しずか)” の例文
旧字:
世間もしずかになり、世の中もかわって来たので、いよいよ故郷に落ちつくことにして、家を建て、細君ももらって新しい生活に入った。
掠奪した短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朦朧もうろうと見えなくなって、国中、町中にただ一条ひとすじ、その桃の古小路ばかりが、漫々として波のしずか蒼海そうかいに、船脚をいたように見える。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただしずかにして居ったばかりでは単に無聊ぶりょうに苦しむというよりも、むしろ厭やな事などを考え出して終日不愉快な事をかもすようになる。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
夜はけた。彼女は椎のこずえの上に、むらがった笹葉ささばの上に、そうして、しずかな暗闇に垂れ下った藤蔓ふじづる隙々すきずきに、亡き卑狗ひこ大兄おおえの姿を見た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
が、瑠璃子が、そう声をかけた瞬間、今迄いままでしずかであった父が、にわかに立ち上って、何かをしているらしい様子が、アリ/\と感ぜられた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側のそとには小庭こにわがあるのやらないのやら分らぬほどなやみの中に軒の風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしずかに鳴いている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ふすましずかに開いて現われたのが梅子である。紳士の顔も梅子の顔も一時いちじにさっとこうをさした。梅子はわずかに会釈して内に入った。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
何の奇もない穏かな山であると思っていたのが、忽ち骨だらけな矹々ごつごつした山と変って行く。其変化の様をしずかに観ていると堪らなく面白い。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
母はそれからふっつり口をかなくなった。自分も眼をねむった。ふすま一つ隔てた隣座敷には兄夫婦が寝ていた。これは先刻さっきからしずかであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎いなかとの中間の或る湖畔の街のしずかなホテルです。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
濃厚にかさを持って、延板のべいたのように平たく澄んでいる、大岳の影が万斤の重さです、あまりしずかで、心臓ハート形の桔梗の大弁を、象嵌ぞうがんしたようだ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
単純な装いこそ相応ふさわしいのです。自からひかえめがちな、しずかな素朴な姿に活きています。人々は呼んでかかる美を「渋さ」と云うのです。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
燈火の下でやる時もあるが、昼間でもしずかなときには一室を締めきってとじこもっていた。そんな時、母は大きらいで自分からさきに避けた。
けだししずかの歌にある「峰の白雪けて入りにし人」は、この橋を過ぎて吉野の裏山から中院の谷の方へ行ったのであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
れが出来ればこのみちめに誠に有益な事で、私もおおいに喜びますが、果して出来るか出来ないか、私はただしずかにして見て居ます。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
が、しずかにとって、気になるのは、二十九という良人の若い肉体まで、そのせいか翡翠ひすいけずったようにあおく見えることだった。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その六人が六人とも、五十歳以上の老人ばかり揃っていたせいか、まだ春の浅い座敷の中は、肌寒いばかりにものしずかである。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木の葉が石の上にひたに散ってあるのが下駄にさわる、がさがさする音が耳立って聞える 二人は無言で進む しずかなことはこおろぎも鳴かぬ。
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして、黒い水の中央に、同じ黒さで浮んでいる、一つの岩をめがけて、しずかに泳ぎ初めた。水は冷たくも暖かくもなかった。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうさきッ潜りをするから困るしずかきゝたまえな、持物の無いのは誰が見ても曲者が手掛りを無くする為に隠した事だから追剥の証拠には成らぬが
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
婆あさんは膳と土瓶とを両手に持って、二人の顔を見競みくらべて、「まあ、大相たいそうしずかでございますね」と云って、勝手へ行った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夜更よふけて四辺あたりしずかなれば大原家にて人のゴタゴタ語り合う声かすかきこゆ。お登和嬢その声に引かされて思わず門の外へでたり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
朝目がさめるとながいあいだの習慣にしたがって睡後のけだるさが心臓から指の先まですっかりきえてしまうまではしずかに床のなかに仰臥している。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
真面目な、しずかな顔付で、色艶が余り好くなくって。口は何事もこらえて黙っているという風な、美しい口なのね。額と目とには気高い処がありますね。
