そびら)” の例文
「御免なさいな。」となお笑いながら平気なもので、お夏は下に居て片袖のたもとを添えて左手ゆんでを膝に置いて、右手めてで蔵人のそびらでた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泉屋の隱居二人を殺した大事件を、——しかも、半刻經たないうちに知れる筈のことを、平次は教へようともせずにそびらを見せます。
少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別わかれのためにいだしたる手をくちびるにあてたるが、はらはらと落つる熱きなんだをわが手のそびらそそぎつ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
幸なる小野さんは一つの顔しか持たぬ。そびらを過去に向けた上は、眼に映るは煕々ききたる前程のみである。うしろを向けばひゅうと北風が吹く。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その薄刈る人もあり。また負ひて下り来るもあり。下りて来て、行きすぎざまにさわさわとそびら見せゆく、さわさわのそびらの薄またかがやけり。
わがそびらを之にむけしはたゞ昨日きのふの朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家わがやに歸らしむ 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
この時上手鐘楼の角より和尚妙念あらわる。僧徒らは中辺より下手の方にたたずみてそびらをなしたれば知らであり。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
「うん、苦もなく退治たよ。のしかかって来る一刹那を飛び違ってただ一刀、胸からそびらまで刺し貫いてな」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「何となくうら恥かしきやうに心落ちゐず。白石先生の事など憶出せばそびら冷汗ひやあせを流す」と書いておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
濃い吹雪ふぶきの幕のあなたに、さだかには見えないが、波のそびらに乗って四十五度くらいの角度に船首を下に向けながら、帆をいっぱいに開いて、矢よりも早く走って行く一そうの船!
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すがらにねむられずおもひつかれてとろ/\とすればゆめにもゆる其人そのひと面影おもかげやさしきそびら
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たかが青侍の腕だてと思い侮っていた先手せんての何人かも、算を乱しながら、そびらを見せる——中でも、臆病おくびょう猪熊いのくまおじは、たれよりも先に逃げかかったが、どうした拍子か、方角を誤って
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
貫一が入れば、ぢきに上るとひとし洗塲ながし片隅かたすみに寄りて、色白きそびら此方こなたに向けたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二階の八畳間に、火鉢がたつた一個ひとつ幾何いくら炭をつぎして、青い焔の舌を断間しきりなく吐く程火をおこしても、寒さがそびらから覆被おつかぶさる様で、襟元は絶えず氷の様な手で撫でられる様な気持がした。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
長六閣下が、上背のある、古武士のようなきりっとしたそびららせて、しずかに、弓を引き絞っている。まっ白い毯栗いがぐり顱頂ろちょうのうえに、よく晴れた秋の朝の光が、斜めに落ちかかっている。
左右の御手にも、みな八尺やさか勾璁まがたま五百津いほつ御統みすまるの珠を纏き持たして、そびらには千入ちのりゆきを負ひ、ひらには五百入いほのりゆきを附け、またただむきには稜威いづ高鞆たかともを取り佩ばして、弓腹ゆばら振り立てて
人にはそびらを見せて月に心を寄せるように、すすき尾花の中に立っていました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そつと、闇のなかにとりてゆく、年のそびら
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
さみしき彼らがそびらを見るにも慣れてあれ
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
そびらを向け 遠ざかり行く姿に眼ですがり
そびらの創は癒えずして
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
壁にそびらをもたせつつ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
うごめかして世話人は御者のそびらを指もてきぬ。渠は一言いちごんを発せず、世話人はすこぶる得意なりき。美人は戯るるがごとくになじれり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辭別わかれのために出したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き涙を我手のそびらに濺ぎつ。
舞姫 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ガラツ八はそびらを向けました。茶店の姐さんが、客の無い怠屈さに、顏見知りの自分へ聲を掛けたのだらうと思つたのです。
