町中まちなか)” の例文
大洪水は別として、排水の装置が実際に適しておるならば、一日や二日の雨の為に、この町中まちなかへ水を湛うるような事は無いのである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
けれども明治時代——或は明治時代以前の人々はこれ等の怪物を目撃もくげきする程この町中まちなかを流れる川に詩的恐怖を持つてゐたのであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
昔より大隠たいいんのかくれる町中まちなかの裏通り、堀割に沿う日かげの妾宅は即ちこの目的のために作られた彼が心の安息所であったのだ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
瑞龍寺を出て、権現山ごんげんやますそを北へ添って行くと岐阜城、その途中を左へ折れて、町中まちなかの道を真直ぐに進むと長良ながら川の岸へ出る。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かえって説く源ちゃんは町中まちなかの暗がりに羽織を着込んだが、足が汚れていたから下駄は穿かないで、そのまま懐を揺り固めた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「好いねえ。町中まちなかから来ると気分が清々する。あの新緑の間に赤松の並んでいるところは何とも言えない。油絵だね、まるで」
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そりゃァもう仙蔵せんぞうのいうとお真正しんしょう間違まちげえなしの、きたおせんちゃんを江戸えど町中まちなかたとなりゃァ、また評判ひょうばん格別かくべつだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
わたしはアルキシーのおじさんがヴァルセの鉱山こうざんはたらいていることは知っていたが、いったい町中まちなかにいるのか、外に住んでいるのか知らなかった。
本当の道ばた、市井の家の垣下などにも咲いているものだけに、町中まちなかに育ったわれわれにもこの草は親しい記憶がある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「ええ、そりゃあ……。だって、町中まちなかで人に見付かるのは嫌ですもの。ここなら、あたし誰に見付かっても構わないわ。父がやって来ようと、あたし逃げやしない……。」
丘の上 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
二人が賭博の卓に倚つて、人の金を取つたり、人に金を取られたりしてゐたことも幾晩であらう。カルネワレの祭の頃、二人で町中まちなかれ廻り跳ね廻つたのも幾度であらう。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
私は何故なぜか居たゝまれなくなつて、テラスを逃げ出しました。そして、えつく犬をしかり飛ばして土塀を飛び越えました。しかし、町中まちなかに出ると、私は妙に快活になりました。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
ふもとのすこし手まえにある御岳みたけ宿しゅく町中まちなかも、あしたから三日にわたる山上さんじょう盛観せいかんをみようとする諸国しょこく近郷きんごうの人々が、おびただしくりこんできていて、どこの旅籠はたごも人であふれ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから実の家ではある町中まちなかの路地のような処へ立退たちのいたことなどを話した。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日町中まちなかにある多くの寺院は大概本堂を大衆向きに明るくしてあるから、あゝ云う場所では徒らにケバケバしいばかりで、どんな人柄な高僧が着ていても有難味を感じることはめったにないが
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぴか/\といったから、ほら抜いたとの葉の風にったように四方八方にばら/\と散乱し、町々の木戸を閉じ、路地を締め切り、商人あきんどは皆戸を締める騒ぎにて町中まちなかはひっそりとなりましたが
変遷のいちじるしからざる山間さんかんの古いしゅくではあるが、昔に比ぶれば家も変った、人も変った、自分も老いた。誰に逢っても昔の身上みのうえを知られる気配きづかいもあるまいと多寡たかくくって、彼は平気で町中まちなかを歩いた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すごすご戻ってきたのが破滅の原因もと、それからはいっそう心がぐらついて、昨日きのうの夕方宿を出たきり、宛もなく町中まちなかをぶらついているに、だんだん約束の刻限を切らして、大事の場合に間に合わず
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
いきなり彼女の故郷へ踏みこんでいって、町中まちなかに宿を取って、ひそかに動静を探ってみようかなぞとも考えたり、近所に住んでいる友人と一緒に、ある年取った坊さんの卜者うらないしゃに占ってもらったりした。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大洪水は別として、排水の裝置が實際に適して居るならば、一日や二日の雨の爲に、此町中まちなかへ水を湛ふる樣な事は無いのである。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
かくの如く都会における家庭の幽雅なる方面、町中まちなかの住いの詩的情趣を、もっぱら便所とその周囲の情景に仰いだのは実際日本ばかりであろう。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
町中まちなかでしたから忽ち人立ひとだちがして、勘六の仲間も駈けつけて来ました。勘六は腰が抜けたと言って往来の真中へ胡坐あぐらをかいたまゝ動きません。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして、旅宿に二人附添った、玉野、玉江という女弟子も連れないで、一人でそっと、……日盛ひざかりもこうした身には苦にならず、町中まちなかを見つつそぞろに来た。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう一つ形容すると、始めから琳派りんはの画工の筆にのぼる為に、生えて来た竹だと云ふ気がする。これなら町中まちなかへ生えてゐても、勿論少しも差支さしつかへはない。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
パリの町中まちなか散歩さんぽしたりかけ歩いたりするついでに、ぐうぜんおぼえるだけではなかった。このお父さんはいよいよ自前じまえで植木屋を開業するまえに植物園の畑ではたらいていた。
組合の人達は仕立屋や質屋の前あたりに集って涼みがてら祭のうわさをした。この夜は星の姿を見ることが出来なかった。ほたるは暗い流の方から迷って来て、町中まちなかを飛んで、青い美しい光を放った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
