つね)” の例文
予の母の、年老い目力衰へて、つねに予の著作を讀むことをたしなめるは、此書に字形の大なるを選みし所以の一なり。夫れ字形は大なり。
維新の前、藩侯の通輦つうれんあるや、つねに磁土を途に布きて、その上に五彩を施せしといふ、また以て、窯業えうげふの盛なるを想ふに足るべし。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
つねにいわく、妻を持つ人はその飾具の勘定に悩殺さる、あたかも猴をう者が不断その破損する硝子ガラス代を償わざるべからざるごとしと。
空にかれる太陽は、今にもその身に突き当たる恐るべきものの近寄っている事を知るや知らずや、つねの如くやわらかに輝いている。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
最初飼った「しろ」は弱虫だったので、交尾期には他の強い犬に噛まれて、つねに血だらけになった。デカは強いので、滅多にひけは取らぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
榛軒は客を饗する時、つねに上原全八郎を呼んで調理せしめた。上原は阿部家の料理人である。くわいを作るにも箸を以てした人である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
事実は明白だなどと言ってすましていることでも、近よって細かに見ると、思いがけぬ原因が蔭の方から糸を引いている場合がつねに多い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
後又、北はさいを出でゝ元の遺族を破り、南は雲南うんなんを征して蛮を平らげ、あるい陝西せんせいに、或はしょくに、旗幟きしの向う所、つねに功を成す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「奉別の時、官吏坐に満ち、言発すべからず。一拝して去る。今やすなわち地を隔つる三百里、つね鶴唳かくれい雁語がんごを聞き、俯仰ふぎょう徘徊はいかい自からあたわず」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
〔評〕南洲壯時さうじ角觝かくていを好み、つねに壯士と角す。人之をくるしむ。其守庭吏しゆていりと爲るや、てい中に土豚どとんまうけて、掃除さうぢよこととせず。
「天皇をたすけて天の下を定めたまふ。つねつかへまつりたまふ際に於いて、すなはこと政事に及びて、たすけ補ふ所多し」と記してある。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
この前後の芸術一般が持つ美には、それゆえつねに無常迅速の哀感を内にはらみ、外はむしろ威儀の卓然たるものがあった。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
これが文三の近来最も傷心な事、半夜夢覚めてともしびひややかなる時、おもうてこの事に到れば、つね悵然ちょうぜんとして太息たいそくせられる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これは露西亜ロシアつねに知らぬ犬を呼ぶ名である。「シュッチュカ」、来い来い、何も可怖こわいことはない。
この冀望たる、余が年来の志望にして、つねに用意せし所なりといえども、その事の大にしてかたきや、未だこれを全うするの歩を始むるを得ず、荏苒じんぜん今日に至れり。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
余輩がつねに勧むる所の教育とは、即ちこの有様に近づき得るの力を強くするの道にほかならざるなり。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
折要歩せつえうほは、そつ拔足ぬきあしするがごとく、歩行あゆむわざなやむをふ、ざつ癪持しやくもち姿すがたなり。齲齒笑うしせうおもはせぶりにて、微笑ほゝゑときつね齲齒むしばいたみに弱々よわ/\打顰うちひそいろまじへたるをふ。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
明るくえとした顔つきや、楽しそうな起ち居のようすが、つねとは際立って美しくみえる、伊兵衛はちょっとまぶしそうな表情で、暫らくさえの姿を見まもっていた。
彩虹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つねに先頭をしているT氏はもううしても暗くて途が分らぬと言いながら佇立たちどまった。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
予が新銭座しんせんざたくと先生のじゅくとは咫尺しせきにして、先生毎日のごとく出入しゅつにゅうせられ何事も打明うちあけ談ずるうち、つね幕政ばくせい敗頽はいたいたんじける。もなく先生は幕府外国方翻訳御用がいこくかたほんやくごよう出役しゅつやくを命ぜらる。
我輩は毎年大学における法理学の講壇にてオースチンの学説に説きおよび、この夫人サラーの功績を語る時には、つねにこの序文をもって、かの諸葛孔明の「出師表すいしのひょう」に比するのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
貫一はかの一別の後三度みたびまで彼の隠家かくれがを訪ひしかど、つねに不在に会ひて、二度に及べる消息の返書さへあらざりければ、安否の如何いかがを満枝にただせしに、変る事無く其処そこに住めりと言ふに
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何でも其の中には、「笑は不安也。」と云うのがあったと思った。「鼻は猥褻わいせつ也。」もあったようだ。「自ら誇る時、心つねに悲し。」「黙する時、必ずしも考えず。」こんなものもあった。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
然して威令の行わるる所、既に前にて後に仰ぎ、聡明の及ぶ所、反って小を察して大をわする。貧者は獄に入りてわざわいを受け、富者は経を転じて罪を免る、これ傷弓しょうきゅうの鳥を取り、つね呑舟どんしゅうの魚を漏す。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
