馳走ちそう)” の例文
「ごめん、ごめん。これが怪奇小説家のあなたには、何よりのご馳走ちそうだと思いましてね。実はこの女は、わたしのモデルなんですよ」
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
飯を食べて行きなさい、と云われ、初めて昼になったことに気がついた。昼飯を馳走ちそうになり、彦太郎は阿部と一緒に赤瀬の家を出た。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
あやしげなたい長芋ながいものおわん、こぶ巻、ご馳走ちそうといっても、そんな程度だが、倹約家の土肥半蔵にしては、大散財のつもりなのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いけない」と文子は猛然もうぜんと思い返した、母に禁ぜられたものを食べること、他人のご馳走ちそうになること、これはつつしまねばならぬ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
まあ、そのご馳走ちそうるだけでもたのしみになります。明日あす晩方ばんがたくらくならないうちに、わたしが、いいところへご案内あんないしますよ。
からすとうさぎ (新字新仮名) / 小川未明(著)
「まア、長二、お前ほんとに吃驚びつくりさせて、斯様こんな嬉しいことは無い」と、山の馳走ちそうは此れ一つのみなるほだうづたかきまで運び来れる伯母は
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走ちそうになって、酒も飲んで「あの時分」が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
だれにもみていられない方が仕事はしいいしまたそれだけたのしめる。ひとりでたべる方がご馳走ちそうがうまいのと同じことである。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ときたまご馳走ちそうになって、奥さんが席へ現われる場合などには、この関係が一層明らかに二人のあいだえがき出されるようであった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それとも、ご馳走ちそうのたくさんならんでいる食卓しょくたくについて、一さらごとに銀の紙で口もとをふきたいものだと望んでいたのでしょうか。
無闇むやみに酒を強いられぬうち腹をこしらえて置くにかずと佐助は別室へ引き退って先に夕飯の馳走ちそうを受けたが御飯ごはんいただきますというのを銚子ちょうし
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これも荻生君のお土産みやげである。清三は、「これはご馳走ちそうですな」と言いながら、一つ、二つ、三つまでつまんで、むしゃむしゃと食った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
此頃の馳走ちそう豌豆えんどうめしだ。だが、豌豆にたかる黒虫、青虫の数は、実に際限がない。今日も夫婦で二時間ばかり虫征伐むしせいばつをやった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ご馳走ちそうさまでした。御主人に申すが、この方が、よっぽど、あんたの芸術だね」そして夫人の方に向い、それを皮肉でなく
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
致しかく宜敷計らひ候はん初瀬留樣にも此程このほどは日毎に御噂おうはさばかりなりと無理むりに手を取り其邊そのあたりなる茶屋へともなさけさかななどいださせて種々馳走ちそう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
宗門のうちにての事をば残さず申しさずけんとて、まことに焼けねずみにつけるきつねのごとくおどり上がりはしりつつ色をかえ品をかえて馳走ちそうなり。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
彼はやむを得ず、夕食の馳走ちそうになって一夜を共にすることとなった。モデスタはクリストフの横にすわって、一晩じゅうそばを離れなかった。
「アア、酒も好い、下物さかなも好い、お酌はお前だし、天下泰平たいへいという訳だな。アハハハハ。だがご馳走ちそうはこれっきりかナ。」
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
栄玄は来て饗を受けたが、いろ悦ばざるものの如く、遂に「客にこんな馳走ちそうをすることは、わたしのうちではない」といった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お雪は姉の馳走ちそうに取寄せた松のすしなぞを階下したから運んで来た。子供が上って来ては、客も迷惑だろうと、お雪はあまり話の仲間入もしなかった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ははあ。では、前芸はも早これまで。これよりはご馳走ちそうの食べっくら。……一番沢山食べたひとには、王様からご褒賞ほうびが出るという話」「ノン」
「ですが、いったいカチェリーナ・イヴァーノヴナは、あれっぽっちの金で万事を始末して、おまけにご馳走ちそうまでしようとなさるんですか?……」
「さア、そのご馳走ちそう——ならべたり、ならべたり、棟梁が無くてはお倉が建たない——ッ、てね、酒はいくらでもある」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
供男ともおとこは、供待ちで、これも一口馳走ちそうになったと見えて、浪人に脅かされて以来、びくつききっていた、来る途中のしおれ方は何処どこへやら、元気な声で
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
料理番れうりばんまをしつけて、玄竹げんちく馳走ちそうをしてらせい。もともに一こんまう。』と、但馬守たじまのかみは、こつならせた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「宵節句の馳走ちそうが、思わぬことですっかり邪魔をされた、おまえもおなかが空いたであろう、三樹もぺこぺこだぞ」
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うさぎのおとうさまももう帰っていて、そのばん様々さまざまのご馳走ちそうがありました。ホモイはそのばんうつくしいゆめを見ました。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
