とびら)” の例文
そしてこんどは自分がうとうとしていると、車室のとびらが開く音に眼を覚ました……。パリーだ!……。隣席の人々は降りかけていた。
これはむしろ当然なことである。私はただわずかに前句の壁のとびらを一つくぐったすぐ向こう側の隣の庭をさまよっているからである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わたし雪籠ゆきごもりのゆるしけようとして、たど/\とちかづきましたが、とびらのしまつたなか樣子やうすを、硝子窓越がらすまどごしに、ふと茫然ばうぜんちました。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
新館の上層たる望楼は、屋根裏の一種の大広間で、三重の鉄格子てつごうしがはめてあり、大びょうをうちつけた二重鉄板のとびらでしめ切ってあった。
土蔵の中には、広い廊下があつて、その左右に、幾つもとびらがありました。そしていちばん奥のとびらには、金の猫の模様がついてゐました。
金の猫の鬼 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
別当は客の長靴を沓脱くつぬぎの石の上に直して置いて、主人の長靴を持つて自分の部屋に帰つたが、又すぐに出て来て、門のとびらを締めた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
眼の下には夢で見たとおりのルフィノ寺院が暁闇あかつきやみの中に厳かな姿を見せていた。クララはとびらをあけて柔かい春の空気を快く吸い入れた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
タイチは髪をばちやばちやにして口をびくびくまげながら前からはひつぱられうしろからは押されてもうとびらの外へ出さうになりました。
氷河鼠の毛皮 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「箏の裏板へ大きなとびらをつけて、あの開閉で、響きや、音色ねいろの具合を見ようという試みね、うまくいってくれればようござんすね。」
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼の背後うしろから静かに静かに閉まって行った重たいとびらが、忽ち、轟然ごうぜんたる大音響を立てて、深夜の大邸宅にどよめき渡りつつ消え失せた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船長が、そのダイアモンドのピンを、ネクタイに「優雅」にさそうとしている時に、純白の服を着けたボーイは船長室のとびらをたたいた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「……さて、いよいよあれなる二つのおりを、ピッタリと密着いたし、あいだのとびらをひらきまして、とらと熊とを一つにいたしまする」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ととつぜん、暴風にそなえるように、うろたえた手下どもは、とびらへ手をかけて、ドーンというひびきとともに、間道門かんどうもんめてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
午後七時になるとレストラントのとびら一斉いっせいに開く。誰が決めたか知らない食道しょくどう法律が、この時までフランス人の胃腑いのふに休息を命じている。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところがわかい王さまは、このとびらのところだけは、忠義者ちゅうぎもののヨハネスがいつもすどおりしてしまうのに気がつきました。そして
とどなりながら、ドン、ドン、とびらをたたきました。おにはそのこえくと、ふるえがって、よけい一生懸命いっしょうけんめいに、中からさえていました。
桃太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「こりやおそろしいもんだ」と云ひながら、与次郎は鉄のとびらをうんとしたが、錠が卸りてゐる。「一寸ちよつと御待ちなさい聞いてくる」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
新吉は、曲馬団のファットマンのことを思い出し、門の鉄格子てつごうしとびらにつかまって、中のようすをいっしんにのぞいていました。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
この本堂の内陣の土蔵のとびらにも椿岳の麒麟きりん鳳凰ほうおうの画があったそうだが、惜しいかな、十数年前修繕の際に取毀とりこぼたれてしまった。
「ウエタミニ。今、踏み台へ乗るから。」間もなく、窓のとびらが動き、そして眉毛まゆげと眼との間の恐ろしく暗い彼れの顔が其処へ表れるのだつた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
つゞいて飛込とびこまんとする獅子しゝ目掛めがけて、わたくし一發いつぱつドガン、水兵すいへい手鎗てやり突飛つきとばす、日出雄少年ひでをせうねん素早すばやをどらして、入口いりくちとびらをピシヤン。
牢屋ろうやとびらにかかっているじょうもそのままであれば、なにひとつあたりに、かわったこともなかったのに、おとこばかりは、いなくなったのであります。
おけらになった話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
花屋敷をまわって、観音堂かんのんどうに出て、とびらの閉ってしまった堂へ上って拝んでみた。私の横にはゲートルをはいた請負師うけおいし風の男が少時おがんでいた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
老僧はしずかに厨子ずしとびらをひらいた。立ちあらわれた救世観音は、くすんだ黄金色の肉体をもった神々こうごうしい野人であった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
たとえば女中が通り過ぎ、人のいないらしいその部屋のとびらをしめてゆくと、彼はしばらくしてから立ち上がり、それをまたあけてみるのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
