さま)” の例文
旧字:
こんなに何事にも力の尽きたやうな今のさまがみじめでならなくも思はれるのであつた。二人の記者は何時いつの間にか席に居なくなつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いわんや酒を飲みたることなきは勿論、婦人に戯言ざれごとを吐きたることなきは勿論、遊廓などに足蹈みしたるさまは一向に見受け申さず候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
だんだん地震じしんしずまった時分じぶん、みんなはめいめいのうちへはいりました。よっちゃんもうちへはいってうちさまてびっくりしました。
時計とよっちゃん (新字新仮名) / 小川未明(著)
父は往来わうらいの左右を見ながら、「昔はここいらは原ばかりだつた」とか「なんとかさまの裏の田には鶴が下りたものだ」とか話してゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
問『ではいままでただお姿すがたせないというだけで、あなたさまわたくし狂乱きょうらん状態じょうたいかげからすっかり御覧ごらんになってはられましたので……。』
くろかみと、淡紅色ときいろのリボンと、それから黄色い縮緬ちりめんの帯が、一時いちじに風に吹かれてくうに流れるさまを、あざやかにあたまなかに刻み込んでゐる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
三郎は、ほっとため息をつきながら、すばやく身じたくをし、それから釣床の中を片づけて交替の艇夫がすぐさまねられるように用意をした。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
第三、不尽の高くさかんなるさまを詠まんとならば今少し力強き歌ならざるべからず、この歌の姿弱くして到底不尽にい申さず候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
番「たいでもえ、あたいは理の当然をいうのや、お嬢さまを殺して金子かねを取ったという訳じゃないが、う思われても是非がないと云うのや」
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
はずかしがるにゃァあたらねえ。なにもこっちから、血道ちみちげてるというわけじゃなし、おめえにれてるな、むこさま勝手次第かってしだいだ。——おせん。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
住人は、窮してくると、天井から雨戸障子まで焚いてしまう類であったから、一間しかない座敷のなかの、貧しい一家団欒のさまがむきだしだ。
烏恵寿毛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
かないまどから、あなたさまのラプンツェルをのぞきまして、べたい、べたいとおもいつめて、ぬくらいになりましたのです。
ぼんやりうつむいている多津吉を打撞ぶつかったように見ると、眉はきりりとしたが優しい目を、驚いたさまみはりながら、後退あとじさりになって隠れたが。
彼が自動車を買ったかと思うと、すぐさま芙蓉が殺されたのでは、少々危険だと考えたのである。だが、これは寧ろ杞憂きゆうであったかも知れない。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
風呂屋に行った時着物を脱ぐ拍子にそれを板間にばらいて黒い皮膚をした大きな裸の同君がそれを掻き集めたさまなどがまだ目に残っている。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
口は炎の息を出し、顔は異様なさまに変わり、人間の形が保たれることはできないかのようで、戦士らは皆燃え上がっていた。
そら、ばけものはチブスになってぬだろう。そこでぼくはでてきてあんずのおひめさまをつれておしろかえるんだ。そしておひめさまをもらうんだよ。
いちょうの実 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「約束通りメヂューサの首をお目にかけよう」といひさま、不意に王の目に前に差し出すと、王の五体は立ち所にすくんでそのまゝ石と化して了つた。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
何でこれ程のおもいを己はせねばならぬのか。何で死が現われて来て、こうまざまざと世のさまを見せてくれねばならぬのか。
「嘘をいえ」と、叱って、「そちの容子は、なんとなくいぶかしいぞ。その眼の暗さはなんだ。その挙動のそわそわしているさまはなんだ。去れっ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その運動のさまを了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささか足らざるものあるが如し。
読倫理教科書 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
其れを非人・かたひ・ゑたなど、人まじろひもせぬ同じさまのものなれば、紛らかして非人の名を穢多に付けたるなり。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
下水と溝川みぞかははその上にかゝつたきたな木橋きばしや、崩れた寺の塀、枯れかゝつた生垣いけがき、または貧しい人家のさまと相対して、しば/\憂鬱なる裏町の光景を組織する。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その証拠しょうこにはあの狐噲こんかいの唄の文句なども、子が母を慕うようでもあるが、「来るは誰故だれゆえぞ、さま故」と云い、「君は帰るか恨めしやのうやれ」と云い
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「住友さんだの鴻池こうのいけさんだのと金持をさまづけにしてう有難そうに言うところを見ると、最早もう大分出来ているね?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お常は三十日の芝居を、十八日までつゞさまに、通ひ詰めたがうしても徳三郎と言葉をはす事が出来なかつた。