諫言というその代物しろもの、うまい味のものででもあると見える……がしかしどのようなご馳走ちそうでも、満腹以上に詰め込まれてはせっかくの味も消えてしまう。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうして人が訪ねて来るたびに、増喜楼へ案内して、洗いをつくらせてはご馳走ちそうした。ところが、習慣とは妙なもので、たいがいの人は、あっさり食わない。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ヨウさんは稽古の日といえば欠さず四時半ごろに会社からおかかえの自動車でけつけ稽古をすますとそのままわたしを引留め贔屓ひいきの芸者を呼んで晩餐ばんさん馳走ちそうした。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
めづらしききやく馳走ちそう出來できねど好物かうぶつ今川燒いまがはやき里芋さといもころがしなど、澤山たくさんたべろよと言葉ことばうれし、苦勞くらうはかけまじとおもへど大晦日おほみそかせまりたるいゑ難義なんぎ
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこでと、湯もいてるから、茶を飲みたければ飲むと……羊羹ようかんがある。一本五銭ぐらいなんだが、よければおつまみと……今に何ぞご馳走ちそうしようが、まあ、おたずねの件を
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とにかくそれが食い残されることを非常に嫌って、早くご馳走ちそうをするために、この日は朝起きの競争をした。そうしてまた烏をぶ単純な唱え言葉もあったのである。
鍋ながら座敷に御馳走ちそうを持ってゆくとか、鍋を洗いに裏の井戸端に行くとかいう場面を考えてみましたが、いろいろ考えて句にならぬ末、ふと最前から目についていた
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「爺さん? 五、六本ばかり熱くしてくれ。それから、みんなの分を何かご馳走ちそうこさえてくれよ」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「正三は毎日おやしきで若様と同じご馳走ちそうをいただいているんだもの、なんの不足があるものか」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
瞽女ごぜ村落むらから村落むらの「まち」をわたつてあるいて毎年まいねんめてもら宿やどついてそれから村落中むらぢう戸毎こごとうたうてあるあひだに、處々ところ/″\一人分いちにんぶんづゝの晩餐ばんさん馳走ちそう承諾しようだくしてもらつてく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
旦那寺だんなでらの和尚は勿論もちろん、又私が漢学塾に修業して、その塾中に諸国諸宗の書生坊主が居て、毎度私処に遊びに来れば、母は悦んでこれ取持とりもっ馳走ちそうでもすると云うようなふう
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
こうして丹念たんねんにつくったご馳走ちそうを、同じ血へ浸したわらづとの中に入れた。それを持ってカランポーの谷を一じゅんし、一キロおきぐらいに一つとずつを草のあいだへおいてきた。
左衛門さえもんも一行の中に知人があったため、その僧のもてなしに心を配っていた。こうした家ではそれぞれの懇意な相手ができていて、馳走ちそうをふるまったりするものであったから。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その馬車は内も外もいっぱいの客だったが、話しているのを聞くと、ほとんどのものは親戚しんせきや友人のやしきに行って、クリスマスの晩餐ばんさんをご馳走ちそうになることになっているようだった。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
その目的ゆゑに親から強請した小遣銭で室長に絶えず気を附けて甘いものをご馳走ちそう
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
金円調達のため瓜生野うりゅうの村に赴き、やがてその用事も済み、焼酎の馳走ちそう酩酊めいていして己の村へ帰る途中、光村がきつねに誘われてやぶの中に入り、その挙動の怪しかりし顛末てんまつを記してあった。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
聴水忽ちまなこを細くし、「さてもうまくさや、うまくさや。何処いずくの誰がわがために、かかる馳走ちそうこしらへたる。いできて管待もてなしうけん」ト、みちなきくさむらを踏み分けつつ、香を知辺しるべ辿たどり往くに
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
するようになったのは、弘ができてから、弘がいたからだわ。あの飾りつけやプレゼントや、ご馳走ちそうや、いろいろと工夫をするクリスマスという日は、私には、弘のためにあったんだわ
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
棺のこっちにこの椅子いすをおいて……これをここに、おい青島……それをそっちにやってくれ……おいみんな手伝えな……一時間の後には俺たちはしこたまご馳走ちそうが食える身分になるんだ。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「……サア……その時は……とりあえず以前の馳走ちそうの礼を述べまして……」
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走ちそうになって、四方山よもやまの話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして僕等は諏訪湖からとれる寒鮒かんぶなの煮たのを馳走ちそうになり、酒をも飲んだ。これは一々赤彦君の差図によつたのであつた。僕等は病床の邪魔をしたことを謝しながら、それでも二回まで会つた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
これからは何も忘れて、このお母さまに、たくさんたくさんご馳走ちそうをこしらえて差し上げよう。おさかな。スウプ。罐詰かんづめ。レバ。肉汁。トマト。卵。牛乳。おすまし。お豆腐があればいいのに。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)