駿河するが)” の例文
駿河するがの府中まで来ると遊行上人の一行は、世の常の托鉢僧たくはつそうのような具合にして、伝馬町の万屋よろずやというのへ草鞋わらじを脱いでしまいます。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
衛門 (丘の上に上って行きながら)それにしても、駿河するがの国にあると云う山が、ここからそんなにはっきりと見えるものでしょうか?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
嘉永かえい五年五月はじめの或る日、駿河するがのくに富士郡大宮村にある浅間神社の社前から、二人の旅装の青年が富士の登山口へと向っていった。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
貞享二年十二月二十五日、聖者白隠は駿河するが国駿東郡原駅で生れた。家柄は士筋の百姓であるからインテリの血は多少流れている。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
過ぐる年の秋、幕府の外交奉行で大目付を兼ねた山口駿河するが(泉処)をこの馬籠本陣に泊めた時のことが、ふと彼の胸に浮かんだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「おまえなどは知らないでもいいことだが、お使いをする褒美ほうびとして聞かしてやろう。ここは甲斐かい信濃しなの駿河するがさかい、山の名は小太郎山こたろうざん
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なんでもなん千年というむかし、甲斐かい駿河するがさかいさ、大山荒おおやまあれがはじまったが、ごんごんごうごうくらやみの奥で鳴りだしたそうでござります。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
乳母が大切な主人の子を水の中に落して、自分も申しわけのために身を投じて死んだという話は、駿河するがうばが池の他にもまだ方々にあります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
草薙くさなぎつるぎ景行天皇けいこうてんのう御時おんとき東夷とうい多くそむきて国々騒がしかりければ、天皇、日本武尊やまとたけるのみことつかわして之を討たしめ給う。みこと駿河するがの国に到りし時……
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
八王子には千人同心が、少くとも二小隊は集る。菜葉なっぱ服が二大隊、これも御味方しよう。甲府城には、加藤駿河するがの手で、三千人、それに、旗本を
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
みかどは、てん一番いちばんちかやま駿河するがくににあるときこして、使つかひの役人やくにんをそのやまのぼらせて、不死ふしくすりかしめられました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
以前の長州藩松平大膳大夫だいぜんだゆうはここでは山口藩毛利従三位もうりじゅさんみであり、前将軍家は、シの部の筆頭に静岡藩、駿河するが七十万石徳川従三位とあるのがそれだ。
武鑑譜 (新字新仮名) / 服部之総(著)
静岡県は遠江とおとうみ駿河するが伊豆いずとの三国を含みます。富士の国といってもよいでありましょう。四季をその眺めで暮します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
のち十年位して、江戸の芝口で火刑に処せられた切支丹の宗徒の中に、駿河するがの浪人で吉見太郎左衛門と云う者がいたと云うことが某記録に残っている。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
おされ其方最初さいしよ九助江戸奉公中に百八十兩と云大金をたくはへたと有が右は如何樣の儀で貯しぞと申さるゝに藤八其儀うけたまはりし處江戸駿河するが町の町内抱へ番人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
わたしがこの駿河するがの沼津に自分の住宅を建てようとする企てのある事が、或る新聞の文藝消息欄に出ました。すると一通の手紙がわたしの許に屆きました。
金比羅参り (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
田口益人たぐちのますひとが和銅元年上野国司かみつけぬのくにのつかさとなって赴任ふにんの途上駿河するが浄見きよみ埼を通って来た時の歌である。国司はかみすけじょうさかんともに通じていうが、ここは国守である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
互いにむつみ合うはおろかの事、かえって交互たがいに傷つけ合い、甲斐かいの武田は越後えちごの上杉、尾張おわりの織田、駿河するがの今川
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