あゝアンニバールがその士卒と共にそびらを敵にみせし時、シピオンを譽のよつぎとなせし有爲うゐの溪間に 一一五—一一七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「神保帯刀様ご嫡男ちゃくなん、同姓市之丞様に物申す。いざ尋常にご覚悟あって、その御手おんてそびらにお廻わしあれや!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くだり来て、行きすぎざまに、さわさわとそびら見せゆく、さわさわの背の薄、またかがやけり。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
社會しやくわいはう彼等かれら二人ふたりぎりめて、その二人ふたりひやゝかなそびらけた結果けつくわほかならなかつた。そとむかつて生長せいちやうする餘地よち見出みいだなかつた二人ふたりは、うちむかつてふかはじめたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しづかにあしきよをはりていざとばかりにいざなはれぬ、流石さすがなり商賣しやうばいがらさんとして家内かないらす電燈でんとうひかりに襤褸つゞれはりいちじるくえてときいま極寒ごくかんともいはずそびらあせながるぞくるしき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
依志子のものいうをながめてあれど、妙念もこれをそびらにしたれば知ることなし。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
入替いりかはりて一番手の弓の折は貫一のそびら袈裟掛けさがけに打据ゑければ、起きも得せで、崩折くづをるるを、畳みかけんとするひまに、手元に脱捨ぬぎすてたりし駒下駄こまげたを取るより早く、彼のおもてを望みて投げたるが
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二三度煙をくぐつたと見る間に、そびらをめぐらして、一散に逃げ出いた。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そびらたたきて面撫でて
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別わかれのためにいだしたる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱きなんだを我手のそびらそゝぎつ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ガラッ八はそびらを向けました。茶店のねえさんが、客の無い怠屈さに、顔見知りの自分へ声を掛けたのだろうと思ったのです。
海の方をそびらにして安からぬさまに附添った、廉平の足許に、見得もなく腰を落し、もすそを投げて崩折くずおれつつ、両袖におもておおうて、ひたと打泣くのは夫人であった。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かゝりけれどもほ一ぺん誠忠せいちうこゝろくもともならずかすみともえず、流石さすがかへりみるその折々をり/\は、慚愧ざんぎあせそびらながれて後悔かうくわいねんむねさしつゝ、魔神ましんにや見入みいれられけん、るまじきこゝろなり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ところへ過去が押し寄せて来た。二十七年の長い夢とそびらを向けて、西の国へさらりと流したはずの昔から、一滴の墨汁ぼくじゅうにもくらぶべきほどの暗いちさい点が、明かなる都まで押し寄せて来た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見てのみや泣きてこらへし筑波嶺を君いまはのぼる人がそびらにて
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
言放ちて貫一は例のそびらを差向けて、にはか打鎮うちしづまりゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
幸ひ有明の行燈の灯がまだ消えず、そびらに迫る焔は、時々紅蓮ぐれんの舌を吐いて、咄嗟の間ながら、疊の目まで讀めさうです。
高坂は語りつつも、長途ちょうとくるしみ、雨露あめつゆさらされた当時を思い起すに付け、今も、気弱り、しん疲れて、ここに深山みやまちり一つ、心にかからぬ折ながら、なおかつ垂々たらたらそびらに汗。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
柏軒はこれを聞いて、汗出でてそびらとほつた。此日の燕集が何のために催されたかは、その毫も測り知らざる所であつた。柏軒は此より節を折つて書を読んだと云ふのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
社会の方で彼らを二人ぎりに切りつめて、その二人に冷かなそびらを向けた結果にほかならなかった。外に向って生長する余地を見出し得なかった二人は、内に向って深く延び始めたのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
現身うつしみは春もそびら経絡けいらくに火をつづらせてかなしがるなり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
よく目の覺めきらない孫三郎のムニヤムニヤ言ふのをそびらに聞いた、老支配人の孫六は裏口からそつと外へ出た樣子です。
一刷ひとはけ黒き愛吉の後姿うしろつき朦朧もうろうとして幻めくお夏のそびらおおわれかかって、玉をべたる襟脚の、手で掻い上げた後毛おくれげさえ、一筋一筋見ゆるまで、ものの余りに白やかなるも
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山のぼる人のそびらゆもの言ひて筑波根草は君が教へし
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
よく目の覚めきれない孫三郎のムニャムニャ言うのをそびらに聞いた、老支配人の孫六は裏口からそっと外へ出た様子です。