ふく)” の例文
すると今も夕日は朱盆しゅぼんのように大きくふくれた顔を、水平線の上に浸そうというところだった。それはいつに変らぬ平和な入日だった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一匁一円二十銭だから水につけるとぐっとふくれるからそれほど高いものでもないが、やはり、この種の美味の範疇はんちゅうに属するといえる。
美味放談 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
それを見ると弟はきゅうに口をつぐんで、彼女を放っておいてどんどん先へいった。弟の胸の中に不満と淋しさがふくれ上っていたのだ。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
鮎をその衣へ包んでサラダ油で揚げたのですが最初は弱い火で長く揚げておろす前に火を強くしないと衣がこんなにふくらんでいません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
母子おやこのあいだの感情は、他人の見た眼のようなのではない。——そう腹のふくれるように思ったが、たった今、救われた恩義のてまえ
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり頬をふくらし、唇で山蜂の飛ぶ音を真似まね、かくて不満の意を表わすという次第しだいだ。そのうちに、きっとやらずにはいないだろう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
障子しやうじを細目に開けて見ると、江戸中の櫻のつぼみが一夜の中にふくらんで、いらかの波の上に黄金色の陽炎かげろふが立ち舞ふやうな美しい朝でした。
そう言って、ぞろぞろ土堤へ這い上り、腕を振り咽喉のどふくらまし、労働歌や革命歌を爆発させた。日に五六遍は土堤へ押しかけた。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
「市街地は学校の前までふくらんで来ているのに、地図の上では、用水堀のところまでが市街地のようになっているのであります。」
都会地図の膨脹 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
時折、言問橋ことといばしを自動車のヘッドライトが明滅めいめつして、行き過ぎます。すでに一そうの船もいない隅田川すみだがわがくろく、ふくらんで流れてゆく。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
もうおパンというものは小麦の粉をこねたりむしたりしてこしらえたものでふくふくふくらんでいておいしいものなそうでございますが
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
大黒様のついた黄色い財布さいふは次第に銭でふくれて行ったが、彼は次第に先刻からの気分を失いはじめて、だんだん憂鬱ゆううつになっていた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
御やすみになっているところを御起しして済みませんが、夜前やぜんからの雨があの通りひどくなりまして、たににわかふくれてまいりました。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
低い鼻と、ふくれた赤いっぺたをもった若者は、五本の指で足りずにモ一つのてのひらをひろげて数えたてたが、またフイと云い出した。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
第三の頭巾ずきんは白とあい弁慶べんけい格子こうしである。眉廂まびさしの下にあらわれた横顔は丸くふくらんでいる。その片頬の真中が林檎りんごの熟したほどに濃い。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしはその好もしさに身体がふくれるほど夜景の情趣を吸い取りました。凝滞していた気分は飛沫ひまつを揚げて流れ始めました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其れが焼鏝やきごてを当てる様になり、乃至ないし「ヌマ」と云ふ曲つたピンに巻いてちゞらす様になると、癖を附けぬ毛の三倍程も毛はふくれるが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
やがて枝々の先きが柔かくふくれて来て、すーツと新芽が延び出した。そしてその根元のところへ小さな淡褐色たんかつしよくつぼみが幾つも群がつて現はれた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
胴中には青竹をりて曲げて環にしたるを幾処いくところにか入れて、竹の両はしには屈竟くっきょう壮佼わかものゐて、支へて、ふくらかにほろをあげをり候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
エエカ……早川をそそのかして、女をふくらましては自分で引き受けて、相手の親から金を絞るのを、片手間の商売にしとるんだ。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「むゝ。」とふくれ氣味のツちやまといふみえで、不承不精ふしやうぶしやう突出つきだされたしなを受取ツて、楊子やうじをふくみながら中窓のしきゐに腰を掛ける。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
日本はこの頃ようやく輸入されたようだが、セイロン、ビルマ等、小乗仏教国に釈迦像の後に帽蛇が喉をふくらして立ったのが極めて多い。
りや大層たいそう大事だいじにしてあるな」醫者いしやきたな手拭てぬぐひをとつて勘次かんじひぢた。てつ火箸ひばしつたあとゆびごとくほのかにふくれてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
水菓子屋の目さめるような店先で立止って足許の甘藍かんらんつまんでみたりしていたが、とうとう蜜柑を四つばかり買って外套の隠しをふくらませた。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「なにを云やあがるんだ。うぬの知ったことじゃあねえ」と、又蔵は面をふくらせて這い起きた。「ぐずぐず云やあがると今度はうぬが相手だぞ」
