茫然ぼんやり)” の例文
そのかぜもなく、なみおだやかなであったから、おきのかなたはかすんで、はるばると地平線ちへいせん茫然ぼんやりゆめのようになってえました。
赤い船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらふぜ、昼間ひるまだつて用捨ようしやはねえよ。)とあざけるがごとてたが、やがいはかげはいつてたかところくさかくれた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何故行ったか判らないが、少し狂気染きちがいじみた女だから、何だか夢のようにふらふら出掛けたらしいよ。で、あくる日茫然ぼんやり帰って来たんだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とまれ強悪の村井長庵がものした金を又ものされ、手出しもならず口を開き、茫然ぼんやり立ったという所に、この物語の興味はあろうか。
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夫婦はひとの働くさまを夢のように眺め、茫然ぼんやりと考え沈んで、通り過ぎて行きましたのです。板橋村を離れて旅人の群に逢いました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
無論むろんです、けれど本船ほんせん當番たうばん水夫すゐふやつに、こゝろやつです、一人ひとり茫然ぼんやりしてます、一人ひとりつてらぬかほをしてます。
もはや部屋のなかには電気がついてゝ戸は立てられてあった、そして淡黄色うすきいろい光りが茫然ぼんやりと部屋の中程を浮かさるゝやうになって見えた。
かなしみの日より (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
茫然ぼんやりと突っ立っている私の耳にも、店の方から番頭や小僧たちのどやどやと駈け出して来る跫音あしおとが聞こえてきたのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ついぞ學資がくし問題もんだいあたまおもうかべたことがなかつたため、叔母をば宣告せんこくけたときは、茫然ぼんやりして兎角とかく挨拶あいさつさへ出來できなかつたのだとふ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わたし是非ぜひ怠惰屋なまけやになるのだ、是非ぜひなるのだ』と言張いひはつてかない。さくらかはくどころか、いへすみはうへすつこんでしまつて茫然ぼんやりして居る。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
にぎり向ふをきつと見詰たる手先にさは箸箱はしばこをばつかみながらに忌々いま/\しいと怒りの餘り打氣うつきもなくかたへ茫然ぼんやりすわりゐて獨言をば聞ゐたる和吉の天窓あたま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かの女は茫然ぼんやりとしてゐた。墓に行く気も起らなければ、野の道を歩いて見る気にもなれなかつた。母親からはよく叱られた。
百合子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
私は一言も言はずに茫然ぼんやり立つてゐたので、すた/\と夕暗の中を走つて行つたが、五六間行くと後ろを振返つて、手を顏の前で左右に動かした。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
×「殿様此者これくらい酔って居まして唯詰らねえことを云ってたんで出鱈まえで、唯茫然ぼんやり、変な話なんで、嘘を云ったんで」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『ア、美しい女!』と栄一は思つたが、羞しかつたから障子を閉めて茫然ぼんやり何とはなしに考へて居た。父の声が下にする。
煤だらけな顔をした耄碌頭巾の好い若い衆が気が抜けたように茫然ぼんやり立っていた。刺子姿の消火夫が忙がしそうに雑沓を縫って往ったり来たりしていた。
良久しばらくしてのぞいてるとうを歩兵ほへい姿すがたはなくて、モ一人ひとりはうそば地面ぢべたうへすわつて、茫然ぼんやりそら凝視みつめてゐました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
が、雪江さんも悪くない、なぞと思いながら、茫然ぼんやり机に頬杖を突ている脊中を、誰だかワッといってドンとく。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
と、苦もなく言つて、茫然ぼんやり窓越しに向うの空を眺めて居る。暮れの遲い空には尚ほ一抹の微光が一片二片のありとも見えぬ薄雲のなかに美しう宿つて居る。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
昼食後も亦元の所に坐って茫然ぼんやり薄日の差す霜解けの庭を眺めていたが、三時を過ぎると物憂げに立上って、気の進まぬように着物を着替え初めたのだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
余りの事にあきれて口も利けなくなって、茫然ぼんやりと鸚鵡を見つめていると、赤鸚鵡は構わずに叫び続けた——
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
此方こっちまでが、人のそしりも世間の義理も、見得も糸瓜へちまもかまわぬ気になって、ただ茫然ぼんやりと夢でも見ているような、半分痲痺した呑気な心持こころもちになって、一日顔も洗わず
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
院長いんちょう茫然ぼんやりとブロンジンのドクトルをたが。『しかし公平こうへいかんがえなければなりません。』とうた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「どうしましょうね。大丈夫でしょうか」お島は庭の方を捜してから、これも矢張やっぱりそこいらを捜しあぐねて、蚊帳の外に茫然ぼんやり坐っている房吉の傍へ帰って来て言った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何しろ彼は、商売仲間でははやぶさ英吉と云う名で通って居るけに、年は若いが腕にかけては確乎しっかりしたものである。尾行つけられて居るのも知らない程茫然ぼんやりして居ようはずはない。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
