火箸ひばし)” の例文
この十蔵が事は貴嬢きみも知りたもうまじ、かれの片目はよこしまなる妻が投げ付けし火箸ひばしの傷にてつぶれ、間もなく妻は狂犬にかまれてせぬ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おや……」と夫人は血相変え、火箸ひばしを片手に握りしまま、と立上って矢島を睨附ねめつけ、「ヌ——」とばかり、激怒して口が利けず。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
外の殺し方、例えば火箸ひばしを鼠の口から突き刺す、という様なことは恐ろしくて出来なかったからだ。だが、水責めも随分残酷だった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「うむ、なあにれもそれから去年きよねんあき火箸ひばしばしてやつたな」卯平うへいういつてかれにしてはいちじるしく元氣げんき恢復くわいふくしてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おばあさんがいるときはね、火箸ひばしを持って追っぱらうもんだからね、ばあさんがいないときに、女の子たちは、とりにいくんです。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
氏はその時受けた感じを、たとえば何か、固い火箸ひばしのようなものでこうずねをなぐられたような——到底説明しがたい感じだといった。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
行かなければぶんなぐるぞと言っていまヤクの糞の火を掻き捜して居るチベットの火箸ひばしを持って私をぶん撲ろうとして立ち掛けたのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
和尚おしょうに対面して話の末、禅の大意を聞いたら、火箸ひばしをとって火鉢の灰を叩いて、パッと灰を立たせ、和尚はかたわらの僧と相顧みて微笑ほほえんだが
我が宗教観 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
人が顔を見て存外にせずに居るなどと言はれるのに腹が立ちて火箸ひばしの如く細りたる足を出してこれでもかと言ふて見せる事
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それを見た舎人は立ちあがって、部屋の隅から火桶ひおけを持って来た。甲斐は火桶の中で注意ぶかく燃してから、火箸ひばしできれいに灰をならした。
お雪が炬燵こたつのところに頭を押付けているのを見ると、下婢おんなも手持無沙汰の気味で、アカギレの膏薬こうやく火箸ひばしで延ばしてったりなぞしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひとかどの茶人のこのみでもあるかのように、煤竹すすだけ炭籠すみとり火箸ひばしはつつましく寄せてあるし、描板のうえには茶布巾ちゃふきんがきちんとたたみつけてある。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こっちへ来たまえ。」私は、火鉢をまえにして坐って、火箸ひばしで火をかきまわし、「ここへ坐りたまえ。まだ、火がある。」
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大分遠くへ押しられていた火鉢のそばへ行って、火箸ひばしを手に取って、「あ、火が消えそうになった、少しおこしましょうね」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ケシ飛ばされたのをたて直して、いざりよって来たところを、お絹が火鉢の炭を火箸ひばしでつまみ、片手でゾロリとした羽織の袖口をひっぱって
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると何時いつか火鉢の中から、薄い煙が立ち昇つてゐる。何かと思つて火箸ひばしにかけると、さつきの木の葉が煙るのであつた。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
長火鉢の猫板ねこいた片肱かたひじ突いて、美しい額際ひたいぎわを抑えながら、片手の火箸ひばしで炭をいたり、灰をならしたりしていたが、やがてその手も動かずなる。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「こいつは三十八九の火箸ひばしのやうに痩せた女だが、信心につてしまつて、主人の重三郎とはどうしても馬が合はねエ」
銭形平次捕物控:130 仏敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
火箸ひばしさきんでて、それからつゞいて肉汁スープなべや、さら小鉢こばちあめつてました。公爵夫人こうしやくふじんは、其等それらつをも平氣へいきりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「とにかく松島を愛していたんだろう。よく一人で火鉢ひばちの灰なんか火箸ひばしいじりながら、考えこんでいたというから。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
胴丸の火鉢ひばちに両ひじをつき、火箸ひばしの頭に両方のてのひらを重ねたままの姿勢で、俯向うつむき加減にすわったきり、一日何をするのでもなくじっとしていたが、時々
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひとりはおのを持ち、ひとりは大鍵を持ち、ひとりは玄翁げんのうを持ち、その他の者ははさみ火箸ひばし金槌かなづちなどを持ち、テナルディエはナイフを手に握っていた。
そこで火箸ひばしを火のうえにわたして餅をのせ、その焼けあんばいによって焜炉の扉のかげんをするのをひとりで興がりながら端から醤油をつけてたべる。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
長い火箸ひばしで絶えまなしに囲炉裏の中から真黒に焼けた栗を拾いだす、同じ動作を無意識のうちにくりかえしていた。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