内儀「はい/\、あの鳶頭、奥の六畳へ連れて行ったらよかろう、離れてゝ彼所あすこが一番しずかでもあり人が行かないから」
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「騒々しい。しずかにおよ。」と、お杉は鋭い声で叱り付けると、怪しい声はたちまち止んだ。お杉は再び無言で歩み出すと、重太郎も黙って続いて出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それをまだお白粉の残っている少女の鼻の処へ、ソロソロと近付けつつ、左手でしずかに脈を取っているので御座います。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はすでにぼっした。イワン、デミトリチはかおまくらうずめて寐台ねだいうえよこになっている。中風患者ちゅうぶかんじゃなにかなしそうにしずかきながら、くちびるうごかしている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「おしずかな晩ですね。」と声をかけてしまう。すると婆さんは、きっと小さな咳をつづけさまに三つばかりやって
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
失望落胆らくたんに沈んでいる時にも、もしこれがソクラテスじいさんであったら、この一刹那いっせつな如何いかに処するであろう、と振返って、しずか焦立いらだつ精神をしずめてみると
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
先刻さっき私を案内して来た男が入口の処へしずかに、影のように現れた。そして手真似で、もう時間だぜ、と云った。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
招ばれて来た町方の妓女おんなを擬し、白拍子のしずかの仮装をした、織江がそこに坐ってい、桐島伴作が付いていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白茶色になって来た田圃たんぼにも、白くなった小川のつつみ尾花おばなにも夕日が光って、眼には見る南村北落の夕けぶり。烏啼き、小鳥鳴き、あきしずかに今日も過ぎて行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
アッと驚き振仰向ふりあおむけば、折柄おりから日は傾きかゝって夕栄ゆうばえの空のみ外に明るくの内しずかに、淋し気に立つ彫像ばかり。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あん。」達二は、垣根かきねのそばから、やなぎえだを一本り、青いかわをくるくるいでむちこしらえ、しずかに牛を追いながら、上の原へのみちをだんだんのぼって行きました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
不吉の前兆のような、無気味なしずかさが、原っぱの上全体に押しかぶさって、夕靄が、威圧するように、あたりをめていた。そして颯々さつさつと雑草をなぎ黝黯あおぐろい風……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
のぞみは達せられずしては満足しない。しかし望の達せられぬ間は、望のある事その事が慰めである。「汝神を待ち望め」とわが魂に告げつつ、しずかに待つ者はさいわいなるかな。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
読者はこの語によって、昧爽まいそうしずかな空気の中に匂う梅の花の趣を感じさえすればいいのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
しずかに佇立しているようだが、体躯は絶えず上へ上へとのびあがり、今にも歌い出さんばかりである。飛鳥びとの心に宿った信仰の焔を、そのまま結晶せしめたのだろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
その翌日であったが海岸の楼上ろうじょうで祭礼を見た。それは一つの船には神輿みこしが乗っていて、一人の男が妙な体の恰好をして太鼓を打っていた。その他にも男がいたが皆しずかにしていた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もうすっかり日がくれてかえるの声がしずかな野中に聞え、人家にはともされていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ザルツァハの岸の、心持ちのい、しずかな所から、二人は市中のにぎやかな所へ出た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き日蓮上人の意気は、壮なることは壮であるが、煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる親鸞上人の胸懐はまた何となく奥床おくゆかしいではないか。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
子供はとこの中にしずかねむっている。母はルパンの手で長椅子の上に横に寝かされて身動きもしない。しかし段々と呼吸いきも穏かになり、血の気もその頬にして来て、ようやく回復の徴候が現れた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
一通りの検屍を終った喬介は、そばの婦人に向ってしずかに口を切った。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
義経が日頃、寵愛していたしずかという白拍子の娘があった。
母はしずかに扉を開きて出で、しずかに一うちをあちこち歩む。
謝して明窓浄几じょうきの下にしずかに書を読むべきを
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
郊外の冬の夜はしずかである。
按摩 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
眠ればしずか
蛍の灯台 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)