慶安元年に駿河するが久能山くのうざんに葬った権現様を、御遺言で日光山に改葬し、東照宮を御造営の折り、譜代外様を問わず、諸侯きそっていろいろな寄進をなされた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
汽車のなかに沼津ぬまづの人が乗りあわせていて、三、四年まえの正月に愛鷹丸あしたかまる駿河するが湾で沈没した当時の話を聞かせてくれた。その中にこんな悲しい挿話があった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
落城の惨苦を辛うじて逃れた当主義安の未亡人俊継は、亡き義安のわすれ形見、義定をつれて駿河するがを転々としていたが、永禄十二年、吉良荘に帰ることをゆるされ
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
上には青空か白雲、時には飛行機が通る。駿河するがの富士や房総ぼうそうの山も見える日があろう。ついでに屋上さらに三四百尺の鉄塔を建てて頂上に展望台を作るといいと思う。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
藤五郎成実は留守の役、片倉小十郎、高野壱岐いき、白石駿河するが以下百騎余り、兵卒若干を従えて出た。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小野蘭山は、猪獾すなわち猯は、日本でマミまたミダヌキまたキソノカワクマと称え体肥えて走る事遅し、狗獾は、駿河するがでアナホリと呼び体せて飛鳥のごとしと述べた。
その山脈の道を通って、駿河するがから甲斐へ運ぶ塩車の列が、遠く穂蓼の隙間すきまから見えるのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私は、駿河するがの国(静岡県)の海岸の袖師そでしで生まれた。興津おきつの隣り村である。私は生まれてまもなく、母にいだかれて東京に移った。母の生家は、徳川時代から神田明神下かんだみょうじんしたにあった。
私の歩んだ道 (新字新仮名) / 蜷川新(著)
くま本州ほんしゆうやまさんするものは、アジア大陸たいりくさんする黒熊くろぐま變種へんしゆです。秩父ちゝぶやま駿河するが甲斐かひ信濃しなの相模さがみ越中えつちゆう越後等えちごなど山中さんちゆうにをり、ややまぶどうをこのんでべてゐます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
「ご老中のおことばでござるが、その天魔太郎なるもの、真偽のほどはともかく駿河するが大納言さま忘れ形見と名のり、ふかしぎ千万の術をおこなって、なかなかもって手におえません」
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
卯月うづきのすえ、ようようきょうの旅泊りは駿河するがの国、島田の宿と、いそぎ掛川かけがわを立ち、小夜さよの中山にさしかかった頃から豪雨となって途中の菊川も氾濫はんらんし濁流は橋をゆるがし道を越え
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
頼朝よりとも公と不和になられた義経よしつね公が、弁慶べんけい亀井かめい伊勢いせ駿河するが常陸坊ひたちぼうの四天王を引きつれて陸奥みちのくへ下向される。一同は山伏に姿をやつしている。が、こうしたことは鎌倉に聞えている。
幕府に不満の駿河するが大納言忠長と懇談したというようなことから、大いににらまれた。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
へいお入来いでなさいまし是は何うも御免なさいまし、誠に有難う、其処そこに札が附いてます、一帖幾らとして有りますへい半紙は二十四文で、駿河するが半紙は十六文、メンチは十個とおで八文でげす
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さうすると早速其人は駿河するがの桑原苾堂であらうと云つて、友人賀古鶴所がこつるどさんのもとに報じてくれた人がある。それは二宮孤松にのみやこしようさんである。二宮氏は五山堂詩話の中の詩を記憶してゐたのである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
右手は越後えちご越中えっちゅう、正面は信濃しなの飛騨ひだ、左手は甲斐かい駿河するが。見わたす山々は、やや遠い距離を保って、へりくだっていた。しかも彼らは、雪もて、風もて、おのれを守り、おのれの境をまもっていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
ひたちなる駿河するがの海の須磨すまの浦になみ立ちいでよ箱崎はこざきの松
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ここをどこぞと、もし人問わば、ここは駿河するが
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今日は郷里駿河するが富士郡に帰っている。
此處こゝ駿河するがとよばしめよ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
