かわず)” の例文
その眼のくらむような大光熱は、山々の青葉を渡る朝風をピッタリと窒息させ、田の中に浮く数万のかわずの鼻の頭を一つ一つに乾燥させ
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
箕輪田圃ではかわずがやかましく鳴き出した。十吉の家を取り巻いた蓮池には青い葉が一面に浮き出して来て、ここでも蛙が毎日鳴いた。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ここの山際やまぎわから、彼方かなた、石井山のかわずはなの下まで、筑前が馬を走らすゆえ、その馬蹄のあとを、築堤の縄とりとせい。よろしいか」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屋外そとの方ではにわかかわずの鳴出す声が聞えた。岸本は子供等の顔を眺めながら、旅の空ではほとんど聞かれなかった蛙の声に耳を澄ました。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ですからさすが大泥坊の犍陀多も、やはり血の池の血にむせびながら、まるで死にかかったかわずのように、ただもがいてばかり居りました。
蜘蛛の糸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かわずの声を聞きながら用水越に立っていて、貴女があの黒塀の中から、こう、扱帯しごきか何ぞで、姿を見せて下すったら、どんなだろう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「花に住むうぐいす、水に住むかわずの声をきけば、生きとし生けるものいずれか歌をまざりける」とも述べおる如く、誠の声はく人を動かす。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
左側はなえを植えたばかりの水田になって、その水は黒い中にどろどろしたぬめりを見せていた。そこからは一面にかわずの声が聞こえていた。
雀が森の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
生々せいせい又生々。営々えいえいかつ営々。何処どこを向いてもすさまじい自然の活気かっき威圧いあつされる。田圃たんぼには泥声だみごえあげてかわずが「めよえん」とわめく。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蛇に魅入られたかわずとでも云おうか、陣十郎という男に見詰められていると、手も足も出ないような恐怖感に、身も魂も襲われるのであった。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一、かわずといへる題目は和歌以来春季に属すといへども、吾人はとかくに春季の感を起さず。かへつて夏季の感を起す傾きあり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「古池やかわずとびこむ水の音」の句境の如く、彼は静の中にある動、じゃくの中にある生を見つめて、自然と人生における本質的実在を探ろうとした。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかし「古池にかわずが飛び込んで水音がした」がなぜ散文で、「古池や蛙飛び込む水の音」がなぜ詩であるか。それは無定形と定形との相違である。
俳句の精神 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
貧乏を十七字に標榜ひょうぼうして、馬の糞、馬の尿いばりを得意気にえいずる発句ほっくと云うがある。芭蕉ばしょうが古池にかわずを飛び込ますと、蕪村ぶそんからかさかついで紅葉もみじを見に行く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寒い日にからだを泥の中につきさしてこごえ死んだおやじ掘切ほっきりにも行ってみたことがある。そこにはあしかやとが新芽を出して、かわずが音を立てて水に飛び込んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「田舎そだちでございますから」秀之進は眼を伏せた、「私などは井のかわずの知恵しかございませんが、世評とはかなり違ったものを勉強してまいりました」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「その代り、お前のように、孔明あざなは玄徳が、かわず切りの名槍を持って、清正と一騎討ちをしたりはせん——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
明放した部屋には、朝間あさまの寒い風が吹通って、田圃たんぼの方から、ころころころころとかわずの声が聞えていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一 たまたま柳里恭りゅうりきょうの『画談』といふものを見しに、次の如きくだりあり。曰く総じて世の中にはかわず多し梁唐宋元明りょうとうそうげんみんの名あるを見ることなき故に絵に力なし。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
聞えるものは何処か遠くの田圃たんぼの方で雨を呼んでいるかわずの声と、わーんと云う蚊の啼きごえばかりである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
遠くから聞こえて来るかわずの鳴き声のほかには、日勝にっしょう様の森あたりでなくらしいふくろうの声がするばかりだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
井の中のかわずで世界はこれだけだと思うようでは、いつまでたっても、ものの真価はつかめないのである。
鮎の名所 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
君達の思想にコビリ付いている先人の残滓ざんし、例えば、かわず飛び込む水の音とか、日ねもすのたりのたりかなとか、そういった月並な考え方はみんな出尽くしてしまって
小田のかわずの鳴くをば……あれから、突込む手練の槍先に……あそこまでのところの呼吸が、お前さんのは、すっかりコツを心得ておやりなすったには恐れ入ったね。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして彼の飽くまで冷静なる眼光は、蛇のかわずうかがうように女を覗っていて、巧に乗ずべき機会に乗ずるのである。だから彼の醜を以てして、決して女に不自由をしない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
池のかわずが鳴いているのが風の合い間に聞えます。山の手も市外に近いこの辺は静かなものです。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
