見得みえ)” の例文
急の剣閃けんせんにおどろいて一時戸を離れたのが、相手なしの見得みえと知ると、またコッソリ水口に帰ってきて、呼吸を殺してすき見している。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
両親は私の書くものを一番ケイベツしていたので、その申しひらきの見得みえもありなかなかに人生ユカイなものの一つであったのだ。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
とひょいと立つと、端折はしょった太脛ふくらはぎつつましい見得みえものう、ト身を返して、背後うしろを見せて、つかつかと摺足すりあしして、奥のかたへ駈込みながら
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
墨江は、むせび泣いてしまった。どうあろうかと案じていた胸のりが、いちどに解けて、見得みえもなく、両手をついてうれし泣きに云った。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あとでその話をすると、子供のくせに詰まらない見得みえをするから悪い、なんでも知らないことは正直に訊くものだと、父や母に叱られた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
切れもしない刀を抜いては嘔吐へどの出るような見得みえを切って得意になっているのが、田舎廻いなかまわりならとにかく、江戸のまんなかではやっている。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見得みえかまはずまめなりくりなりつたをべてせておれ、いつでも父樣とゝさんうわさすること、出世しゆつせ出世しゆつせ相違さうゐなく、ひと立派りつぱなほど
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
簡衣粗食かんいそしよく見得みえばらぬ設備、不屈な活溌な習慣——これらが、私の學校及び生徒たちによつて、毎日守られてゐることです。
市中の電車に乗って行先ゆくさきを急ごうというには乗換場のりかえばすぎたびごとに見得みえ体裁ていさいもかまわず人を突き退我武者羅がむしゃらに飛乗る蛮勇ばんゆうがなくてはならぬ。
こんな見得みえをした時がよかったとか、この時の着附けはこうだとか、誰の芸風はこうで彼はこうと、自分たちの興味も手つだってよく話してくれた。
しかし生活改善、簡易生活等の流行語と、実際的な必要とから洋服通勤諸子の家庭について、パンという物は決して洒落しゃれ見得みえではなくなって来た。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
落目になっていると言うものの、昔からの通り一丁目の沢屋で、付き合いも派手で、出銭でせんも惜しみないのは江戸ッ子らしい主人の見得みえであったのです。
「ドテッ腹へ風穴をあける」なぞと大きな事を云い合いながら、いつまでも何もし得ない支那人式喧嘩を見得みえにしている、気の毒な民族であったのだ。
世俗的な見得みえや打算が含まれてゐないのだと信じれば信じるほど、彼女は、真実な魂を動かす目に見えない権威が
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
あっぱれ恩威ならび行われて候と陛下を小楯こだてに五千万の見物に向って気どった見得みえは、何という醜態であるか。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それから、切って了った見得みえで、ダンビラを投げ出すと、何物かをそでで隠して、かたえのテーブルの所まで行き、ドサッという音を立てて、それを卓上に置いた。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と畳みたる枕を抱えながら立ち上る。そんなことを言わずに、これ、出してくれよと下から出れば、ここぞという見得みえに勇み立ちて威丈高いたけだかに、私はお湯に参ります。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
大杉にはこういう児供げた見得みえを切って空言を吐く癖があったので、この見得を切るのが大杉を花やかな役者にもしたが、同時に奇禍を買う原因の一つともなった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
白木のやつは、どうやらドイツ軍人たちに、この暗号の鍵は、われわれの手によらなければ永久に発見できないであろうといったような見得みえを切って来たものらしい。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこに泣きくずれている小平太の姿と見較べていたが、恥も見得みえも忘れて、心の底をさらけだした男の意気地なさに、ただもう胸が迫るばかりで、何とも言うことができない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
悲しみをこらえて爽快げな見得みえを切りながら古い自作の「新キャンタベリイ」と題する Balladうまおいうた を、六脚韻を踏んだアイオン調で朗吟しはじめたが一向利目ききめがなかった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
鏡の前へ一寸ちよつと嘘坐うそずわりして中をのぞくと、今の紫の襟が黒くなつた顔の傍に、見得みえを切つた役者のやうに光つて居た。良人をつとが居ないのだからと鏡子は不快ななげやりごゝろおこして立つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
平生派手はでに作っている外見は相当な若さに見せる典侍も年は五十七、八で、この場合は見得みえも何も捨てて二十はたち前後の公達きんだちの中にいて気をもんでいる様子は醜態そのものであった。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
計算されていますから私共は分子の形や構造こうぞう勿論もちろんその存在そんざいさえも見得みえないのです。
手紙 三 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
度々たび/\遊びに来る、其の頃の名主と申しては中々幅の利いた者ですから、名主様の座敷へ出る時は、働き女でも芸妓げいしゃでも、まア名主様に出たよなどと申して見得みえにしたものでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その中に二銭にせん団洲だんしゅうと呼ばれた、和光わこう不破伴左衛門ふわばんざえもんが、編笠あみがさを片手に見得みえをしている。少年は舞台に見入ったまま、ほとんど息さえもつこうとしない。彼にもそんな時代があった。……