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さいだすか、そんなこと知りまへんもんやよつて。」と、お駒がぷツとふくれて、風呂敷包を片手に立ち去らうとするのを
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
口を開き眼をき出し、頬をふくらせ小鼻を怒らせ、気味の悪い三白眼をキラキラ光らせた悪戯児いたずらっこらしい顔で、すなわち甚太郎の顔なのである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
貴様はこの月琴の胴のふくらんだところへ、路用を隠しておくのだな、木にしては重味がありすぎる……大方、この胴の中へ
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分をはげますように、そんな風に思って見たが、すると、又、激しい愛慾の悩みが、白くむっちりとふくれた胸を、噛む。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
府縣市町村ふけんしちやうそん大正たいしやう年度ねんど豫算よさんは三おく二千七百萬圓まんゑんであつたものが昭和せうわ年度ねんど豫算よさんでは十八おく九千萬圓まんゑんふくれてる。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
一月の刺すやうな空氣に、いびつになるほどふくれ上つてちんばを引いてゐた、あはれな私の足も、四月のやさしいいぶきを受けて、跡形もなくなほり始めた。
れと云れて女房にようばうほゝふくらし女房が何で邪魔じやまなるお光殿もお光殿此晝日中ひるひなか馬鹿々々ばか/\しいと口にはいはねどつん/\するを長助夫と見て取つて其方が氣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
むっくりした片手で小さい算盤そろばんの端を押え、ふくらんだ事務服の胸を顎で押えるようにし、何か勘定している矢崎は、聞えないのか返事をしなかった。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとしたふくらみ。すみずみまで力ではち切ったような伸び縮み。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
海は絶えずふくれ上つて、雪のやうな波の水沫しぶきを二人のまはりへみなぎらせた。素戔嗚はその水沫の中に、時々葦原醜男の方へ意地悪さうな視線を投げた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてそのつぼみのまさにほころびんとする刹那せつなのものは、まるふくらみ、今にもポンと音してけなんとする姿をていしている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
だいぶふくれてはいるがひどく痛みはしない。それで夢中になって鎌を扱っている。二時間くらいはすぐ立ってしまう。
チャリ敵の伝兵衛、大して度胸もない癖に、すぐむかぱらをたてる性質だから、たちまち河豚提灯ふぐちょうちんなりにつらふくらし
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
色の白い頬っぺたのふくらんだ子で、性質が極素直であった。この子が、気の毒にも、僕の試験の対象物にせられた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「太郎さん、お前は何を那麽そんなにポケットに入れて置くの? 大変ふくらんでるじゃないか。宛然まるでつう懐中ふところのようだよ」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
細クテスッキリシテイルノダケレドモ、膝ノ下カラくるぶしニ至ル線ガ外側ヘ曲ッテイテ、靴ヲ穿イタ足首トすねトノ接合点ガ妙ニレボッタクふくランデイル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
春が来て、木の芽から畳のとこに至るまですべてのものがふくらんで来た。愛子も貞世も見違えるように美しくなった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と教授はふくれつつらをしてゆかにそれを投げつけた。仏様は将棋の桂馬のやうな足音をさせて、其辺そこらを飛び廻つた。
それは風の無い夢の中のようなで、あとから後からとふくらんで来て、微白ほのじろいそに崩れているなみにも音がなかった。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは水中に長く沈んでいた男の顔で、ふくれて、白ちゃけて、その濡れしおれた髪には海藻かいそうがからみついていた。
これは五六寸ごろくすんから一尺いつしやくぐらゐのながさのものでありまして、まるぼうあたまところふくれてゐます。そのふくれたところに、種々しゆ/″\模樣もようつてあるものもあります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
なーるほど、にこやかでほゝふくれてゐるところなんぞは大黒天だいこくてんさうがあります、それに深川ふかがは福住町ふくずみちやう本宅ほんたく悉皆みな米倉こめぐら取囲とりまいてあり、米俵こめだはら積揚つみあげるからですか。
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その真綿を少しつまんで引き抜き、一方を細く撚り、一方を小指の先ほどの大きさに、フワフワとふくらませた。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
赫黒い父の額に、藪蚊が一匹血にふくれて止まっていたが、鳥渡、眉をしかめただけで叩こうともしなかった。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
石錐 石鏃せきぞく類品るゐひんにして、全体ぜんたいぼうの形を成せる物有り、又一方のみ棒の形を成し一端は杓子しやくしの如くにふくらみたる物有り。是等これらきりの用を爲せしものなるべし。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)