古池やかわず飛び込む水の音。私はその蛙さんなのよ。仕方がないから古池へどぼんと飛び込むのさ。むつかしい事なんか考えちゃいない。只、どぼんと飛びこむだけのこと。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
道の両側に茂った稲の葉には砂埃が白くたまって、彼処此処あっちこっちから、雨を呼ぶかわずの声が聞えた。
初往診 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一見普通の子供と少しも違わぬこの進一少年は、人殺しをむしろ快楽とする異常児です。田舎の子供がかわずを殺して喜ぶ様に、この少年は人間の胸に短刀をつきたてて喜ぶのです。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その見るところはなはだ狭く、ことわざに言う「井の底のかわず」にて、その議論とるに足らず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
元より羊は草にひとしく、海ほおずきはかわずと同じサ、動植物無区別論に極ッてるよ。
ねじくり博士 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
どこやらの溝池どぶいけでコロコロとかわず鳴音なくねを枕に、都に遠い大和路の旅は、冷たい夜具やぐの上——菜の花の道中をば絶望と悔悟かいごつ死の手に追われ来た若者……人間欲望の結局に泣いて私は
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
ゲゲッ! と咽喉の奥でかわずが鳴くような、一風変わった笑いを笑った丹下左膳。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
古池やかわずとび込む水の音、この句に我が一風を興せしより、はじめて辞世なり。その後百千の句を吐くに、このこころならざるはなし。ここをもって、句々辞世ならざるはなしと申しはべるなりと
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
何処どこにはこういう景色がある、彼処かしこにはああいう景色がある、それを知らないで、世界を充分見もしないで、ただ日本だけ見て、そんなひとりよがりをいうのは、いわゆる井の中のかわずのたとえで
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
自分の部屋の近所ではヒッソリと静かで、時々下の方で重い草履ぞうりの音が、パタリパタリとむそうにきこえ、窓越まどごしの裏の田甫たんぼからはかわずの鳴く声が聞えてくるばかりなので、つい、うとうととすると
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
本所ほんじょ茅場町かやばちょうの先生の家は、もう町はずれの寂しいところであった。庭さきのかきの外にはひろい蓮沼はすぬまがあって、夏ごろはかわずやかましいように鳴いていた。五位鷺ごいさぎ葭切よしきりのなく声などもよく聞いた。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
どんな手を用いてもかわずの顔に水なんだから策の用いるものがないのよ。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
何処どこにか、雪消ゆきげの匂いを残しながら、梅も、桜も、桃も、山吹やまぶきさえも咲き出して、かわずの声もきこえてくれば、一足外へ出れば、野では雉子きじもケンケンと叫び、雲雀ひばりはせわしなくかけ廻っているという
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
古池やかわずとびこむ水の音
天狗 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かしかるべし御覽ごらんぜずやとわりなくすゝめてしばめづらしくともなでぬひとこゝろのうやむやはらずやしげ木立こだちすゞしくそでかぜむねにしゝうえはたす小田をだ早苗さなへ青々あほ/\として處々ところ/″\かわずこゑさま/″\なるれもうたかや可笑をかしとてホヽしうれもうれしく彼方かしこかやぶきこゝ垣根かきねにはうちしきやうなりはな
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
加藤清正に懇望こんもうされて肥後へ高禄でよばれて行った麒麟児きりんじ兵庫利厳ひょうごとしとしなどという「偉大なるかわず」をたくさんに時勢の中へ送っている。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏の溝川どぶがわで秋のかわずが枯れがれに鳴いているのを、おそめは寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女かれは今夜が勤めの第一夜であった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
におう藤沢の、野面のおもに続く平塚も、もとのあわれは大磯おおいそか。かわず鳴くなる小田原は。……(極悪きまりわるげに)……もうあとは忘れました。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山に居る頃はお房もよく歌ったうさぎの歌のことや、それからあの山の上の家で、居睡いねむりしてはよく叱られた下婢おんなかわずの話をしたことなぞを言出した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
畑では麦が日に/\照って、周囲あたりくらい緑にきそう。春蝉はるぜみく。剖葦よしきりが鳴く。かわずが鳴く。青い風が吹く。夕方は月見草つきみそうが庭一ぱいに咲いてかおる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おきへ行って肥料こやしを釣ったり、ゴルキが露西亜ロシアの文学者だったり、馴染なじみの芸者がまつの木の下に立ったり、古池へかわずが飛び込んだりするのが精神的娯楽なら
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
喬生は驚いて帰りかけたが、遠慮なしに打ちくつろいで飲んだ酒が心地好く出て来たので、彼は伸び伸びした気になって歩いていた。かわずの声が聞えて来た。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いつもはそれほどに耳立たない裏田圃たんぼかわずこずえに騒ぐせみの声とが今日に限って全くこの境内をば寺院らしく幽邃閑雅ゆうすいかんがにさせてしまったように思われた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
答 は必ずしも悪作なりとなさず。ただ「かわず」を「河童かっぱ」とせんか、さらに光彩陸離こうさいりくりたるべし。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)