途方とほう)” の例文
二人の青年紳士しんしりょうに出てみちまよい、「注文ちゅうもんの多い料理店りょうりてん」にはいり、その途方とほうもない経営者けいえいしゃからかえって注文されていたはなし。
かれ路頭ろとう乞食こつじきごとく、腰をかがめ、頭を下げて、あわれみを乞えり。されどもなお応ずる者はあらざりしなり。盲人めしいはいよいよ途方とほうに暮れて
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は、一時、途方とほうにくれた。拾って来た緑の風呂敷は、メリンスで、こまかい穴が二十も三十もあいている。謂わば、薄汚いものである。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あの口の悪いメリメと云うやつは、側にいたデュマか誰かに「おい、誰が一体日本人をあんな途方とほうもなく長い刀にしばりつけたのだろう。」
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蜜柑みかんは袋共に食へとか、芋の養分は中よりも外皮に多しとか、途方とほうもなき養生法をとなへて人の腸胃を害すること驚き入つたる次第なり
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「ああ、あたしは……」と妖女は胸を大濤おおなみのように、はげしくふるわせた。思いがけない大きな驚きに全く途方とほうに暮れ果てたという形だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「やさしい、酒屋さかや小僧こぞうさんが、途方とほうにくれていますから、水先案内みずさきあんないをしてやります。」と、ばんは、かわいらしいげて太陽たいようました。
酒屋のワン公 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そこでこの問題は夫婦間だけでは解決がつかなくなって来て、祖母はどうしていいか、途方とほうに暮れてしまったのだ。
ことに途方とほうもない高値を吹かれて、とても手がとどかないと思ったあとであるから、いっそうそれが欲しくなった。
何と答えて好いか解らないので、むしろ途方とほうに暮れた顔をしながら涙を眼にいっぱいめていた。兄はそれを見て
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思いもかけぬ『変態性慾の心理遺伝』なぞいう途方とほうトテツもない夢遊発作を見せられたために、吾れ知らずその夢遊発作の暗示作用に引っかけられて
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まったく途方とほうれたのであろう。春信はるのぶかおあげたおせんのまぶたは、つゆふくんだ花弁かべんのようにうるんでえた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しかし新吉は、そこですっかり途方とほうにくれてしまいました。叔父さんの家はどっかへ引っこしてしまって、その引っこし先もまるでわからなかったからです。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
わたくしまった途方とほうれ、くにもかれないような気持きもちで、ひしとまくらかじりつくよりほか詮術せんすべもないのでした。
大工だいくは、こうひとごとをいいながら、ただあきれて途方とほうにくれて、川のみずをぼんやりながめていました。
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
親譲りの田畑を売った金で買った黒馬が、天下一てんかいちと自慢していた見事な黒馬が、そんなことになったらどうでしょう。甚兵衛はこれには途方とほうにくれてしまいました。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
親譲りの山も林もなくなりかゝってお吉心配に病死せしより、としわずかとおの冬、お辰浮世のかなしみを知りそめ叔父おじ帰宅かえらぬを困り途方とほうに暮れ居たるに、近所の人々
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
折節おりからいづれも途方とほうれてりましたから、取敢とりあへずこれツて見樣みようふので、父親ちゝおや子供こども兩足りようあしとらへてちうつるし、外面そとかしてひざ脊髓せきずいきました、トコロガ
蜃気楼とは、乳色ちちいろのフィルムの表面に墨汁ぼくじゅうをたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方とほうもなく巨大な映画にして、大空に映し出した様なものであった。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お手紙はいかにも拝見しましたが、なにやらいっこう通じない文意で、途方とほうにくれたこってした。
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そうして、行きかえりに寝台の前に立ちどまって、その屍衣しいを透して見える美しい死骸のことを考えているうちに、途方とほうもない空想が私の頭のなかに浮かんで来ました。
恐らくそういう最悪の時には、大多数の国民は、ただ途方とほうにくれて右往左往するばかりだろう。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
わたしは、いったいどう考えたらいいものか途方とほうに暮れて、こっちが泣き出さんばかりだった。年こそ十六になっていたけれど、わたしはまだほんのあかぼうだったのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
もし歴史がうしろに控えていなかったら、あの簡単に見える草履ぞうり一つだって作るのに難儀なんぎをするでありましょう。一枚の紙だとて、どうして作るか、途方とほうにくれるでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
