とり)” の例文
旧字:
彼は又優良なとりの卵を孵化かへして、小作人たちの飼つてゐる古い、よぼ/\の、性質たちのよくないとりとたゞで取替へてやることを申出た。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
春はまだ浅き菜畠、白きとり日向あさるを、水ぐるままはるかたへの、窻障子さみしくあけて、わらべひとり見やれり、の青き菜を。
(新字旧仮名) / 北原白秋(著)
遠近おちこちではとりが勇ましく啼いた。市郎はよぎを蹴って跳ね起きた。家内の者共は作夜の激しい疲労に打たれて、一人もまだ起きていない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とこうするとりの声が聞えてくる、万野は自分の寝屋ねやの妻戸をそっと押して、別れ難かろう二人に別れをうながしにくるのであったが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳥屋とりやさん、どうかわたしめずらしいとりってくれないか。このまえ、このみせってかえったとりはありふれたとりで、めずらしくもなんともない。」
金持ちと鶏 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかも昨日御殿坂で例ののっそりがひとしおのっそりと、往生したとりのようにぐたりと首をれながら歩行あるいて居るを見かけましたが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それがまた極端に単純素朴なもので、囲いのうちにはいってみると、二、三羽のとりがそこらに散らばっている穀物をついばんでいます。
万梅まんばい——浅草公園伝法院でんぼういんわきの一流割烹店かっぽうてん——で食事をし、歌舞伎座見物の帰りは、銀座で今広いまひろとりをたべるといったふうだった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お夏さんは飛んだそのとりを可愛がってます。それから母上おっかさんはいうまでもありませんが、生命いのちがけで大事にしているお雛様ひなさまがありますよ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして四時も……つい、とろとろとしたら、もう朝の五時……遠くでとりが鳴いたかと思ったら、もうワイワイと棍棒、鳶口の一隊です。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
養鶏談の長かりけるうちに眼前の料理場にてはレデーケーキも美事みごとに出来上り、一人の料理人はとり俎板まないたに載せてその肉をき始めたり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
寺の門、町はずれから見たる日光群山、桑畑のとり、路傍の、うどんひもかわと書いた大和障子やまとしょうじなどの写生がだんだんできた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
馬鈴薯じゃがいも甘藷かんしょ胡羅蔔にんじん雪花菜ゆきやさいふすまわら生草なまくさ、それから食パンだとか、牛乳、うさぎとり馬肉ばにく、魚類など、トラックに満載まんさいされてきますよ
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いきに吾がふ君はとりが鳴くあづまの坂を今日か越ゆらむ」(同・三一九四)等、結句の同じものがあるのは注意すべきである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「別に御馳走ごちそうと云つては無いけれど、松茸まつだけ極新ごくあたらしいのと、製造元からもらつた黒麦酒くろビイルが有るからね、とりでも買つて、ゆつくり話さうぢやないか」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
読んでいますうちに、山道に迷った者がどこかにとりの声を聞くような、まっくらな晩にかすかな光がどこからかさすように思いましてね。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ハハハハハ、どうせ音楽の神ミューズいとの音までも聴けるのでしたら、そんな風に、とりの声でイビュコスの死を告げると云うのはどうですかな。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「どうだ諸君こうやって出そうとすれば、何個いくつでも出せる。しかしそう玉子ばかり出してもつまらないから、今度こんだは一つ生きたとりを出そう」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しぎくちばしのように長い鼻とがくっついているさまは、まるで風見のとりが、彼の細い首のうえにとまって、風の吹く方向を告げているようだった。
歌舞伎の長者として、王者のように誇を、持っていた藤十郎の心も、蹴合けあわせに負けたとりのように悄気しょげきってしまっていた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
市内で相応に名を売つてゐる或る鶏肉かしは屋の主人あるじ鶏肉かしはの味はとりおと瞬間ほんのまにあります。」と言つてしかつべらしく語り出す。
これだけならば不思議はないのであるが、次の巻のいちばん初めのその人の句が「卵産むとり」であって、その次が「干鰯俵ほしかだわらのなまぐさき」である。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とり鳥屋とやへ追い込むときの手加減で双方から等分に詰めかけないと、大切だいじのところでパッと舞い立ってしまうのらしい。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
隣家から酒気を含んだ高声たかごえが聞えて来た。子は夕暮前に、井戸傍いどばたで隣家の主人がとりをつぶしていたのを眼に浮べた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
とりならこれから卵を産もうという一番のする牝鶏めんどりを十羽買えるだけのおあしを払わねばならなかったことをいった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
