おお)” の例文
うじがわくように、いつのまにやら、誰が言い出したともなく、もくもくいて出て、全世界をおおい、世界を気まずいものにしました。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だが、いつの間にか、彼女は、おしになっていたのだ。怪物の手の平が、ギュッと鼻口をおおって、呼吸さえ思うようにはできなかった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
夜のやみは雨にれた野をおおうていた。駅々の荒い燈火は、闇に埋もれてるはてしない平野の寂しさを、さらにびしくてらし出していた。
積まれた氷には多く筵類むしろるいを引被せておくのであるが、おおひの筵がなくとも、白昼の日光で氷の溶けるといふやうなことはないのである。
諏訪湖畔冬の生活 (新字旧仮名) / 島木赤彦(著)
ほおも眼も窪ませた復一は、力も尽き果てたと思うとき、くったりして窓際へ行き、そこに並べてある硝子鉢ガラスばちの一つのおおいに手をかける。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
廓内かくないから出てくる頭巾ずきんだの編笠の顔はいちいち無遠慮にのぞき込み、中を隠した駕が来れば、駕を止めて、そのおおいの中をあらためていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとしく、その蒼茫そうぼうとしたふしぎな空、ふしぎな蒼白い星のかずかず、そういうものは夜になると沼の上をおおうてくるのでした。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
もしこの種の縞が「いき」と感ぜられるときがあるとすれば、放射性がおおわれて平行線であるかのごとき錯覚を伴う場合である。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
妻の寝床は部屋の片隅かたすみに移されて、顔は白い布でおおわれていた。そこの部屋のその位置が、前から一番よく妻の寝床の敷かれた場所だった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
中の品物の見えないのも感じがいいのである。椅子の前には置き物の卓が二つあって、支那しなうすものすそぼかしのおおいがしてある。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
巨木うっそうと天地をおおうとりました、蘆葦ろい茫々ぼうぼうとしげれることは咫尺しせきを弁ぜざる有様、しかも、目の極まる限りは坦々たんたんとした原野つづき
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
やがて二階屋が建続き、町幅が糸のよう、月の光をひさしおおうて、両側の暗い軒に、掛行燈かけあんどんまばらに白く、枯柳に星が乱れて、壁のあおいのが処々。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうパーシウスは消えてなくなりました! あとはただからっぽの空気だけです! 隠す力を以て彼をおおうた兜さえも、もう見えませんでした!
対岸には山が迫って、檜木、さわらの直立した森林がその断層をおおうている。とがった三角を並べたように重なり合った木と木のこずえの感じも深い。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その戸みたいなものはただ壁の上につけられた木のおおいにすぎないことを、彼は狼狽ろうばいしながらも自ら認めざるを得なかった。
殺意が……、この静かな男の面上をおおい包んでいるのを、そのとき誰も気が付くものはなかった。この機会、最後の密林のなかでヤンをろう。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
傘は二人の恋人をかくし、保護し、そのすかし入りの影で二人をおおっている。というのは、太陽の白い針が、そこかしこ、穴を明けているのである。
胡桃割くるみわり」や「第四交響曲」のような明るい曲を書いても、チャイコフスキーには、おおうことの出来ない悲哀感がその底に流れているのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
「あの自動車隊は立派すぎると思わない? 何を積んでいるのかわからないが、皆ズックのおおいをかけている。どこへ行くんだかしらべてみようよ」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
幕下りて鐘楼の欄をおおわんとする時、再び悪鬼の三女あらわれたるがごとく、その面はすでに見るよしなけれど、黒き髪石段の上にのさばり落つ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
船艙せんそうおおいにまで黒人植民兵を満載して仏領アフリカから急航しつつあった運送船が、アルジェリアの海岸近くでドイツの潜航艇にられている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
嗚呼彼の楓の下の雪白まっしろの布をおおうた食卓、其処そこに朝々サモヷルが来りむ人を待ってぎんじ、其下の砂は白くて踏むにやわらかなあの食卓! 先生は読み
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
起って、襖を開けると、奈世のメリンスの布団が夜明けの薄明はくめいのなかに、ひっそりと敷いてあり、枕の白いおおいが眼にしみたが、本人は居なかった。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
きわめて無気味な恰好に拡がって、もうずっと遠くになった硝子工場の真上におおいかぶさろうとしているところだった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
