うろこ)” の例文
さかうろこを立てて、螺旋らせんうねり、かえつて石垣の穴へ引かうとする、つかんで飛ばうとする。んだ、揉んだ。——いや、おびただしい人群集ひとだかりだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると僕のまぶたの裏に銀色の羽根をうろこのように畳んだ翼が一つ見えはじめた。それは実際網膜の上にはっきりと映っているものだった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、たちまち眼からうろこでも落ちたように、盲人には主の顔が見えるようになった。民衆は泣きながら、彼の踏んで行く土を接吻する。
井戸の水をすっかりのんで了って、村はずれの川端へ走って行って、又水をのんだ。のんでるうちに、体中へぶつぶつとうろこが吹き出た。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まぐろの中とろから始って、つめのつく煮ものの鮨になり、だんだんあっさりした青いうろこのさかなに進む。そして玉子と海苔のり巻に終る。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
焼けるような真夏の暑さにむかって青い蛇は生き生きしたうろこの色をよみがえらせたが、蛇つかいの顔には暗い影が始終まつわっていた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その褐色かっしょくに黒い斑紋はんもんのある胴中は、太いところで深い山中さんちゅうの松の木ほどもあり、こまかいうろこは、粘液ねんえきで気味のわるい光沢こうたくを放っていた。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
先方の出す手が棘々満面とげとげだらけの手だろうが粘滑油膩ぬらぬらあぶらの手だろうがうろこの生えた手だろうがみずかきの有る手だろうが、何様どんな手だろうが構わぬ
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三ツうろこの幕やら彩旗をなびかせた女房船、供船などの数十そうが、一列な白波を長く曳いて行く。その快も、高時の語を、はずませていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されど、そのかわりには、うろこ生えておおいなる姿の一頭のりゅう、炎の舌を吐きつつ、白銀しろがねの床しきたる黄金の宮殿の前にぞうずくまりてまもりける。
折柄おりから四時頃の事とて日影も大分かたぶいた塩梅、立駢たちならんだ樹立の影は古廟こびょう築墻ついじまだらに染めて、不忍しのばずの池水は大魚のうろこかなぞのようにきらめく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その雪と岩壁の接触点も、往々パックリと巨口を開いて、この大白蛇は、いかついうろこを刻んだ数丈の脇腹を、底しれぬ闇の中に浸している。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
その隣には寂光院の屋根瓦やねがわらが同じくこの蒼穹そうきゅうの一部を横にかくして、何十万枚重なったものか黒々とうろこのごとく、暖かき日影を射返している。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほんとに鰯のうろこつてなかつたが、不断女房かないとげのある言葉を食べつけてゐる者にとつては、魚のうろこなどは何でもなかつた。
口笛の流れて来る家の前まで来ると、うろこまびれになった若い男達が、ヒュッ、ヒュッ、と口笛に合せて魚の骨をたたいていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
つのあればきばなく、うろこあれば髪がないというように、必ず一方の手段である目的を達しえられる程度までに進んでいるだけで
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
「尤も見當だけはついてゐる。岩井銀之助の近い親類か、無二の友達で、三つうろこを定紋にしてゐる家を搜してくれ。——駿河臺の鈴木町邊だ」
銭形平次捕物控:126 辻斬 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
真白な潔い雪の上に、うろこの光のある肉のしまった新しい魚を拾ったというところに、気のはりつめたような快さがあります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大きなうろこが、金と黒とで、まるで絵に描いたように、はっきりと見え、口の端には、これも絵のように、ひげが二つあった。
水のおもてがはげしく動いて、キラリとうろこを光らせながら、虹色の魚が飛びあがりざま、パクリとそれをのみ込んでしまった。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そしてクリムソンレーキを水に薄く溶かしたよりもっと鮮明な光を持ったうろこの色に吸いつけられて、思わずぼんやりと手の働きをやめてしまう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その左にほうふつとして立つ紫の幻塔が見える、それが金のうろこのお城だというのである。そう聞けば何か閃々せんせんたる気魄きはくが光っているようでもある。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
斯様にズリ抜ると云う者は詰り髪の毛の持前です、極々ごく/\度の強い顕微鏡で見ますと総て毛の類には細かなうろこが有ります
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
鮫というさかなは俗に鮫肌と申しまして、うろこすべらんように出来ておりますけに、海の上の枕としては誠におあつらえ向きです。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
児が何か言おうとしていると、庭のさきに四頭の馬をつけた黄※車こうせんしゃが来たが、その馬の股には皆うろこがあった。祝夫婦はそれを見ると盛装して乗った。
水莽草 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
