うち)” の例文
ほ一層の探索と一番の熟考とをげて後、きたくは再び来らんもおそからず、と失望のうち別に幾分の得るところあるをひそかに喜べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
主婦の黒い髪や黒い眼のうちには、幾年いくねんの昔に消えた春のにおいむなしき歴史があるのだろう。あなたは仏蘭西語を話しますかと聞いた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「およそ人心じんしんうちえてきのこと、夢寐むびあらわれず、昔人せきじんう、おとこむをゆめみず、おんなさいめとるをゆめみず、このげんまことしかり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自己おのが云う事だけを饒舌しゃべり立てて、人の挨拶あいさつは耳にも懸けず急歩あしばやに通用門の方へと行く。その後姿を目送みおくりて文三が肚のうち
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一二六二丁あまりを来てほそきみちあり。ここよりも一丁ばかりをあゆみて、一二七をぐらき林のうちにちひさき一二八草屋かやのやあり。
いたゞきは深く烟霧のうちに隱れて、われに送別の意を表せんともせざる如し。是日このひ海原はいと靜にして、又我をして洞窟と瞽女ごぜとの夢を想はしむ。
あるとき門弟の一人が賊を斬り、田中を招いて、日頃、お取立てにあずかった手のうちをごらんくだされと自慢顔で披露した。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この句を読んで聯想れんそうするのは、唐詩選にある劉廷芝りゅうていしの詩「天津橋下陽春水。天津橋上繁華子。馬声廻合青雲ほか。人影揺動緑波うち。」
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
所謂「インスピレーション」の秘奥は深く人心のうちに潜む、吾人今其如何にして英雄の品格が他の英雄を作り能ふかを弁解せんとする者に非ず
朗詠の歌の詞は「新豊しんぽうの酒の色は鸚鵡盃おうむはいの中に清冷たり、長楽ちょうらくの歌の声は鳳凰管ほうおうかんうち幽咽ゆういんす」というのだそうであるが
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
逍遙子は星川子がためには萬理想を踏み付けて儼立げんりつしたるさま、天台一萬八千尺、碧林瑤草へきりんえうさう瓊樓玉闕けいろうぎよくけつ烟霧えんむうちにほの見ゆる如しとたゝへられ
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
言わずともわが身——世馴よなれぬ無垢むく乙女おとめなればこうもなろうかと、彼女自身がそうもなりかねぬ心のうちを書いて見たものと見ることが出来よう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
芭蕉の世故人情に通じてゐたことは彼の談林時代の俳諧を一瞥すれば善い。或は彼の書簡のうちにも東西の門弟を操縦した彼の機鋒は窺はれるのであらう。
続芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かくの如くして元義の名はその万葉調の歌と共に当時衆愚の嘲笑のうちに葬られ今は全く世人に忘られ了らんとす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わたしは深夜寂寞のうちにのみ感じられる此の有るか無しかの香気に迎えられ、真暗な戸口を明けて人気のない家の内に入る。手さぐりに居間の戸をあける。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かれ欺かえぬと知らしめして、そのみをば倭比賣の命の給へるふくろの口を解き開けて見たまへば、そのうちに火打あり。
わが癇癪はわが癇癪、まるで別なり関係かかりあいなし、源太がしようは知るとき知れ悟らする時悟らせくれんと、うちにいよいよ不平はいだけど露塵つゆちりほども外には出さず
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ず口のうちでいって見て、小首を傾けた。ステッキが邪魔なのでかいなところゆすり上げて、引包ひきつつんだそのそでともに腕組をした。菜種の花道はなみち、幕の外の引込ひっこみには引立ひったたない野郎姿やろうすがた
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暫しは恍然うつとりとして氣を失へる如く、いづこともなくきつ凝視みつめ居しが、星の如き眼のうちにはあふるゝばかりの涙をたゝへ、珠の如き頬にはら/\と振りかゝるをば拭はんともせず
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
総支配人を始めおもだった雇人などの、気をゆるした雑談のうちから、夥しい知識をることが出来たのですが、さて、そのお祝いの翌日から、彼は愈々いよいよ、彼の大理想の実現に向って
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
生まるると直ぐに自ら食を求めて親を煩わさず自活し土を浅くくぼめてその中に居るに、熟兎児は裸で盲で生まれ当分親懸り、因って親が地下に深くあなを掘り通してそのうちで産育する
しかも斯ういう長い年月の間、頭脳あたまうちに入れて置くとは、何という狂気染きちがいじみた事だろう、と書いたものなぞがあるが、頭脳が悪かったという事は、時々書いたものにも見えるようである。
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
傾いた両手のうちに、平らかな夜が載る。新鮮なヤスミンの匂ひ。呂律なきエチュウド。よろしい! 奇蹟でないところの奇蹟が崩れおちてくる。それが、古代壁画の剥落とでもいつた趣き。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
知らざるうちに空費あるをも省略せんと欲して、或は夕食には干菜ひばとして雑炊とし、或は製粉処にて粗末にて安価なるものを求めて団子としてしょくする等は、実に恥ずべきの生活を為したるも
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