源叔父はこのさま見るや、眠くば寝よとやさしくいい、みずから床敷きて布団ふとんかけてやりなどす。紀州のいねし後、翁は一人炉の前に坐り、眼を閉じて動かず。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
中にも美しい小舟に乗った二人の男は、女の舟の側をれ違いさまに、帽を脱いで、微笑ほほえみながら丁寧に礼をした。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そこで私の買い集めた貧しい参考品を資料として勝手な方法を種々工夫して見たのでありますがなかなか思うさま絵具がのびなかったり、かわきにくかったり
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
受けて無言だまって居るのですか覚えがないと言切てお仕舞いなさい貴方に限て其様な事の無いのは私しが知て居ますと泣きつ口説くどきつするさまに一同涙をもよおしました
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
七一 この話をしたる老女は熱心なる念仏者なれど、世の常の念仏者とはさまかわり、一種邪宗らしき信仰あり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たかしの窓からは、地盤の低い家々の庭や門辺に立っている木々の葉が、一日ごとがれてゆくさまが見えた。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
壮い男は思い出したように小さな声で、「お月灘桃色つきなだももいろ、だれが云うた、さまが云うた、様の口を引き裂け」
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
公は漸く其処迄辿り着き、気息奄々えんえんたるさまでとっつきの一軒に匍い込む。扶け入れられ、差出された水を一杯飲み終った時、到頭来たな! という太い声がした。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その従僕茶屋の台所にいると、有名な妓女が来て二階へ上らんとしてこうがいを落した。従僕拾うて渡すと芸子はばかさまと言いざまその僕の手とともに握って戴き取った。
仰向あおむけになって鋼線はりがねのような脚を伸したり縮めたりして藻掻もがさまは命の薄れるもののように見えた。しばらくするとしかしそれはまた器用にはねを使って起きかえった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
此帝都このていとを去りて絶海無人ぜつかいむじんたうをさして去りぬ、さかんなるさまを目撃したる数萬すうまんの人、各々めい/\が思ふ事々こと/″\につき、いかに興奮感起こうふんかんきしたる、ことに少壮せうさうの人の頭脳づなうには
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
それで是非共に、あれを、御自由のきく此方こなたさまの御手で御取返しを願いに、必死になって出ました訳。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さいなまれしと見ゆるかたの髪は浮藻うきもの如く乱れて、着たるコートはしづくするばかり雨にれたり。その人は起上りさまに男の顔を見て、うれしや、可懐なつかしやと心もそらなる気色けしき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、続いてそこには、まさに、見る眼を覆わしめるような、およそ現実の怪奇としては極端かとも思われる——それは、血を与え肉を授けた地獄絵のさまなのであった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
嘉門次は、今年六十三歳だ、が三貫目余の荷物を負うて先登するさまは、壮者と少しも変りはない。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
これはお稲荷いなりさまの下さった鯛だと云って、直ぐに料理をして、否唯いやおうなしに箕村に食わせたそうだ。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
靄然あいぜんたる君子の風、温雅なる淑女のさまは我得んと欲して得る能わず、貧は我を社会より放逐せしむるものなり、貧より来る苦痛の中に寒固孤独の念これ悲歎の第五なり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あきれ顔に口をつぐめるも可笑おかしく、かつは世の人の心のさまも見えきて、言うばかりなく浅まし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
春装を取り乱したまま土盛りの上にヒレ伏して『あなたは何故なにゆえわたしを振り棄てて死んだのですか』と口説くどく様子を見ると、いかさま、相思の男の死をうらむ風情である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
身をやつす、しずが思いを、夢ほどさまに知らせたや、えい、そりゃ、夢ほど様に知らせたや……
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
物を案ずるさまにて部屋の内をあちこち歩き、何かそこらの物を手に取りては置き、また外の物を手に取りては置き、紙巻を一本取りて火を付け、一吸ひとすい吸い、たちまちそれを投げ捨て
赤塚あかつかドクトルも見舞に見え給ひしかどおん顔をわづかに見参らせしのみ、御身体おんからだはセルロイドの上かろく足重く作られし人形のさまして戸口より帰らせ給ふを気の毒に見申せしにさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あみだ上りはみなつづら笠、どれがさまやらぬしじゃやら——この文珠屋も、葛籠笠つづらがさをかぶっていたから、あの時は顔容かおかたちは見えなかったが、こうして素面に日光を受けたところは——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
広太郎にとってはこの部屋のさまは、一生忘れることが出来なかった。とはいえ、それとて一口にいえば、城之介の奉ずるイスラエル教の、単なる道場に過ぎなかったのではあるが。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)