近くの百姓家でとりが鳴くと、二人は期せずして黙りこんで、三つの眼が、あいだに置かれた乾雲丸の刀装とうそうに光った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
姫君も予の泣くのを見て、しきりに涙を流される。それが久しい間続いたと思うたが、やがて、どこやらでとりが啼いて、予の夢はそれぎり覚めてしもうた。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あのとりも皆、誓いに背いただれかのためにも歌ってるんだ。私たちのめいめいのために、毎朝歌ってくれる。」
かべによりかかりながら、じっと目をまどに向けて、星が一つ一つ消えてゆくのをながめた。遠方にはとりがときを作る声が聞こえた。もう明け方であった。
人に軽蔑けいべつもさせたく思いません心から、とりの声も聞こえませぬような僧房住まいをおさせする気になっていたのですが、大将さんをはじめてお見上げして
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかしこの時清朗とした、朝のとりの啼き声が響き、それに誘われたか諸方から、鬨をつくる鶏の声が聞こえた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そく仕方しあげたに教育せられ薫陶くんとうせられた中から良妻賢母れうさいけんぼ大袈裟おほげさだがなみ一人前の日本にほん婦人が出て来るわけなら芥箱ごみばこの玉子のからもオヤ/\とりくわさねばならない
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
その代りにたきぎを割ったり、毛布一つで農村労働者に「自覚」と「団結」を促して歩いたり、とりを盗んだり山火事を起したり、貨物列車にぶら下って旅行したり
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
いま初めて私は私の心のなかに夜明けのとりが東天紅とときを告げているのがまざまざと感じられてきました。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そうですね、いつぞやも御天守の初重しょじゅうで、お宿直とのいの方々が、その品さだめでとりいてしまったそうです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
牛豚肉は滅多めったに食わず、川魚はすくなし、まれいたちに吸われたとりでも食えばほねまでたゝいて食い、土の物の外は大抵塩鮭しおざけ、めざし、棒鱈にのみ海の恩恵を知る農家も
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
暁方あけがた近くらしいぬくい朝ぼらけを告ぐるやうなとりの声が、距離不明の辺から聞えて来た。彼はこの混濁した朝、茶をむことにとぼけたやうな興味を感じ出した。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
茄子なすを作ったり、野菊やトマトを植えたり、こいを飼ったり、とりを養ったりして、まるで自給自足の生活であるが、別に不自由は感じないから安心してくれといった。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
芭蕉の名句「何にこの師走しわすの町へ行くからす」には遠く及ばず、同じ蕪村の句「麦秋むぎあきや何に驚く屋根のとり
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
またしばしば仲密夫人に勧告して、蜂を飼え、とりを飼え、牛を飼え、駱駝らくだを飼えとさえいうのだ。
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
とりは鏡のインタアヴァルから餌をあさる。その上を世紀が蝶鉸てふつがいのやうに、せはしくめぐつてゐる。その音に私はふりかへるのである。ねえ、くれぐれも断つておきたい。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
家内の者は、二人を奥のへやへあげて茶をんでくれました。二人はやっと安心して茶を飲んでおりました。もうが明けかけておりました。どこかでとりの声がしました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「へい。よろしゅうございます。そのかわり私のとりをとるのを、あなたがとめてはいけませんよ」
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一同喜び、狐の忍入った雞小屋から二羽のとりを捕えて潰した。黒いのと、白いぶちある牝鶏めんどり二羽。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
く、く、くと鳴いているとりの世話をしに芳太郎は裏の方へ出て行った。お庄も砂埃を拭き掃除しようと思ったが、初め来たころ日課にしていたようには働けもしなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それにおびえて狂いまわる猿輩さるども裂帛れっぱくの叫び……呑気な羊や、とりの類までも眼を醒して、声を限りに啼き立て、めき立てている。その闇黒の騒がしさ……モノスゴサ……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ねんねしなされ、おやすみなされ。とりがないたら起きなされ」と歌う。つややかな声である。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「寝よう乎」と寝返りしてはた暫らくして、「どうも寝られない」と向き直ってポツリポツリと話し出し、とうとうとりが聞えて雨戸あまどすきが白んで来たまでも語り続けた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と、その跫音あしおとおどろいたとりどもは、宿木とまりぎの上で、きゃあきゃあ騒ぐ。にんじんは怒鳴どなる——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
彼様あんなはアかてえ義理を立てる人はねえ、此の前彌次郎やじろううちとり喜八きはちめたっけ、あの時おふくろが義理が立たねえって其の通りの鶏を買ってねえばなんねえと、幾ら探しても
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)