたらう。丁度あの晴れた空の青「インキ」が、近い林の緑色に移り行く所で、木の間からちら/\と屋根の見える村です。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
この空の澄みの寒さや満月の辺に立ちのぼ黄金こがねたち
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
海からのぼあわで太陽を消せ、生き残りの象から虫けらのはてまで灰を吸わせろ、えい、畜生ども、何をぐずぐずしてるんだ。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして彼の胸中には、事件を解決するたびに経験するあのっぱい悒鬱ゆううつが、また例の調子でのぼってくるのであった。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
土地とちのものが、其方そなたそらぞとながる、たにうへには、白雲はくうん行交ゆきかひ、紫緑むらさきみどり日影ひかげひ、月明つきあかりには、なる、また桃色もゝいろなる、きりのぼるを時々ときどきのぞむ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
風はどこからか二筋にれて来たのが、急に擦違すれちがいになってうなるような怪しい音を立てて、また虚空遥こくうはるかのぼるごとくに見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もりこずゑうへはるかのぼらうとして次第しだいいきほひをくはへるほのほを、疾風しつぷうはぐるりとつゝんだ喬木けうぼくこずゑからごうつとしつけしつけちた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
盤の一つ一つは独木舟まるきぶねを差し込んだように唐突で単純に見えるが、その底は傾斜して水の波浪性を起用し、盤の突端までに三段の水沫をのぼらしている。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その部屋のなかには白い布のようなかたまりが明るい燈火に照らし出されていて、なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ちのぼっている。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
『大清一統志』に、江南金竜池、深さ測られず、唐初その中から一馬出で、朝は郊坡つつみを奔りのぼり、夜は池中へ入る、尉遅敬徳これを捕えたと(巻八十)。三五〇巻に
けたところへ砂糖を加へ、紫を注すと、ジユウツといふ音とともに、湯氣がむら/\と舞ひのぼり、黒ずんだ天井の眞ん中に貼つてある大神宮の劍先神符ふだが、白雲に蔽はれた山寺の塔のやうに
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
果實累々たる、樂園の木のこずゑは、みなぎり落つる瀑布の水に浸されたり。ダンテが乘りたる、そら行く舟は、神童の白く大なる翼を帆としたり。その舟次第にのぼりゆく程に、山々は搖りうごかされたり。
満月の辺に立ちのぼる炎のこな宵空の澄みに澄みなむとす
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
始めてのぼれるほのほ炳然へいぜんとして四辺あたりを照せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
魚というものは生意気なもんだねえ、ところがほんとうは、その時、空をのぼって行くのは僕たちなんだ、魚じゃないんだ。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
座板へ置いて無意識にポーズを取る左の支え手から素直にもたげている首へかけて音律的の線が立ちのぼっては消え、また立ち騰っているように感じられる。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
根本ねもとから濃く立ちのぼるうちに右にうごき左へ揺く。揺くたびに幅が広くなる。幅が広くなるうちに色が薄くなる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枯木かれきはやしのぼ煙草たばこけぶりれたまゝすつといそいでえだからんで消散せうさんするのもかくさずに空洞からりとしてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それもやがて、水の泡沫のように消え去ると、今度は大小さまざまのシャボン玉が、あっちからもこっちからも群をなしてフワリフワリとのぼってくるのだった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
石が葉を分けて戞々かつかつと崖へ当った。ひとしきりすると闇のなかからは芳烈な柚の匂いが立ちのぼって来た。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
同時にきりがむら/\と立つて、空洞うつろふさぎ、根を包み、幹をのぼり、枝になびいた、その霧が、たちまこずえからしずくとなり、門内もんないに降りそゝいで、やがて小路こうじ一面の雨と成つたのである。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そしてまだまだのぼって行くねえ、そのうちとうとうもう騰れない処まで来ちまうんだよ。その辺の寒さなら北極とくらべたってそんなにちがやしない。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私は今日ここへ参りがけに砲兵工厰ほうへいこうしょうの高い煙突から黒煙がむやみにむくむく立ちのぼるのを見て一種の感を得ました。考えると煤煙ばいえんなどは俗なものであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気温は急速にのぼりつつあります。おや、また騰りましたよ。いま正に摂氏の三十度。私はもう蒸し殺されそうです。失礼ですが上衣うわぎを脱がせて頂かねば、生命いのちちません
綿をつかねてでて、末広がりに天井へ、白布を開いてのぼる、湧いてはのぼり、湧いてはのぼって、十重とえ二十重はたえにかさなりつつ、生温いしずくとなって、人のはだえをこれぞ蒸風呂。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。日光がかしの梢に染まりはじめる。するとその梢からは白い水蒸気のようなものが立ちのぼる。霜が溶けるのだろうか。溶けた霜が蒸発するのだろうか。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)