話を聞きに来たのだと思われてはならないとでも思っているらしく、音を立てないように手でそっと石炭を入れたり、火箸ひばしを動かしたりしていました。
佐藤の妻は安座あぐらをかいて長い火箸ひばしを右手に握っていた。広岡の妻も背に赤ん坊を背負って、早口にいい募っていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
時々持駒もちごまくして、次の勝負の来るまで双方とも知らずにいたりした。それを母が灰の中から見付みつけ出して、火箸ひばしはさみ上げるという滑稽こっけいもあった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妹さんは疑いもなく、殉教の苦患を堪え得た女性の一人です。真っ赤に焼けた火箸ひばしで胸を焼かれた時でも、もちろん微笑を含んでおられたに違いない。
おかみさんはきいきいって、火箸ひばしでぶとうとするし、子供達こどもたちもわいわいはしゃいで、つかまえようとするはずみにおたがいにぶつかってころんだりしてしまいました。
北の国々は寒い地方ですから囲炉裏いろりとは離れられない暮しであります。それ故必然にで用いるもの、自在鉤じざいかぎとか、五徳ごとくとか火箸ひばしとか灰均はいならしなども選びます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ザビーネは火の上にかがみ込んで、重い火箸ひばしで機械的に火をかきたてていた。彼女は少しぐったりしていた。
今度は火箸ひばしで円い蓋の端を強く押すと円形の鍋が自分でクルリと裏返しになって両面を自由に焼ける。モー出来上った。この通り両面とも狐色になればいい。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
オランダ式の椅子いすや、黒いマホガニーのテーブルが鏡のように輝いており、まきおきは、シャベルや火箸ひばしも一式ふくめて、アスパラガスの葉のかげに光っていた。
併し成可なるべく沈着に、火鉢で焼けて居る花の莟を、火箸ひばしさきつまみ上げるや、傍の炭籠のなかに投げ込んだ。
如何いかなる件でありまするか、御遠慮なくつしやつて下ださい」篠田は火箸ひばしもて灰かきならしつゝあり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
婆さんはもうとうに起きて、広い勝手元で、昔のまゝの土竈どべつつひで、かま火箸ひばしで朝飯をいてゐるのを見た。何を見ても、昔のことが思ひ出されないものはなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お母様が灰だらけの毛書けがき筆を火箸ひばしでお拾いになりましたので、三人は又涙の出る程笑いこけましたが、お母様がこんなに心からお笑いになるのを見ましたのは
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
岩次郎はこれを芝居ごととしないでうらやんだ。そして家へ帰ると数日間一心不乱に経を唱えたうえ、もうこのくらいなら大丈夫だろうと火箸ひばしを焼いて股に当てて見た。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やっとその一匹を箒でおさえつけたのを私が火箸ひばしで少し引きずり出しておいて、首のあたりをぎゅうっと麻糸で縛った。縛り方が強かったのですぐに死んでしまった。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
年とったげなんが赤く焼いた火箸ひばしのような鉄片を持って出て来ました。握る処にはれた藁縄わらなわを巻いてありました。長者はそれを受けとると、庭に下りてわかい男の前に立ちました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
二枚折の戸は開け放しになつてゐて、爐格子ろがうしの中には勢よく火が燃え、こゝろよい光で大理石の灰皿や眞鍮の火箸ひばし十能じふのうに輝き、紫の掛布や磨きをかけた家具類を照し出すのが見えた。
突然、すてはにささった竹の火箸ひばしを手に取ると、唇にくわえこんだと見る間に、あろうことかばりばりと上と下の白い前歯で噛み砕いた。歯と唇とから一面に鮮血がいてはしった。
秋の日影もややかたぶいて庭の梧桐ごとうの影法師が背丈を伸ばす三時頃、お政は独り徒然つくねんと長手の火鉢ひばちもたれ懸ッて、ななめに坐りながら、火箸ひばしとって灰へ書く、楽書いたずらがき倭文字やまともじ、牛の角文字いろいろに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
アヽやつ屹度きつとものはうとするとボーと火かなに燃上もえあがるにちげえねえ、一ばん見たいもんだな、食物くひものからもえところを、ウム、さいはかべが少し破れてる、うやつて火箸ひばしツついて、ブツ
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
『キャッ』と言って飛び上って、胸がドキドキしていつまでも止まない、私あんまり吃驚させられて悔しかったから、いじいじして大きな火箸ひばしを持って行って、遠くの方から火箸のさきで打ってやった。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ほほのこけた蒼白そうはくの顔の上部、両のびんと額とは大火傷おおやけどのあとのごとくあか黒く光って、ひっつれている。そして眉間みけんと、左右の米かみのところに焼け火箸ひばしで突いたほどのあなのあとが残っているのである。
「でも、ここの麦酒じゃね。」とHさんが火箸ひばしをいじった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
栄三郎の手に、炭をはさんだ火箸ひばしがそのまま宙にとまる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところが、そこには、きりもなければ火箸ひばしもなかった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おせんは、火箸ひばしのようにちすくんでしまった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)