此方こつちらうが先方さきるからうが喧嘩けんくわ相手あひてるといふことい、謝罪わび謝罪わび途方とほうやつだと我子わがこしかりつけて、長吉ちようきちがもとへあやまりにられること必定ひつぢやうなれば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
取っつかまえるということになると、わたしは驚いて途方とほうに暮れてしまうのです
もし憑きものだとすれば、こんな奇妙な憑きものは前代未聞ぜんだいみもんだし、もし憑きものでないとすれば、こんな途方とほうもない出鱈目でたらめを次から次へと思いつく気違いはいまだかつて見たことがない。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
十勝にまたがる針葉樹の処女林しょじょりんには、アイヌを連れた技師技手すら、踏み迷うて途方とほうに暮るゝことがある、其様そんな時には峰をじ、峰にひいずる蝦夷松椴松の百尺もある梢にましらの如く攀じのぼ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
れいのビールだる船長せんちやう此時このときわたくし頭上づじやうあた船橋せんけううへつて、しきりにあやしふね方向ほうかう見詰みつめてつたが、先刻せんこくはるか/\の海上かいじやう朦乎ぼんやり三個さんこ燈光ともしびみとめたあひだこそ、途方とほうことつてつたものゝ
途方とほうもない。どうして、そう底抜けに、兵力が必要なのか」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
という途方とほうもない尋ね。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一同は途方とほうに暮れた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
きりはこあめにかわり、ポッシャンポッシャンってきました。大臣だいじんの子は途方とほうれたように目をまんまるにしていました。
おとこは、途方とほうれはててしまいました。なお、そここことくちさがしてあるきましたが、やはりいいくちつかりませんでした。
おかしいまちがい (新字新仮名) / 小川未明(著)
ましてナイフを落した時には途方とほうに暮れるよりほかはなかった。けれども晩餐ばんさんは幸いにもおもむろに最後に近づいて行った。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
とみは、途方とほうにくれた人のように窓外の葉桜をだまって眺めた。男爵も、それにならって、葉桜を眺めた。にが虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
花燭 (新字新仮名) / 太宰治(著)
戦車の中に、幽霊が現れるなんて、途方とほうもない話だ。相当、戦場ではたらいてきた戦車なら、そのとき戦死した勇士の幽霊が、出てくるかもしれない。
地底戦車の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
宗助も途方とほうに暮れて、発作の治まるのを穏やかに待っていた。そうして、ゆっくり御米の説明を聞いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二郎は一目その顔を見ると、まるでお化けにでも出会った様に、「ワッ」と、途方とほうもない叫声を立てたかと思うと、いきなりクルッと向きを変えて、滅茶苦茶めちゃくちゃに駈け出した。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いやしくも『叔女』であり、おまけに公爵夫人ともあろう人に、返事をしないわけにはゆかず、ではどう返事をするかという段になると——母は途方とほうれざるを得なかった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
『イヤそうわれるとわしはうれしい。』とおじいさんもニコニコがお、『最初さいしょこのひとあずかった当座とうざは、つまらぬ愚痴ぐちならべてかれることのみおおく、さすがのわしもいささか途方とほうれたものじゃが、 ...
それでも僧侶として、わたしの良心の呵責かしゃくは今まで以上にわたしを苦しめ始めました。わたしはいかなる方法で自分の肉体を抑制し、浄化することが出来るかについて、まったく途方とほうに暮れたのです。
今日きょうは雨が欲しく、風がこいしく、かげがなつかしい五月下旬の日であった。せみ、色づいた麦、耳にも眼にもじり/\とあつく、ひかる緑に眼はいたい様であった。果然かぜん寒暖計かんだんけい途方とほうもない八十度をした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
途方とほうもねえ野郎だの。……うむ、それで」
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かれは途方とほうにくれた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、もう途方とほうもないことになってしまうと、二人とも思ったのでした。
注文の多い料理店 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
途方とほうに暮れたのは新蔵で、しばらくはただお敏の背をさすりながら、叱ったり励ましたりしていたものの、さてあのお島婆さんを向うにまわして
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いまのところ、まだ五、六にんですが、なにしろこんな時勢じせいで、それさえおもすぎ、ときどき途方とほうにくれますよ。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は途方とほうに暮れて、なおもうろうろしていた。するとそこへ走ってきた一台のトラックが、わきへぴたりと停った。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なまけ者の空想ほど、ばかばかしく途方とほうもないものはない。悪事千里、というが、なまけ者の空想もまた、ちょろちょろめどなく流れ、走る。何を考えているのか。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)