町中まちなかの涼みでは到底こんな趣を味うことは出来ない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
道行く若いものの口々には早くも吉原よしわら燈籠とうろううわさが伝えられ、町中まちなかの家々にも彼方此方かなたこなた軒端のきばの燈籠が目につき出した。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、旅宿りょしゅくに二人附添つきそつた、玉野たまの玉江たまえと云ふ女弟子も連れないで、一人でそっと、……日盛ひざかりうした身には苦にならず、町中まちなかを見つゝそぞろに来た。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うでございます。昔は町中まちなかにあって、『大万おおよろず』と申しました。このステンショ近辺は汽車が出来てから開けたので、以前は田圃だったそうでございますからね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ただ庭先から川向うを見ると、今は両国停車場りょうごくていしゃじょうになっている御竹倉おたけぐら一帯のやぶや林が、時雨勝しぐれがちな空を遮っていたから、比較的町中まちなからしくない、閑静な眺めには乏しくなかった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もし正太に適当な嫁でも有ったら、こんなことまで頼まれて帰って来た三吉の眼には、いかにも都の町中まちなか住居すまいが窮屈に映った。玄関の次の部屋には、病気でブラブラしている宗蔵兄がいる。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なじみにると、町中まちなか小川をがはまへにした、旅宿やどや背戸せど、そのみづのめぐるやなぎもとにもて、あさはやくから音信おとづれた。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
人は樹木じゅもく多ければ山の手は夏のさかりにしくはなけんなど思ふべけれど、藪蚊やぶかの苦しみなき町中まちなか住居すまいこそ夏はかへつて物干台ものほしだい夜凉よすずみ縁日えんにちのそぞろ歩きなぞきょう多けれ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それ以来自分が気をつけて見ると、京都界隈かいわいにはどこへ行つても竹藪がある。どんなにぎやか町中まちなかでも、こればかりは決して油断が出来ない。一つ家並やなみはづれたと思ふと、すぐ竹藪が出現する。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大家たいけとなると二百三百とけたにして吊るすから山はイルミネーションのようで町中まちなかまで明るくなる。その提燈の下で一家眷属けんぞくが、うだねえ、十時頃まで酒を飲む、御馳走を食べる、爆竹ばくちくをやる。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
當時たうじまちはなれた虎杖いたどりさとに、兄妹きやうだいがくらして、若主人わかしゆじんはうは、町中まちなか或會社あるくわいしやつとめてると、よし番頭ばんとうはなしてくれました。一昨年いつさくねんことなのです。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
幾個いくつと知れぬ町中まちなかの橋々には夕涼ゆうすずみの人の団扇うちわと共に浴衣ゆかた一枚の軽い女のすそが、上汐のために殊更ことさら水面の高くなった橋の下を潜行くぐりゆく舟の中から見上る時、一入ひとしお心憎く川風にひるがえっているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕はこの鉄道会社の社長の次男の友達だつたから、みだりに人を入れなかつた「お竹倉」の中へも遊びに行つた。そこは前にも言つたやうに雑木林ざふきばやしや竹藪のある、町中まちなかには珍らしい野原だつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
とすると、ねらいをつけつつ、こそこそと退いてござったあの町中まちなかの出窓などが、老人の目的めあてではないか。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう二年あまり以前の話ですが、ちょうどあるこがらしの真夜中です。わたしは雲水うんすいに姿を変えながら、京の町中まちなかをうろついていました。京の町中をうろついたのは、そのに始まったのではありません。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風邪薬かざぐすりを一ちょう凍傷しもやけ膏薬こうやく一貝ひとかい買ひに行つた話は聞かぬが、春のあけぼの、秋の暮、夕顔の咲けるほど、ほだゆる時、夜中にフト目のむる折など、町中まちなかめて芬々ぷんぷんにお
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さらぬも近隣の少年は、わが袖長ききぬを着て、き帯したるをうとんじて、宵々には組を造りて町中まちなかを横行しつつ、我がかどに集いては、軒に懸けたる提灯ちょうちんつぶてを投じて口々にののしりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はやく町中まちなか一練ひとねりは練廻ってあます処がなかったほど、温泉の町は、さて狭いのであった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……お待ち下さい……この浦一円はいわしの漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのをきます、大漁となると、大袈裟おおげさではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦しずうら町中まちなかまで
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さるほどに神月梓は、暗夜、町中まちなかひともした洋燈ランプを持って、荷車の前に立たせられて、天神下をかしこここ、角の酒屋では伺います、莨屋たばこやの店でも少々、米屋の窓でもちょいとものを。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
正午ひる少しさがった頃、公園の見晴しで、花の中から町中まちなかの桜をながめていると、向うが山で、居る処が高台の、両方から、谷のような、一ヶ所空の寂しい士町さむらいまちと思う所の、物干ものほしの上にあがって
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亀井戸寄りの町中まちなかで、屋台に山形の段々染だんだらぞめ錣頭巾しころずきんで、いろはを揃えた、義士が打入りの石版絵を張廻わして、よぼよぼの飴屋あめや爺様じさまが、しわくたのまくり手で、人寄せにそのかね太鼓をたたいていたのを
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男衆もちょっと町中まちなかみまわした。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)