十兵衞感応寺にいたりて朗圓上人にまみえ、涙ながらに辞退の旨云ふて帰りし其日の味気無さ、煙草のむだけの気も動かすに力無く、茫然ぼんやりとしてつく/″\我が身の薄命ふしあはせ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その間ステーションで茫然ぼんやりと待って居らなければならぬ。腹は減るし目的は達せず凡夫ぼんぶという者はこんなつまらぬ考えをするものかと思うような愚痴ぐちも実は心の中に浮びました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
くるま八百膳やをぜんまりてひと奧深おくふかるを、くさげなひよういふて見送みおくるもあり、たゞ大方おほかたにお立派りつぱなといひてゆきぐるもありしが、美尾みをはいかにかんじてか、茫然ぼんやりちてながりし風情ふぜい
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
飛んだところで掴まってしまった、と美佐子は心配して、初子を呼びに行こうと思ったが、この場を離れたら百合子がぞ困るだろうと思い、思案にあまって茫然ぼんやりしていると、吉川が
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
両親ふたおやに対しては前よりも一入なお言わぬ。何処をあてともなく茫然ぼんやりとして溜息をつく。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかし、検事は未だに半信半疑の面持で、たばこを口から放したまま茫然ぼんやりと法水の顔をみつめている。それに法水は、皮肉に微笑みながらも、ハートの史本を繰りそのページを検事に突き付けた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
松田はまだ馴染も少ないので茫然ぼんやりとしていたが、日が暮れてから三田が来て
恨なき殺人 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
一心に毎日の仕事をしている中にも、ふと、家のことを思い出すと、仕事の手を留めて、茫然ぼんやりとその事を考えている。今頃、父はどうしていられることだろう。母様は何をしていられることか。
落ちつく空はない、とかくに気の重い人夫どもを促して、登りかける、実を言うと、どの方面へ向いて、何処を登っているのだか、もう解らない、人夫もみんな初めての途で、茫然ぼんやりしているばかりだ
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
日暮れがたにはたゞ茫然ぼんやりと、空を眺めて涙ぐむ
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「…………。」辰は默つて茫然ぼんやりしてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ぢいつと茫然ぼんやり黄昏たそがれの中に立つて
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
「小間使でありますよ。」と教えたが、たまりかねたか、ふふと笑った。青年わかもの茫然ぼんやり拍子抜のした顔を上げた時、奥のかたで女の笑声。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は茫然ぼんやり佇んだまま室の中を見廻わした。夫れはガランとした大きな室で、机と椅子とは置いてあるが、人の姿は見えなかった。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
貧しい職人ていの男も居る。中には茫然ぼんやりと眺め入って、どうしてその日の夕飯ゆうめしにありつこうと案じわずらうような落魄らくはくした人間も居る。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
多少たせうはヒステリーの所爲せゐかともおもつたが、全然ぜんぜんさうともけつしかねて、しばらく茫然ぼんやりしてゐた。すると御米およねおもめた調子てうし
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
怪しい者は小さくなって、いわやの奥へ逃げ込んでしまった。お葉は茫然ぼんやりと立っていた。重太郎も黙ってその顔やかたち見惚みとれていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日はとっぷり暮れたが月はまだ登らない、時田は燈火けないで片足を敷居の上に延ばし、柱にりかかりながら、茫然ぼんやり外面そとをながめている。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は一言も言はずに茫然ぼんやり立つてゐたので、すた/\と夕暗の中を走つて行つたが、五六間行くと後ろを振返つて、手を顔の前で左右に動かした。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それから一年程経つて失敗に失敗を重ねて、茫然ぼんやり田舎に帰つて行つた相だが、間もなく徴兵のくじが当つて高崎の兵営に入つたといふうはさを聞いた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そこに出ておいでなさるお若さんを珍らしそうにながめ、なんだか変挺へんてこの様子で考え、まことに茫然ぼんやりといたして居ります。
帰ろうと思っても、帰ることが出来ず、家では親達が心配しているだろうと思うと一刻も茫然ぼんやりしてはいられず、だんだん心細くなって来て泣き出した。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして彼女は丁度野原に遊びに行って、遠く草のなかに自分の洋傘を置いて花をつみながら、振りかへったやうな心持がした。そして彼女は茫然ぼんやりした。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
そして私が茫然ぼんやりしている間に、またどのくらいかの時が過ぎ去ったのであろう。突然部屋の静寂は破られた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
打合せてあった通り石子刑事は茫然ぼんやり待っていた。渡辺が成功した事を伝えると、彼は雀躍こおどりして喜んだ。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)