伊勢国(山田、松阪、津、一身田、四日市、桑名) 尾張国(名古屋、熱田、津島、大野、半田) 三河国(豊橋、岡崎、北大浜、西尾、蒲郡、豊川) 遠江とおとうみ国(掛川、浜松、平田、中泉) 駿河するが国(静岡、小川、清水、藤枝) 相模さがみ国(大磯) 武蔵国(忍) 上総かずさ国(千葉、茂原) 近江おうみ国(大津、豊蒲、五ヶ荘、愛知川、八幡、彦根、長浜) 美濃国(岐阜) 上野こうずけ国(安中、松井田、里見、高崎、八幡) 岩代いわしろ国(福島) 陸前国(築館、一迫) 陸中国(盛岡、花巻) 陸奥むつ国(弘前、黒石、板屋野木、鰺ヶ沢、木造、五所川原、青森、野辺地) 羽前うぜん国(米沢、山形、寒河江、天童、楯岡、新庄、鶴岡) 羽後うご国(酒田、松嶺、湯沢、十文字、横手、沼館、六郷、大曲、秋田、土崎、五十目、能代、鷹巣、大館、扇田) 越後国(新井、高田、直江津、岡田、安塚、坂井、代石、梶、新潟、沼垂、葛塚、新発田、亀田、新津、田上、加茂、白根、三条、見附、浦村、片貝、千手、六日町、塩沢、小出、小千谷、長岡、大面、寺泊、地蔵堂、新町、加納、野田、柏崎) 丹波国(亀岡、福知山) 丹後国(舞鶴、宮津、峰山) 但馬たじま国(出石、豊岡) 因幡いなば国(鳥取) 伯耆国(長瀬、倉吉、米子) 出雲国(松江、平田、今市、杵築) 石見いわみ国(波根、太田、大森、大国、宅野、大河内、温泉津、郷田、浜田、益田、津和野) 播磨はりま国(龍野) 備前びぜん国(閑谷) 備後びんご国(尾道) 安芸国(広島、呉) 周防すおう国(山口、西岐波、宮市、徳山、花岡、下松、室積、岩国) 長門ながと国(馬関、豊浦、田辺、吉田、王喜、生田、舟木、厚東、萩、秋吉、太田、正明市、黄波戸、人丸峠、川尻、川棚) 紀伊国(高野山、和歌山) 淡路国(市村、須本、志筑) 阿波国(徳島、川島、脇町、池田、撫養) 讃岐さぬき国(丸亀、高松、長尾) 伊予国(松山、宇和島、今治) 土佐国(高知、国分寺、安芸、田野、山田、須崎) 筑前国(福岡、若松) 筑後国(久留米、吉井) 豊前ぶぜん国(小倉、中津、椎田) 豊後ぶんご国(日田) 肥前ひぜん国(長崎、佐賀) 肥後ひご国(熊本) 渡島おしま国(函館、森) 後志しりべし国(江差、寿都、歌棄、磯谷、岩内、余市、古平、美国、小樽、手宮) 石狩国(札幌、岩見沢) 天塩てしお国(増毛) 胆振いぶり国(室蘭)
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
近国の諸侯で尾州藩に属し応援を命ぜられたのは、三河みかわの八藩、遠江とおとうみの四藩、駿河するがの三藩、美濃の八藩、信濃しなのの十一藩を数える。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、敵の朝比奈軍を突きやぶり、松平元康をほうむれば、駿河するが殿の前衛はまったからず、義元の本陣へまでも、長駆ちょうく、迫り得るかと存じまする
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東海道でも駿河するがの吉原、遠江とおとうみ白須賀しらすかなどは、住民の都合で何度も町を移している。最初の場処も今では変化してしまった。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ここで中部と名づけるのは便宜上、美濃みの飛騨ひだ尾張おわり三河みかわ遠江とおとうみ駿河するが伊豆いず甲斐かい信濃しなのの九ヵ国を指します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
話はここで十八年まえ、すなわち寛永かんえい十八年(一六四一)にかえる、ところは駿河するがのくに田中城下、新秋の風ふきそめる八月のある日の午後のことであった。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
机竜之助が東海道を下る時、裏宿七兵衛うらじゅくしちべえはまた上方かみがたへ行くと見えて、駿河するがの国薩埵峠さったとうげの麓の倉沢という立場たてばの茶屋で休んでいました。ここの名物は栄螺さざえ壺焼つぼやき
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
弥兵衛は顔色を失って、そのまま屋敷へは立ち寄らず、駿河するがの故郷へ一途に走った。
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
成る辛抱は誰もする、成らぬ辛抱駿河するがの辛抱といいましてな、辛抱が肝心でがんすよ
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
申立んとする機後に控へし藤八おそれながら其儀は私しより申上んと進み出全く申樣のすぢには御座なく先以て是なる節と申女は私しあねの娘にて駿河するが國阿部川出生の者に候所姉むこはて幼少えうせうの身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「ともかく牢をあけましょう——私は駿河するが太郎、今は天魔太郎と申します」
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
乾児こぶんにまたいっぷう変ったやつがいて、中でもおもだったのは毛抜けぬきおと阿弥陀あみだの六蔵、駿河するがための三人。一日に四十里しじゅうり歩くとか、毛抜で海老錠えびじょうをはずすとか不思議な芸を持ったやつばかり。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)