瓦屋根のおおいを冠った朱塗の大鳥居には、良恕りょうじょ法親王の筆と知られた、名高い「三国第一山」の額が架かってある。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その式場をおおう灰色の帆布はんぷは、黒いもみえだで縦横に区切られ、所々には黄やだいだい石楠花しゃくなげの花をはさんでありました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかるに今日数多き地名の中で、最も広い区域をおおう一つのニホまたはミョウ等々という名のみが、今まではまだ語原を尋ぬることが出来ないでいた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かつなんじをおおまとうところのものはすなわちエリシヤ諸島より携え来たれるの青と紺との布なり。シドンとアルワダとの居民はこれなんじの舟子たり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ズックでおおったハッチの上をザア、ザアと波が大股おおまたに乗り越して行った。それが、その度に太鼓の内部みたいな「糞壺」の鉄壁に、物凄ものすごい反響を起した。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
いずれにせよ工場主は手で書類をおおい、Kにぴったり寄り添って、改めて仕事の一般的な説明を始めるのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
その髮でお頭をおおい、また玉の緒を腐らせて御手に三重お纏きになり、また酒でお召物を腐らせて、完全なお召物のようにして著ておいでになりました。
月はこのとき、あたかもアネモネのおおいのように、極めて薄い雲の天蓋をもって、その光りを小暗おぐらくしていた。
≪夕刻のロングビイチは鉛色なまりいろのヘイズにおおわれ、競艇レギャッタコオスは夏に似ぬ冷気におそわれ、一種凄壮せいそうの気みなぎる時
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
普通の人についてもその真価は即座そくざに決することは出来ぬ。まずは七、八年はかかる。むかしの人のいったごとく人生はかんおおうて始めて定まるものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
元来吾輩の考によると大空たいくうは万物をおおうため大地は万物をせるために出来ている——いかに執拗しつような議論を好む人間でもこの事実を否定する訳には行くまい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ソレカラ徐々ニフローアスタンドノシェードノ上ニかぶセテアッタ黒イ布ノおおイヲ除イテ室内ヲ明ルクシタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
最早もう夕暮であった、秋の初旬はじめのことで、まだ浴衣ゆかたを着ていたが、海の方から吹いて来る風は、さすがに肌寒い、少し雨催あめもよいの日で、空には一面に灰色の雲がおおひろがって
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
裸なる卓にれる客の前に据ゑたる土やきのさかずきあり。盃は円筒形えんとうがたにて、燗徳利かんどくり四つ五つも併せたるおおいさなるに、弓なりのとり手つけて、金蓋かなふた蝶番ちょうつがいに作りておおひたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
何だか非常に遠い所にあるように思っていた黒雲が、きゅうに目の前へおおかぶさってきたのである。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
式場の正面の、白い布でおおうたテーブルの上には免状やら賞品やらが高く積み上げられている。左右には白襟しろえりもんつきの子供の母達や教師たちがつつましやかに居並いならんでいる。
昭和二年の二月中旬のこと……S岳の絶頂の岩山が二三日灰色の雲におおわれているうちに、ふもとの村々へ白いものがチラチラし始めたと思うと、近年珍らしい大雪になった。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鸚鵡おうむのような一羽の秦吉了しんきちりょうが飛んで来ていばらの上にとまって、つばさをひろげて二人をおおった。玉は下からその足を見た。一方の足には一本の爪がなかった。玉は不思議に思った。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
中には武装しているらしく、大砲や高射砲を甲板に出して、おおいをかけてあるものもあった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その角のところから二方面の壁の半分ずつほどをおおうたつたかずらだけが、言わばこの家のここからの姿に多少の風情ふぜいと興味とをそなえしめている装飾で、他は一見極く質朴な
瑜瑕ゆか並びおおわざる赤裸々の沼南のありのままを正直に語るのは、沼南を唐偏木とうへんぼくのピューリタンとして偶像扱いするよりも苔下の沼南は微笑を含んでかえって満足するであろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
中間支柱なく上部は一尺二寸間ごとにたるきを置き一面に玻璃はりを以っておおわれ、下部は粧飾用敷煉瓦しきれんがを敷詰め、通気管は上部突出部および中間側窓と、下方腰煉瓦こしれんがの場所に設けらる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
主は私の背後からゼーロンをののしった。私は、私のたぐいなきペットの耳を両手でおおわずには居られなかった。——ゼーロンの蹄の音は私の帰来を悦んでいるが如くに朗らかに鳴った。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ポルトガルの一武士の乗馬これを見、驚いて海に入ったのを救い上げて見ると、その武士の衣裳全く杓子貝に付きおおわれいた。霊験記念のためこのかいを、この尊者の標章とする由。
中央に広く陣取じんどってならんでいる管状かんじょう小花は、その平坦へいたん花托面かたくめんおおめ、下に下位子房かいしぼうそなえ、花冠かかんは管状をなして、その口五れつし、そして管状内には集葯しゅうやく的に連合した五雄蕊ゆうずいがあり
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
いけ名付なづけるほどではないが、一坪余つぼあまりの自然しぜん水溜みずたまりに、十ぴきばかりの緋鯉ひごいかぞえられるそのこいおおって、なかばはなりかけたはぎのうねりが、一叢ひとむらぐっと大手おおてひろげたえださきから
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)