言ひつゝ彼はうちなるポケットより一個の紙包を取り出して、主人に渡せり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その時の私の心のうち、申すもなかなか愚かな事でござりました。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
ある時は王維をまねびじやくとして幽篁のうちにひとりあらなむ
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
もうお主は己の手のうちの物だ。
けれども身の一大事を即座に決定するという非常な場合と違って、敬太郎けいたろうの思案には屈託のうちに、どこか呑気のんきなものがふわふわしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お勢が開懸あけかけた障子につかまッて、出るでも無く出ないでもなく、唯此方こっちへ背を向けて立在たたずんだままで坐舗のうちのぞき込んでいる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
知らず、その老女ろうによは何者、狂か、あらざるか、合力ごうりよくか、物売か、はたあるじ知人しりびとか、正体のあらはるべき時はかかるうちにも一分時毎にちかづくなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
洞のうちには、天井にも四方の壁にも、すべて絹、天鵝絨びろおどなんどにて張りたらむやうに、緑こまやかなる苔生ひたり。
併し無定の中に一定の常規が有り、有變のうちに不變の通則が存するのも、亦是世間一切の相の眞歸である。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
うちに新なる発表を待つて方纔はうざんに解決せらるべき何等かの消息が包蔵せられてゐることは、わたくしの固く信ずる所である。わたくしは最後に敢て言つて置く。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
太掖勾陳処処。薄暮毀垣春雨裏。〔太掖たいえき勾陳こうちん処処しょしょうたがう。薄暮はくぼ毀垣きえん 春雨しゅんううち
すでに「見ゆる限りは」という上は見えぬところは分らぬがという意味はそのうちこもり居り候ものをわざわざ「知らねども」とことわりたる、これが下手と申すものに候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
南無観世音大菩薩なむかんぜおんだいぼさつ………助けさせたまえと、散策子は心のうち陣備じんぞなえ身構みがまえもこれにてこなになる。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しとみおろしすだれたれこめしまで、夢のうちに見しと露たがはぬを、あやしと七〇思ふ思ふ門に入る。
彼らの至高なる精神的態度は、愛情よりも寧ろ多くの憐愍れんびんを示す。彼らは汝に語るに親切聡明なる事物を以てし、汝はその意を解し、その語を記憶す。されど彼らの声は汝らのうちに生きて存留せず。
武士道の山 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
さすがに春の灯火ともしびは格別である。天真爛漫らんまんながら無風流極まるこの光景のうちに良夜を惜しめとばかりゆかしげに輝やいて見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奇をろうしてますます出づる不思議に、彼は益おそれして、あるひはこのうちに天意の測り難き者有るなからんや、とさすがに惑ひ苦めり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
文三ははらうちで、「毒がないから安請合をするが、その代り身を入れて周旋はしてくれまい」と思ッてひそかに嘆息した。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
此兒が衆人もろひとの前にて説くところは、げに格子のうちなる尼少女の歌より優しく、アルバノの山の雷より烈しかるべし。されどその時戴くものは大なる帽にあらず。
実は此より多少長じてゐたのであらう。女にして若したま/\京水に邂逅しなかつたら、其祖先以来の事は全く闇黒のうちに葬り去られて、誰一人顧みるものもあるまい。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
王これに乗じ、勁騎けいきを以てめぐってそのうしろに出で、突入馳撃しげきし、高煦の騎兵と合し、瞿能父子を乱軍のうちに殺す。平安は朱能と戦って亦敗る。南将兪通淵ゆつうえん勝聚しょうしゅう皆死す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
頬被ほおかむりの中のすずしい目が、かまから吹出す湯気のうちへすっきりと、出たのを一目、驚いた顔をしたのは、帳場の端に土間をまたいで、腰掛けながら、うっかり聞惚ききとれていた亭主で
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿昔青雲志、蹉跎白髪年、誰明鏡裏、形影自相憐宿昔しゅくせき 青雲せいうんこころざし蹉跎さたす 白髪はくはつとし。誰か知る明鏡めいきょううち形影けいえいみずかあいあわれむ〕とはこれ人口に膾炙かいしゃする唐詩なり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
或るときは一〇絵に心をこらしてねぶりをさそへば、ゆめのうちに江に入りて、一一大小さばかりの魚とともに遊ぶ。むればやがて見つるままを画きてかべし、みづから呼びて夢応むおう鯉魚りぎよと名付けけり。
「いや好男子の御入来ごにゅうらいだが、喰い掛けたものだからちょっと失敬しますよ」と迷亭君は衆人環座しゅうじんかんざうちにあって臆面おくめんもなく残った蒸籠をたいらげる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは何故なにゆえともなしに、闇のうちに棠の姿が見えはせぬかと待たれたのだそうである。抽斎は気遣きづかって、「五百、お前にも似ないじゃないか、少ししっかりしないか」といましめた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)