先帝いまししときはつねに臣とこの事を論じ、いまだかつて桓霊かんれいに歎息痛恨したまわざるはあらざりき。侍中尚書、長史参軍、これことごとく貞亮ていりょう死節の臣、ねがわくは陛下これに親しみこれを信ぜよ。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つねに二君と之を誦す
つくス故ニ画図ノ此学ニ必要ヤもっとも大ナリ然而しかりしこうして植物学者自ラ図ヲ製スル能ハザル者ハつねニ他人ヲやとうテ之ヲ図セシメザルヲ得ズ是レ大ニ易シトスル所ニ非ザルナリ既ニ自ラ製図スルコト能ハズ且加フルニ不文ヲ以テスレバ如何シテ其うんヲ発スルコトヲ得ルヤ決シテ能クセザルナリ自ラ之ヲ製スルモノニ在テハ一木ヲ得ル此ニシ一草ヲ
彼はつねに武蔵野の住民と称して居る。然し実を云えば、彼が住むあたりは、武蔵野も場末ばすえで、景が小さく、豪宕ごうとうな気象に乏しい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
父竜池はつねに狂歌をもてあそんだが、藤次郎はこれに反しておもに俳諧に遊んだ。その友をつどえた席は、長谷川町の梅の家、万町よろずちょう柏木亭かしわぎてい等であった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
応挙由って矢背に至り臥猪を写生し、家に帰りて清画しおわった処へ鞍馬くらまより老人来る。汝野猪の臥したるを見たるかと問うにつねに見ると答う。
明の太祖の辺海つね和寇わこうみださるゝを怒りて洪武十四年、日本を征せんとするをもっ威嚇いかくするや、王答うるに書を以てす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼が一生は、教唆者にあらず、率先者なり。夢想者に非ず、実行者なり。彼は未だかつて背後より人を煽動せず、彼はつねに前に立ってこれをさしまねけり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
就中なかんづくフランチエスカの君は、もろ人の我を襃むるに過ぎて、わが慢心のこれがために長ずべきを惜むとて、つねに峻嚴と威儀とをもて我に臨まんとし給へり。
変化を主とすることは古今同じでも、つねに均整に注意し偏倚へんいを避けていた。起伏高低が大きいだけでなく、波動の中心を出来るだけ広い区域に、数多く設けようとした。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
学問に志して業をおわりたらば、その身そのまま即身そくしん実業の人たるべしとは、余がつねに諸氏に勧告するところにして、毎度の説法、聴くもわずらわしなど思う人もあるべけれども
またつね琥珀こはくもつおびとして、襲衣しふいうち人知ひとしれずつゝみてむ。立居たちゐたびになよやかなるたまほねひとつ/\こといとごと微妙びめうひゞきして、くもののし、にくくだかしめき。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
古今東西人つねにかかる癖ありや否やを知らねど、牛が道中で他の牛の小便に逢わば必ず嗅いで後鼻息吹き、猫犬が自分の糞尿を尋ねて垂れ加え
輝祖は開国の大功臣たる中山王ちゅうさんおう徐達じょたつの子にして、雄毅ゆうき誠実、父たつの風骨あり。斉眉山せいびざんたたかいおおいに燕兵を破り、前後数戦、つねに良将の名をはずかしめず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そしてつねに茶山去後に其地に到つた。蘭軒は茶山に、その現に江戸にあつて、大田と同居し、しば/\己を訪ふことを報じた。敬助は文章を善くした。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
犠牲には、つねに良いものがなる。耶蘇は「吾は天よりくだれる活けるパンなり。吾肉は真の喰物、吾血は真の飲物」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼がみずから処するまたかくの如きのみ、彼は弾丸の如し、ただ直進するのみ。彼は火薬の如し、みずからいてしこうして物を焚く。彼はつねに身を以て物に先んず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その事餘りにみだりがはしくして、興さむる心地す、ラフアエロの大なるはこゝにあり、わが知れる限は、その採るところの題、つねに高雅にしていさゝかけがれだになし
かつ聴く者がつねに少しもこれを疑わなかったなら、ついには実験と同じだけの強い印象になって、のちにはかえって話し手自身を動かすまでの力を生ずるものだったらしい。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つねに心の向き次第、その時その時の出任せにて所置しょちするもの多きが如し。
家庭習慣の教えを論ず (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
常に戯虐に遭う、つねに群呼跳浪して至り、頭目胸項手足に攀縁はんえんす、こんして毛毬を成す、兵刃ありといえども、また施す所なし、往々死を致す〉。
羨しくのしもには存を添へて読むべきである。茶山はつねおのれに子の無いことを歎いてゐた。それゆゑ棭斎が懐之を連れてゐたのを羨ましく思つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
之に反して愚將弱卒等はつねに分福の工夫に缺けた鄙吝の行爲を做すものである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかし王荊公が波はすなわち水の皮と牽強こじつけた時、東坡がしからば滑とは水の骨でござるかとり込めた例もあれば、字説つねたやすく信ずべきにあらずだ。
寺僧は資をてて新に壽阿彌の石を立てた。今傳通院にあるものが即是である。未亡人石はつねに云つてゐる。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
つねにかの家に往って供養を受く、ある時居士遠来の僧を供養するをそねみ、今日の供養は山海の珍物を尽されたが、ただなき物は油糟あぶらかすばかりと悪口した。