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうだ、ねえさん。こいつァなにも、あっしらばかりの見得みえじゃァごあんせんぜ。春信はるのぶさんのむのも、駕籠かごからのぞいてせてやるのも、いずれは世間せけんへのおんなじ功徳くどくでげさァね。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しかし、それもこれもつまりは勝負事しようぶごとちたいといふよくと、ほこりと、あるひ見得みえとからくるのかとおもふと、人間にんげんいやしさあさましさも少々せう/\どんづまりのかんじだが、支那人しなじん麻雀マアジヤンばかりとははず
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
虚飾かざりだの見得みえだの外聞だの、ないしは儀礼ぎれいだのというようなものを、セセラ笑っている人間なのさ。が、他面からいう時には、浮世の下積みになっている、憐れな人間だということができる。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
命がけで入り込んで、生殖の為に一命を果した彼無名犬ななしいぬの死骸を、けやきの根もとにほうむった。向うの方には、二本投げ出した前足まえあしあたまをのせて、頬杖ほおづえつくと云う見得みえでデカがけろりとして眺めて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
中には、もう、変化になり終られた岩井半四郎が、被衣かつぎを冠って、俯せになっております。これに、花四天がからみまして押戻しが出、そして、引っぱりの見得みえとなって、幕になるので御座います。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
「紳士諸君」ちょいとドラマティックに見得みえを切って
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
幕切の見得みえ
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし彼自身は一心一念、苦痛も見得みえも何物もかえりみるいとまはない——片足を無理に急がすおかしさはその時かえって涙ぐましいものだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芝居気たっぷりの片手斬りに大向うをうならせようという見得みえから出たのでもなく、はしなくそそのかし得たり少年の狂——と春濤がうたった通りの
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
という見得みえ半分の意地っ張りから、蔵前くらまえ人形問屋の若主人清水きよみず屋伝二郎は、前へ並んだ小皿には箸一つつけずに、雷のこわさを払う下心も手伝って
芸人には見得みえがある。とりわけて女の師匠は自分の花見の景気をつけるために、弟子以外の団体を狩り出さんとして、しきりに運動中であるらしい。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「つまらねエ見得みえを張りあがるな、側に美しい新造でも居る時は、八さんとか、八兄哥あにいとか言つてやるよ、平常ふだん使ひはガラツ八で澤山だ。贅澤を言ふな」
とき流行りうかうといへば、べつして婦人ふじん見得みえ憧憬しようけいまとにする……まととなれば、金銀きんぎんあひかゞやく。ゆみまなぶものの、三年さんねん凝視ぎようしひとみにはまとしらみおほきさ車輪しやりんである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「こう落ちぶれたら、見得みえ糸瓜へちまもかまっちゃアいられないからね。実は女給か何かにしたいと思っているんだがね。僕から言出しちゃチトまずいからな。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上杉うえすぎといふ苗字めうじをばいことにして大名だいめう分家ぶんけかせる見得みえぼうのうへなし、下女げじよには奧樣おくさまといはせ、着物きものすそのながいをいて、ようをすればかたがはるといふ
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
見得みえにでも言つてみるもので、いざとなれば、それぞれ平凡な主婦として、一切の運命に甘んじるのだと、彼も内心高をくくつてゐるにはゐるが、それにしても
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
雲井に近きあたりまで出入することの出来る立身出世——たま輿こしの風潮にさそわれて、家憲かけん厳しかった家までが、下々しもじもでは一種の見得みえのようにそうした家業柄の者を
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と、そこまでは、威勢いせいのいい声を出して、見得みえを切ったが、その後で、急になさけない声になって
この年になってもまだ稚気ちきを失わぬ、それゆえにこそ珍重すべき老人が、子供らしく見得みえを切った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
結局が百日鬘ひゃくにちかずら青隈あおぐま公卿悪くげあくの目を睨合にらみあいの見得みえで幕となったので、見物人はイイ気持に看惚みとれただけでよほどな看功者みごうしゃでなければドッチが上手か下手か解らなかった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
同時に、その間一ヶ月間市長の椅子をからっぽにした責任を負うというので、市会議長の沢田氏が辞職すると大見得みえを切ったところを、「マアマア」が出て来てゴタゴタさした。
彼は折々突然に開き直って、いとも鹿爪しかつめらしくうなり出すと大業おおぎょう見得みえを切って斜めの虚空をめ尽したが、おそらくその様子は誰の眼にも空々しく「法螺忠」と映るに違いないのだ。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「こうなると、銭金ぜにかねのおきゃくじゃァねえ。こちとらの見得みえになるんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それも、余人がいうならともかく、呂布が自分の口で、(おれは平和主義だ)と、見得みえを切ったなどは、近ごろの珍事である。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)