たとい京都までは行かないまでも、最も手近な尾州藩に地方有志の声を進めるだけの狭いとびらは半蔵らの前に開かれていた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とびらはすべて閉じたままで、どこから出入りしたか判らない。門の外はけわしい峰つづきで、眼さきも見えない闇夜にはどこへ追ってゆくすべもない。
金庫のかたいとびらのまん中に大穴があいた。怪人は、その中から、蜂矢のたいせつにしていた茶釜の破片をつかみだした。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、おりと婆さんはそう語ってから、ふと思い出したように、立って仏壇ぶつだんとびらを開いて、位牌いはいの傍に飾ってあった一葉いちようの写真を持って来て示した。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
されども、彼は未だ恋の甘きを知らざるがゆゑに、心狭くもこの面白き世に偏屈のとびらを閉ぢて、いつはりと軽薄と利欲との外なる楽あるをさとらざるならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
柵を開き、拜殿の大海老錠おほえびぢやうを拔くと、中には立派なだんが据ゑてあり、とびらを開くと、等身よりやや小さいと言ふ、歡喜天くわんきてんの像が安置してあるのでした。
「神秘のとびらは俗人の思うほど、ひらき難いものではない。むしろその恐しい所以ゆえん容易よういに閉じ難いところにある。ああ云うものには手をれぬがい」
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
便所のとびらが乱暴に開かれて、ネルの寝巻を着た女が出てきた。素っ裸の上に寝巻をひっかけていると、ひと目で分る。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
困って右を押すと、突然、闇が破れてとびらがあいた。室内が見えるというほどではないが、そことなく星明りがして、前にガラス窓があるのがわかる。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ぼくは内田さんのセックス圧倒あっとうされて居たたまれない気持で、早々にノオトを渡し、とびらを開けて出るのとほとんど同時でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その中央に古代の城門に似た鉄の黒いとびらがいつもぴったりとしまっているのを梶はしばしば通って見たことがあった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
寄木細工モザイクの広い廻り階段を導かれて登り、一つの部屋に到ると、開かれたとびらから、その部屋のたぐいなき壮麗さが全くぎらぎらときらめいて突然眼前に現われ
縁側えんがわに小さきどろ足跡あしあとあまたありて、だんだんに座敷に入り、オクナイサマの神棚かみだなのところにとどまりてありしかば、さてはと思いてそのとびらを開き見れば
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
庸三の裏の家に片着けてあった彼女の荷物——二人で一緒に池のはたで買って来たあの箪笥たんすと鏡台、それにとびらのガラスに桃色のきれを縮らした本箱や行李こうり
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その竹町ととなうるは佐竹邸の西門のとびらは竹を以て作れるに依りその近傍を竹門と称したれば右にちなみて町名となせり。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それからさらに二日った日の夕方、すでに夕飯を終えてからあわただしく病室のとびらが開かれ、先に立った看守が太田に外へ出ることを命じたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
そう思うと私は、頭の中の血が、サッと心臓に引き揚げたように感じて、クラクラととびらによろめきかかりました。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……云わばここは我々が幸運の星にめぐり逢うと云うめられたる場所だ。天が我々に与えたもうためぐみのとびらだ。……扉は今や開け放たれねばならない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
横腹に思いッ切り打ち当る波の音や、絶えずならしている不吉な警笛が、風の工合で遠くなったり、すぐ頭の上に近くなったり、鉄のとびらを隔てて聞えていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
何処どこか病身らしい歩みぶりをして昇つて来たが、僕達に軽い会釈を無言でして物静かにとびらの奥へはひつて行つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
伊留満喜三郎 (突然門扉の内にかがみて)やいの、やいの、みなの衆よ。ここの門のとびらに細い隙がおぢやつたぞや。はれ、見られい。や、何とまあ美しい絵ぢや。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
金庫きんこあし車止くるまどめをたしかにしてくこと。地震ぢしんのとき金庫きんこうごし、とびらがしまらなくなつたれいおほい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
門柱もんちゅうそのはすべて丹塗にぬり、べつとびらはなく、その丸味まるみのついた入口いりぐちからは自由じゆう門内もんない模様もよううかがわれます。あたりにはべつ門衛もんえいらしいものも見掛みかけませんでした。
彼はとびらのそばへ近づいて、それをさっとあけ放しながら、囚人に向かって、『さあ、出て行け、そしてもう来るな……二度と来るな……どんなことがあっても!』
飛違とびちがへ未だ生若なまわかき腕ながら一しやう懸命けんめい切捲きりまくれば流石に武士のはたらきには敵し難くや駕籠舁ども是はかなはじと逃出にげいだすを何國迄いづくまでもと追行おひゆくうちかね相※あひづやなしたりけん地藏堂のとびら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)