総角あげまき十文字じゅうもんじひしかにうろこ、それにも真行草しんぎょうそうの三通りずつ有った。流儀々々の細説は、写本に成って家に伝わっていた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
しかるに、籠目かごめ麻葉あさのはうろこなどの模様は、三角形によって成立するために「いき」からは遠ざかって行く。なお一般に複雑な模様は「いき」でない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
にもかくにも、すらりとした、背の高い彼の女の総身は、栗色くりいろの髪の頂辺てっぺんから純白の絹の靴の先まで、うろこのようにきらきらと閃めく物がちりばめてある。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蛇に似て大きく、腰以下のうろこことごとく逆生す。能く気を吐いて楼台を成す。高鳥、飛び疲れ、いてやすみに来るを吸い食う。いわゆる蜃楼しんろうだという。
ほんとにどのようなしかえしが来ようも知れぬ、こんなやくのない見張りをしているうちには、どこからかうろこの音を忍んで這い上って来るにちがいないのだ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
或は、その小さな輝きが魚のうろこのやうに重り合つて居るところもあつた。涼しい風が低く吹いて水のおもてを滑る時には、其処は細長い瞬間的な銀箔ぎんぱくであつた。
千万のうろこが水底できらめくように光っている、「へえこの雲じゃあ、時降しぶりにゃあなりっこなし、案じはねえ」
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
津の川波はうろこがたの細かいしわを見せ、男の古い狩衣かりぎぬには少し寒いくらいだった。青い下帯をしめた彼は渡舟を待つあいだ、筒井と土手に腰をおろしてやすんだ。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それから私達はしばらく無言のまま、丘の上にたたずみながら、いつのまにか西の方から中空にずんずん拡がり出した無数のうろこのような雲をじっと見上げていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
刻み、あるいはすりしょうがを加えることも大きな必要事項と知っておくべきである。この雑炊に対する一大注意事項は、絶対に骨とうろことを混ぜぬ用心である。
ここの鯉は、うろこが金色に光っているのが、特徴であって、それで金鱗湖という名前もついたわけである。
金鱗湖 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
やわらかなはらうろこあいだに、一めんくぎがささりまして、そこからながれだし、そのままんでしまいました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ウグイのうろこのように銀色をおびて、全体が一つの生きた魚のような水のかがやきを見るのはすばらしい。
外光が薄くなって、奥の闇と交わっている辺りには、幾つか文字面の硝子らしいものが、薄気味悪げなうろこの光のように見え、そのほのかな光に生動が刻まれていく。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
朝は灰色、正午ひるは暗く、夜は明るい市街。雨で蛇のうろこのように光る歩道。それを反映して赤い空。キャナビエルの大街。裸女見世物の勧誘人。頬の紅い女達の視線。
貴婦人は曲馬団の女のつける様な、ギラギラとうろこみたいに光る衣裳をつけ、俯伏うつぶしの品川四郎の背中へ馬乗りになっていた。馬は勿論着物を、…………………………。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしの心の変化などはすこしも知らない人魚は、相かわらず白いからだを光らせ、うろこをきらめかせてはおよぎ、真珠の玉につつまれながら水中にもぐったりします。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
団十郎のふんした高時の頭は円く、薄玉子色の衣裳いしょうには、黒と白とのうろこの模様が、熨斗目のしめのように附いていました。立派な御殿のひさししとみを下した前に坐っています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その音に初めて気づいたように蛇は、うろこに包まれた鎌首かまくびをもたげた。小さなまるい眼で高倉祐吉の顔をのぞきこみ、口をあけないで赤い舌をちろちろと動かしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
出来のよいことと産額の多いこととではこれらの町のが全国第一でありましょう。眼でもうろこでもひれでも皆手描てがきでありまして、割筆わりふでの用い方など妙を得たものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
わたくしただちに統一とういつめて、いそいで滝壺たきつぼうえはしますと、はたしてそこには一たい白竜はくりゅう……爛々らんらんかがや両眼りょうがん、すっくとされた二ほんおおきなつのしろがねをあざむくうろこ
見渡す処、死んだ魚の眼の色は濁りよどみそのうろこは青白くせてしまい、切身きりみの血の色は光沢つやもなくひえ切っているので、店頭の色彩が不快なばかりか如何いかにも貧弱に見えます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
卑弥呼は藁戸の下へ蹲踞うずくまると、ひとりすずなを引いては投げ引いては投げた。月は高倉の千木ちぎを浮かべて現れた。森の柏の静まった葉波は一斉に濡れた銀のうろこのように輝き出した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
近いところは物の影がくっきりと地を這って、なかごうのあたり、いらかうろこ形に重なった向うに、書割かきわりのような妙見みょうけんの森が淡い夜霧にぼけて見える。どこかで月夜がらすのうかれる声。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「水が綺麗で、風景が好くて、鮎の名所です。彼処あすこのはうろこ金色きんいろで、あぎゃんした甘か鮎は日本国中何処にもなかと申します。焼いてゆずをかけておあがったら頬が落ちますぞ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)